第49話


「なんですか、あれ…」


進んでいったラシューとキャロルの目の前に現れたのは、衝撃的な光景だった。

まさに絶句。


ゴブリンたちが人を運び込んで、遊んでいる。

殺そうとしないのは、おそらく死にそうになったら自動的に転移させられるからだろう。


時間をかけてそれを理解するまでに賢くなったゴブリンたちはこの迷路に巣を作って力を蓄えていったのだろう。


「いやだあ!! やめ、やめてくれ!」


バタバタと暴れながらゴブリンに連れてこられた男。

ラシューはその男を無言で見つめて、そっと目をそらした。


その男はラシューが先ほど気絶させた男だった。


「ラシューさん、あの人…どうなるんですか?」


ゴブリンたちに気づかれないように小さな声で聞いてくるキャロル。


「…男は大抵が食料にされますね。今回はおそらく大学校の方で死にそうになったら転移するようになっているでしょうから、死なないでしょうけど…。


問題は女が捕まった場合ですね」


ラシューの言葉に首を傾げるキャロル。

この人は何も知らないなあと苦笑し、身なりも良さそうだから貴族の娘なのかもしれないと推測する。


「女は大抵慰みものにされます。ゴブリンの子を産むだけ産ませて狂って使い物にならなくなったら最後に食料になります。

大学校の方で転移させられるのがどのレベルかが分からないのでキャロルさんは捕まらないようにした方がいいですね」


青い顔で頷くキャロル。

キャロルは自分がそんな風にされると考えただけで鳥肌が立ち、無意識に腕を擦る。


そんな彼女はさておき、ラシューは冷静にゴブリンの巣を観察する。

犠牲になってしまったあの男は可哀想だけど、実力が足りなかったってことで許してほしい。


キャロルも無理に助けに行こうと言わないあたり、一番大切なのは自分と仲間が生き残ることだというのを理解している。


ゴブリンたちを見ていると、奥の方に淡く光る魔法陣を見つけた。


「キャロルさん、あれ、多分ゴールですよ」


「…微かに光っているのが見えますね」


目を細くして転移魔法陣の光を捉えるキャロル。


あそこまでいくには、蟻のように群がっているゴブリンの群れをかき分けて進んでいかないといけない。


それに加えて、転移魔法陣の少し手前に他とは一線を画すただならぬ雰囲気を纏ったゴブリンが一匹。おそらくあれがこの集団のボスだろう。


「険しくも短い旅路って、とんでもないな…」


どこから攻めたらいいのかを考え、どこをどう行ってもゴブリンの群れに当たると頭を抱えるラシュー。


「あの、私の魔法で姿を変えて行くのは…?」


「そんなことができるんですか?」


「実際に姿を変えるわけではなくて、他の人から見て姿が変わっているようになるっていう魔法ですけど…」


「いいですね、それならあそこまで行けるかもしれません。近くに行けば最悪駆け込むことも不可能ではなさそうですし」


幸いゴブリンたちは転移魔法陣にはあまり興味がないのか、陣の近くにはいない。


「じゃあ適当なゴブリンに化けて進みましょう。キャロルさん、お願いしていいですか?」


「は、はい」


こくりと頷いてキャロルは魔法を使った。


二人の背はみるみる縮んで、耳は尖り肌の色は緑色になり、歯は不揃いで目がギョロリと飛び出ていった。


もちろん、周りからそう見えているだけで、お互いは普通に見えるようにしてある。


キャロルは念のために、元の自分たちと同じ人影を隠れていた場所に残しておくことにした。

いざという時の時間稼ぎに使えるかもしれない。


「これで周りからは私たちがゴブリンに見えているはずです」


「あんまり実感はないですが…おもしろい魔法ですね」


「そ、そんな…」


攻撃をするような魔法を覚えていないキャロルは補助をするための魔法を多く覚えていた。

偶然今回は使える魔法があっただけなのにと面映く感じていた。


そんなキャロルの胸の内は知らず、ラシューは素直に感心していた。


得意分野で活躍できれば十分だと考えている彼は、前の対戦で相手を蹂躙するような戦いを見せたアイシャを思い出した。


あの人は正直別格だ。自分が戦っても勝つことはできないだろうな。


ふとそんなことを考える。

戦う人としてこんな負け犬の思考は褒められたものではないのかもしれないけれど、引くべき時に引くというのは大切なことだ。


あの人の敵にはならないようにしようと思いつつ、ゴブリンの群れの中を進んでいく。


真っ直ぐに転移魔法陣に近づくとバレてしまうかもしれないので、時折遠回りしつつ、けれど確実に近づいていた。


そんなラシューに、ぞわりと悪寒が走った。

舐められていると感じるほど纏わりついてくる不快感。


その根元に目を向けると、一匹のゴブリンがニヤリとこちらを見ていた。


「キャロルさん、すぐに結界を張って!」


「ど、どうしたんですか?」


「僕たちのことがバレてるみたいだ」


「でも、周りのゴブリンたちは何も動いてないですけど…」


「いいから早く!」


「わ、わかりました」


ラシューに押される形でキャロルは結界を張った。


そして、次の瞬間、ゴブリンの鳴き声が響いた。


『おい、この中に獲物が紛れ込んでいるぞ!! 一人は女だ!!』


鳴き声が響くやいなや、周りのゴブリンたちは慌ただしく動き始める。

ギャアギャアと喚いているゴブリンたちにキャロルは青い顔で結界を維持している。


『あそこだ!』


と指を指すゴブリン。

二人の周りのゴブリンたちが一斉にこちらを振り向き、結界を囲い始める。


「な、なんでバレたんでしょう…」


「さあ。わからないけれど、このままだとゴールまで行けないことは確かだよ」


目測でゴールまではおよそ三十メートルというところ。全力で走れば一瞬だけど、周りのゴブリンが邪魔でそれができない。


近づいてくる一匹のゴブリン。

その身体は紫色で、他のゴブリンと比べて人の形に近かった。


ラシューは自分たちを見つけたそのゴブリンと目が合う。


『お前ら二人、俺らの餌になってもらう』


ゲハゲハを汚らしい笑い声をあげながら、ゴブリンたちは一斉に結界を叩き出した。


「う、うう…どうしましょう…」


結界を張った時点でキャロルはこの場に固定されてしまった。となると、自分が動くしかないとラシューは判断する。


「キャロルさん、結界はどのくらい保ちそうですか?」


「このままだと、一時間くらいかなあ…」


「…だいぶ余裕がありそうですね」


「攻撃自体は大したものじゃないから。でも、余力を残さないで全力でってなるともっと短くなっちゃうよ」


「大丈夫です。これくらいの量だったら、十分もあれば終わります」


くるくると肩を回し、足首も回す。

戦うことは好きではないけど、これで負けるのも気に食わない。


「十分って…そんなにすぐ?」


「まあ見ていてください」


そう言ってラシューはキャロルの結界を出た。

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