第48話
「ところで、さっきのゴブリンはどうして殺さなかったんですか?」
キャロルがふと疑問をラシューに投げかける。
ラシューはチラリとキャロルの方を向いて、周囲の警戒をしながら歩を進める。
「あのゴブリンは殺すと面倒なので」
ラシューはキャロルに斥候ゴブリンの特徴と殺した場合に起こることを説明した。
「…とまあ、殺した方が不利益を被るので戦闘不能にさせる手段をとりました」
自分の話を真剣に聞いているようだったので話したが、この話は少し魔物に詳しければ誰でも知っているような話だ。
傭兵や冒険者といった、雇われて仕事をする人たちからした常識みたいなもの。
ラシューは傭兵でも冒険者でもないけれど、生きていく上で有用な情報は頭に入れておくことにしている。
何をしたら死ぬ確率が上がるのかを知ることは、自分の生存率を高めることだ。
文官になろうとしていたのも、安全なところで暮らしたいという気持ちがあった。けれど、今となってはそれも叶わないことだし、さして気にしないようにしていた。
結局自分は何をしたいとかは決めていないのだ。だったら遠回りしても最終的に自分がやりたいことが見つけられればいいと楽観的に考えてもいた。
キャロルはラシューをじっと見つめて、にこりと笑う。
「ラシューさんは、優しいんですね」
思ってもない言葉に反応が遅れるラシュー。
「…どこを取ったらそうなるんですか?」
「いえ、ラシューさんだったらゴブリンくらいすぐに殺してしまえるのに、そうせずにきちんと相手のことを知ろうとしていたのが優しいと思いました」
「言ったでしょう。僕はゴブリンが無駄に集まるようなリスクを避けたいだけです」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
そういうこともなにも、自分はそれしか考えていなかったとラシューは苦い顔になる。
と、ラシューの鼻が不思議な臭いを感じ取った。
甘く、胸焼けするようでいて、不快感のあるえぐみを感じる臭い。
「…はあ」
ため息をついてラシューはフードを取る。
これから起こることを考えたら邪魔にしかならないからだ。
キャロルは急にため息をついたと思ったら、外さないと言っていたフードを外したラシューに驚き、その下の素顔を見てまた驚いた。
「ラシューさん…女の子だったんですか!?」
絹のようにサラサラと流れる白銀の髪に深い夜の海のような色の瞳。
それらは線の細い儚さを感じさせるようなラシューの顔立ちをさらに引き立てていた。
「…僕は男です。だからフードを外さなかったんですよ。無駄に絡まれることが多くなりますから」
「そ、そうですよね。ごめんなさい」
「いいです。慣れてますから」
自分が女顔なのは自覚している。姉に無理やり化粧なども教え込まれたからそういった類のこともできるけれど、それが今後一体何の役に立つというのだろう。
「それより、厄介なことになりました」
「厄介なこと?」
「僕が戦闘不能にして放っておいた斥候ゴブリンにトドメを刺した馬鹿な輩がいるようです。鼻が曲がりそうな臭いがしていますよ」
「…そうですか? 私にはなんの臭いも感じないですけど…」
すんすんと何かを嗅ごうと鼻を鳴らすキャロル。
キャロルの鼻にはじめっとした迷路の空気しか感じ取れない。
「僕が本当のことを言ってるかどうかは今にわかります。けど、とりあえず今のところは僕を信じてください。先を急ぎましょう」
「うん。じゃあ急ぎましょうか」
ラシューの言葉を疑いもなく信じて、荷物を背負い直すキャロル。
それに驚いてラシューは思わず呟く。
「キャロルさんは僕が嘘を言っているとは思わないんですか?」
「え、嘘なんですか?」
「違いますけど…」
「じゃあいいじゃないですか」
ラシューより先を歩き出すキャロルは振り返ってにこにこと告げる。
「私にはラシューさんが嘘を言っているようには見えませんでしたから」
「…そうですか。でも、念のため僕より先を歩かないようにしてください。キャロルさんは…なんだか見ていて危なっかしいので」
「そんな、ひどいです!」
すすっとキャロルを追い抜いて先を警戒するフリをするラシュー。
その心の内は、自分のことを信用してくれていたという喜びが支配していた。
自分は人より感受性というか、五感が鋭い。そのせいで他の人には感じ取れないものが感じ取れたりする。
斥候ゴブリンが出すフェロモンのようなものを感じ取れたのも自分だけだったし、それ以外でも信じてくれるのは家族だけだった。
他の人には勘違いだとか嘘をついているだとか言われてきたため、他人を信じないようにしていた。
けれど、自分を無条件で信用してくれているキャロルを見ると、彼女は他の人よりは信用してもいいのかもしれないと思う。
「我ながら乗せられやすいなあ」
「ラシューさん、何か言いました?」
「いいえ、早くゴールにつけばいいな、と」
「そうですね! 早く行ってジルさんやカレンよりも先にゴールしたいですね!」
「同じチームで競争してどうするんですか…」
キャロルは頑張ると拳を握るけれど、ラシューは呆れ顔を向ける。
でも、味方同士で競い合うのも悪くないかもしれないと思い直す。
迷路に入る前、唯一自分が見えていたジルと呼ばれている少年のことを思い出す。
あの少年からも他とは違う何かを感じた。もしかしたら、自分と同じような何かを持っているのだろうか。
そうだとしたらもう少し仲良くしてもいいのかもしれないとラシューは口角をわずかに上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます