第60話
「キュアァ!」
「おっと、お前は…ルシアン様に預けていた鷹じゃないか」
急に聞こえた声にジルが驚く。
こちらに向かって来るのが見えたので腕を出すと、ちょこんと止まった。
「立派な鷹ですね…!」
「キャロル、こういう動物好きなの?」
「はい! かっこよくて素敵です…」
キャロルはもう少し大きかったら私を背に乗せて飛んでくれるかなあと呟いて鷹を見つめる。
腕に乗るくらいの大きさだから人を乗せることはできないと思うけれど、もし機会があったらフェイに頼んでみてもいいのか?
いや、フェイはあまり他人に存在を知られない方がいいだろうな。
「しかし、何の用だろう。ルシアン様に預けておいたんだけど…」
『ジライアス』
ジルの頭の中に急にルシアンの声が響く。
どうやら鷹を介して声を届けているらしい。
他人の従魔にそんなふうに介入するなんて普通はやらないのだけど、おそらくエヴィアンが何がテコ入れをしたのだろう。
ジルと同様にヴォルスに鍛えられていた兄のことだ、それくらいは造作もないことだろう。
『ルシアン様、急にどうしたんですか? エリンのことで何かわかったことでも?』
『多少分かったことはあるが、今回は別件さ。ちょっと観客席の上の方を見てくれ』
『はあ。分かりましたけど…』
言われるがまま、観客席を見てみると、先ほどから話しかけてきていたルシアン張本人の姿が。ひらひらと手を振っている。
もう一人お付きの人がいるようだけど、それにしたってどうしてこんなところに。
『ルシアン様!? 何してるんですか!』
『野暮用でな。それより、彼が少し話があるそうだ』
そう言ってルシアンは一歩下がって壁に寄りかかり目を瞑る。
自分は聞いていませんよ、といった様子に苦笑いする。
魔法による念話は聞いていないとかないのではないかという疑問があるけれど、あくまで外から見た時に問題がないようにということなんだろう。
『急にすまない』
お付きの人であろう声がジルのもとに届く。
遠くから見ただけだけれど、落ち着きのある雰囲気を感じた男だった。
その見た目に反しない静かな声ではあった。けれど、そこはかとなく怒りを孕んでいるような感じがする。
『いえ、お気になさらず。いつものことですから』
『…そうだな』
『おいおい。用があるなら早く済ませてくれ。俺の愚痴を言っているなら早く切り上げてもいいんだぞ?』
怒っている風ではなく、からかうように会話に参加しているルシアン。
参加していたら意味がないのでは。
『申し訳ありません。
…ジライアス君、先ほど姫様と戦っていたのは私の妹でね』
『はあ。あの年にしては悪くない腕だったと思いますよ?』
『まだまだ粗はあるけれど、私もそう思う。身内贔屓かもしれないが』
何が言いたいのだろう。はっきりしない。
妹自慢がしたいのなら他でやってくれればいいのだけど。
なんとはなしに男の人の様子を伺うと、彼は拳が白くなるほど握り込んでいた。
一見すると普通に護衛として立っているだけのようだけど、心の内では感情が溢れそうなのだろう。
『妹は誇りをかけて戦った。それを先程のように侮辱されるのは我慢ならない』
今ほど、クィンに暴言を吐いていた男を見る。
名前はなんだったか。覚えてもいない。
けれど、彼はにやにやとジルの方を見てきていた。
ジルはその視線を適当に受け流す。
『それが、俺と何の関係があるんですか?』
誤解されがちだが、ジルは誰も彼もを助けるような善人ではない。
仕事であれば人を殺すし、基本的に他人はどうなってもいいと思っている。
アイシャに関わる可能性のあるものと自分の友人には優しくあろうとしているが、クィンはそれに当てはまらない。
『君には関係ないかもしれない。けれど、あの男を私は許せない』
『俺にあいつを倒せって頼むんですか? 本当に俺には関係のない話ですね』
『彼を倒せとは言わない。ただ、次の試合を真面目に戦ってくれればそれだけでいい』
それを聞いたジルはあの男が次の自分の相手になるクォンス・サルバなのだと察した。
『手を抜こうとは考えていませんでしたけど、まあそれくらいなら』
『感謝する』
軽くこちらに頭を下げて来る護衛の人を見て、あんなに感情的で大丈夫なのだろうかとルシアンが心配になる。
これ見よがしに弱点はここですよ、と言っているようなものなのではないだろうか。まあルシアンには、ジルの兄であるエヴィアンが付いているから大丈夫だとは思うが。
念話を切り、鷹をキラキラとした目で見てきていたキャロルに預ける。
うわあと感嘆の声をあげながら優しく鷹の顎を撫でるキャロルに、鷹も気持ちよさそうに目を細めている。
余計なことをしなければ暴れたりはしないだろうし、ジルの従魔であるから普通の鷹よりは賢い。
「おかえり、アイシャ」
不機嫌を隠そうともせずに戻ってきたアイシャにみんな声をかけるのを躊躇っていたので、ジルが先頭を切る。
「ええ」
アイシャの周りの空気が他よりも微かに冷えているのは、幻などではなく、彼女の魔力が少しだけ漏れてしまっているからだろう。
まだまだ完璧に制御できてるとは言い難いな、とジルが笑う。
アイシャはそれを見て眉をひそめ、深呼吸をした。
そのおかげか、アイシャの周りで感じていた冷気が止んだ。
「落ち着いたか?」
「…もう大丈夫よ。でも、笑うことないんじゃないかしら?」
「いつもはおすまし顔でいるのに、妙に感情的になっているのが少しおかしくて」
「私だって感情くらいあるもの。失礼ね」
「悪かったよ。そんなにつんつんした態度だと、せっかくできた友達が離れていっちゃうぞ?」
「変なこと言わないで! もう…」
すっかりいつもの様子になったアイシャに、周りのみんなもほっと胸を撫で下ろしたようだ。
みんなと言っても、キャロルは慣れているのか気にしていないようだったけど。
魔力の制御はできているものの、不機嫌までは直らなかったアイシャは、形の良い脚を組む。
「ジライアス」
「なんでしょうか、お姫様」
まるでお遊びのお姫様ごっこのようなやり取り。
それでいて高潔で気高い女王と、それに従う騎士のようでもある。
「あの男、手加減は必要ないわ」
「承知いたしました」
がらりと雰囲気を変えた二人に誰も口を挟めないでいる。
当の二人はそんな周りの空気には気付いておらず、顔を見合わせて笑みを交わした。
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