第63話


闘技場に降り立ったジルとガジ。二人ともやる気は充分な様子で、もはや言葉はいらないと試合が始まる瞬間を待っていた。


ジルは強化魔法を自身に施し、ガジは既に獣化を終えている。


準備万端な二人を交互に見たセンコウが始まりの合図をする。


「それでは、始めてください」


合図と同時に駆け出したガジ。その速度は今までにないほど素早く、まるで獲物を狙う狼のようだった。


左右にフェイントを織り交ぜながら高速で接近するガジを、ジルは構えたまま冷静に目で追う。

そして、一瞬右足に重心が寄ったのを見逃さなかった。


「ガァッ!」


ガジは右足で踏み切って飛び込む。

それを一呼吸前に見切っていたジルはすれ違い様に剣を滑らせる。


ざりざりと何かヤスリで擦ったような感覚が手に伝わる。

ジルが切ったのはガジの体毛と薄皮一枚。


剣に僅かに付いた血とはらはらと落ちた狼のような毛、そして切ったにも関わらずそれを気にした様子がないガジを見てそれを悟った。


「固いな」


呟くジルは剣に魔力を纏わせる。より薄く鋭い刃をイメージして魔力で形作る。


次は斬る。

そう決めてジルはガジの動きを待つ。


一方のガジは、斬られた感覚に歯を見せて笑っていた。

獣化した自分にこうもたやすく傷をつけるだなんて、最高ではないか。


気分は上がってきたが、頭はクールにいく。

獣化によって高められた自己回復力がジルに付けられた傷を塞いでいくのを感じる。傷は浅く、すぐに治った。戦闘を続けるのに何の支障もない。


が、下手に近づいたら、今度は深く斬られるだろう。

最初の落ち着いた対応を見る限りフェイントも見破っていたようだ。


だったら、簡単な話だ。フェイントなんて必要もなく、ただ純粋な速さで勝負するしかない。


「グルァ!」


ガジは四肢を全力で使いジルに向かって駆ける。

それを見たジルは今度はタイミングを合わせるだけだと剣を握り直した。


ガジが速さで勝負してくるのなら、自分はそれに合わせて技で対処していけばいい。自前の動体視力のおかげか、ガジの動きにはまだついていける。


同じようにすれ違いざまに斬る。

そう思い行動しようとしたジル。


その動きにガジはにやりと笑う。

それを見たジルはガジの声が聞こえた気がした。


『俺が愚直に速さで勝負しようと思うわけがねえだろ?』


地を駆けた時に掴み取った土をジルの顔に向けてぶつけるようにして投げる。


突然現れた予想しなかった攻撃に、ジルはしっかりと反応してしまった。

顔をのけぞるようにして土を避けることには成功する。


しかし、その分身体に隙ができてしまった。


「ガラ空きだよなァ!!」


「ぐっ!」


その隙を待っていたとばかりにガジは拳を握り込んで全力で殴る。

防御することに失敗したジルはそれを食らって吹き飛ぶが、受け身を取ることには成功する。


殴られ受け身を取ったときに口を少し切ったのか、口の中に血の味がじわりと広がる。


まさかガジが搦め手を使ってくるとは思わなかった。

正々堂々戦え、とは言わない。言う必要もないだろう。


あれは充分に正々堂々と言える範疇であるし、この場で使えるものは全て使ってでも勝とうとするその姿勢はとても好ましい。


ぺっ、と口の中に溜まった血を吐き出し、立ち上がるジル。

ガジが追撃を仕掛けてこなかったのは、自分が剣を手放してもいないし受け身をしっかり取っていたからだろう。


「まずは一発だなァ?」


「ああ、してやられたよ」


そう言って笑うジル。その瞳を見て、ガジは二度目はないだろうと悟る。


ここからが本番だろう。そう思って気を引き締め直そうと息を吸った瞬間、ジルの姿が消えた。


「お返しだ!」


頭が吹っ飛んだのではないかと錯覚するほどの衝撃がガジを襲う。


上手く息を吸うこともできず、吹き飛ばされている途中思考が停止する。

しかし、地面が目の前に迫っていると頭が認識して、自分が顔から地面に突っ込もうとしていると気がついた。


「くっ…!」


顔から地面に突っ込むだなんて恥を晒してたまるか。


間一髪のところで空中で身体を捻って着地するガジ。その姿は獣のような姿と相まってとても美しかった。


着地してほっと息をつく暇もなく、殺気がガジを襲う。ピリ、と首の後ろがざわつくような感覚に身を任せて身をよじると、先ほどまで自分の首があった部分をジルが薙いだ剣が通過していく。


今まで殺気で相手がどこを攻撃してくるだなんていうのは嘘だと思っていたけれど、一瞬でもその直感を信じたからこそ避けられた。


「よく避けたな」


息を乱す素振りも見せないジル。


対するガジは、荒く息を吐くとまではいかないものの、少し息が上がっている。


自分が呼吸をした瞬間に攻撃を仕掛けてきたことや急所を容赦なく狙ってくること。動作の一つ一つ取ってもジルはガジよりも洗練されているのだろう。


「嫌味かよ」


苦虫を噛み潰したような顔になるガジ。


「いや、本気だよ。でも、避けなかったらもっとラクに終われてたかもな」


「冗談だろ。こんな血が湧くような戦い、そうそうできるわけがねえ」


血湧き肉躍る。自分より強いだろう相手と戦うのは本当に楽しい。


「じゃあもう少しギアをあげても良さそうだな」


そう言い放つジルから放たれるプレッシャーが徐々に増していく。

その立ち姿からは何が変わったのかは全くわからないが、ガジの本能がこれはまずいと警告してくる。


「ククク…」


じとりと嫌な汗が身体を濡らしていく。

本能が戦うのはまずいと叫ぶのを理性で抑えつける。


勝とうが負けようが、ここで引くのは有り得ない。


「そっちがその気なら、俺だってやってやるよ!」


ガジは自分に流れる獣人の血にさらに身を任せる。

すると、灰色の体毛が少しずつ赤みを増していく。


身体が沸騰するかのように熱くなる。

早くこの衝動を何かにぶつけて発散したい。


人としての本能を獣の血が抑えつけ、ジルに感じていた怖れを誤魔化す。


「二回戦といこうじゃねえか!」


ガジは溢れ出る闘争心に身を任せ、ジルに向かっていった。

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