第61話
第四試合はグエン・ノービスが勝利した。
グエンは的当ての際にアイシャに攻撃を仕掛けた緑チームの少年だった。
やる気なさそうに戦う彼は終始相手の攻撃をゆらゆらと避け、相手が動揺したのを見計らって意識を刈り取って勝利した。
第五試合はチェイル・シトレンという少女が勝利した。
彼女は純粋なファイターらしく、対戦相手のホマン・ゴンドレとなかなかの殴り合いを演じた。
魔法で強化した身体をフルに使って殴り合う姿は、周りを楽しませるような試合で、闘技という催し物を昔から観る人が一定数いるというのも納得させられた。
そして第六試合、ジルが戦う番になった。
誰と会話するわけでもなく闘技場に降り立ったジルは目の前の男を見て、なんか嫌な雰囲気だなあと感じていた。
「試合観てるの楽しかったけど…あいつと戦うんだよなあ」
先の試合でクィンのことを馬鹿にしていたクォンスという男は、にやけた顔でジルを見ていた。
「よお、ジライアス…だっけ? お前も大変だよな」
「…何が?」
「わがままな王女様に無理矢理付き合わされてるんだろ? 不運だよなあ」
「何を言っているのかわからないんだけど」
「いいっていいって、わからないフリなんてしなくて。あ、それともなにか? 良い報酬でも貰ってるの? あの王女様、顔と体つきはいいからなあ」
目の前の男が何を言っているのかが全くわからない。
アイシャと一緒にいることを苦痛だと思ったことはないし、報酬だって貰っていない。
一応家のことはあるけれど、結局は自分が好きでやっていることだ。
というか、こいつは俺の主を馬鹿にしているんだろうか? ……馬鹿にしているんだろうな。
騎士の前で主を馬鹿にするだなんて自殺行為に等しい。
この闘技場に殺しを無効にする結界があってよかった。
八つ裂きにしたところで精神ダメージに変換されるだろうから、精々が廃人になるくらいで済むだろう。
「図星で言い返せないんだろ? あーあ、いいのかなあそんなことして!
一国のお姫様と、その騎士がそんな爛れた関係だなんて国民が知ったらどう思うかな?」
そんな事実はないし、事実がない以上証拠もない。
「あまりに荒唐無稽な話で言い返すのを忘れてたよ。そんな事実はないけど、一応聞いておこうかな。何か証拠でもあるの?」
「証拠ならここにあるぜ?」
そう言ってクォンスが懐から取り出したのは、音声を記録する魔道具だ。
一体そこに誰の声が入っているのか気になるところではあるけれど、捏造以外の何物でもないだろう。
「お前が俺に負けたら、これをくれてやってもいいけど?」
「わざと負けろって?」
「その方が俺にもお前にも好都合だろ?」
俺は俺が勝てた方が好都合なんだけどな。
それに、捏造と分かってる証拠に魅力も感じない。
というか、そんなこれ見よがしに持っていていいのか? 取ってくれと言わんばかりじゃないか。
というわけで、ジルは黙って取ってみることにした。
「いや、特に興味ないけど」
「…は?」
クォンスは何が起こったのかわからないといった様子で空いた手を開いて閉じてと繰り返している。
「これが音声を記録する魔道具か。初めてみるな」
ジルはただ速く動いて、クォンスの手から魔道具を奪い取った。
「か、返せっ!」
「返してもいいけど、これ誰から貰った?」
「……」
何も言わない、と。
口を開けないようにされているのか、ただ話さないようにしているのか。
わからないけれど、言わないのならばこれは必要ないな。
ジルは手に力を込めて魔道具を破壊する。
パキャ、と間抜けな音を出して魔道具は粉々になった。
「これで俺がお前に従う必要は無くなったわけだ。他に何か手札はあるのか?」
「う、うるせえ! …黙って従っておけばいいのによ!」
吠えるだけで何もしないクォンス。
本当にあれだけだったのだとしたらとんだ間抜けだと言わざるを得ない。
急に雑魚感が増した気がする。
「それでは、第六試合を始めてください」
いい加減話が長いので、センコウは試合を開始した。
確かに話しすぎたと反省したジルは黙ってクォンスに向かっていく。
「近づくんじゃねえ!」
クォンスは火の魔法で牽制するけれど、ジルはその全てを素手で叩き落としていく。
「はっ…?」
「魔力を腕に纏わせればできないことはないぞ?」
なんでもない風に言うジルだが、失敗するリスクは当然あるわけで。
失敗した場合、手は無事ですまないだろう。
けれど失敗しない自信があるジル。
今更この程度のことでミスをするはずがない。
油断ではなく、できて当たり前のこと。
普通に歩くことや息をすることと同じくらい簡単なことだ。
「で、それで終わり?」
「馬鹿にすんじゃねえ!」
先ほどより大きい火球が飛んでくる。
ジルはそれを避けることなく、受け止める。
「へへっ! これでどう…だ…?」
「どうも何も、大したことないけど?」
ここまでおざなりな魔法を見せられると可哀想になるな。
こんな程度だったらアイシャの相手をしていたクィンという少女の方がまだマシなのではないだろうか。
最初は八つ裂きにしてやろうと思っていたジルだったけれど、こんなやつを倒したところで意味があるのかと思い始めていた。
「チッ! ちょっと王女様のお気に入りだからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「…ああ、そういえばお前さっきおもしろいこと言ってたよな?」
殺気を滲ませた声でジルはクォンスに近づく。
「アイシャが身体で報酬を払ってるとか」
「ひぐっ…!」
全力ではないにしろ、殺気を向けられたクォンスは喉から搾り出すような悲鳴をあげて腰を抜かす。
「馬鹿にしてんじゃねえぞ」
ジルは黙って右手を手刀の形にして振るう。
「ぐぼぅ…!」
喉が裂けたクォンスは倒れ伏し、戦闘不能と判断され試合終了となった。
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