第47話


時はジルとカレンが阿修羅を倒す前、転移魔法陣で迷路に飛ばされたところまで遡る。

ラシューも先の二人と同様に、一人暗い部屋に飛ばされていた。


最も、ジルとは違い何もない部屋というわけではなく、中央の床にはなんとも怪しげなスイッチが置かれていた。


光に包まれ飛ばされたラシューはそのスイッチを見て少しだけ眉を寄せる。

どう見ても押してはいけなさそうなそれを見て、ではなく、そのスイッチの真上の天井に刻まれた文字に対してである。


『押せば険しいが旅路は短くなる。押さねば緩やかだが旅路は長くなる』


押せば早くゴールできるといった文言に、ラシューはそこまで魅力を感じてはいなかった。


ラシューとしては、今回の対戦はとりあえず出場しておけばいいものだと思っているので、勝つために難しい道を選ぶ必要はないのだ。


ないのだが…彼は少しだけ悩んで、そのスイッチを押した。


押した理由は、ラクな道で進むことを良しとは思わなかったから。

いくらやる気がないからといって、足を引っ張っていいわけではないだろうと結論を下し、スイッチを押したのだ。


カチリと音を立てたあと、部屋の壁の一部が開く。


ラシューは開いた道を、迷うことなく歩いた。

道は曲がることはあっても、一本道であったので迷うことはなかった。


少し進んで、急に壁の横側が崩れた。

崩れたそこから出てきたのは、他のチームの選手だった。


「お前、青チームの…うぐっ!!」


「…すみません。終わるまで眠っていてください」


目が合う前、敵と判断した瞬間にラシューは駆け出していた。

相手の男がラシューのことを認識した瞬間にさらにスピードを上げ、そのままの勢いで鳩尾に拳をねじ込む。


一瞬で男の意識を刈り取ったラシューは男を壁に寄りかからせ、崩れた壁を覗き込む。


「…ふうん。ちゃんと問題とかあるんだ」


男が解いた謎を覗き見て、大した問題ではないなと思いながら呟く。敬語でないのは誰に話しかけるでもなく、ただの独り言だからだろう。


道はまだ続いている、男はここで脱落だが…仕方ないだろう。そっと男に頭を下げてその場を後にする。


そもそも自分は大学校に来たかったわけではないのに、何をやっているんだろうかとため息を吐きながらも歩みを止めない。


一体なんのために法学院の勉強をしてきたのか。頑張っていた日々を思い出すも、全て無駄になってしまったとやるせない気持ちがなかなか抜けない。


手続きを失敗した親を恨んだりはしていないけれど、大事なことを親に任せてしまった自分は恨んでいる。


優しいけれど少し抜けている母はこちらが気の毒になるくらい青い顔で謝ってくれた。それを見て責めることなんて自分にはできなかったし、責める気もおきなかった。


父も自分と同様で母を責める気はなく、ただ申し訳なさそうに自分に頭を下げていた。


そんな両親に気にしないように言って、大学校へと進学したのは自分自身だ。けれどあそこできちんと確認していればという後悔してしまうのは仕方のないことではないか。


「あれ、ラシュー…さん?」


突然話しかけられたラシューは頭を切り替えて、いつでも動けるようにして声の聞こえた方を見る。


そこには自分よりも少し背の低い、可愛らしい女子が立っていた。


「…キャロライン・シュタインベルト」


チームの他の人にキャロルと呼ばれていたその少女のことが、ラシューは他の人より少し苦手だった。


自分の姉が気の強い人だったからか、女性は気が強いとばかり考え、庇護欲を誘うような容姿の彼女とどう接したらいいのかわからなかったからだ。


つまりは、青チームの女性陣の中で女の子らしいと思ったのがキャロルだけと言うことなのだが。


「キャロル、でいいですよ? 知ってる人に会えてよかったです」


「…わかりました、キャロルって呼びます。気をつけた方がいいですよ、他のチームの人とも会いましたから」


「そ、そうなんですね…えと、その人は…?」


「少し寝ていてもらっています。多分、今回の対戦中には起きないと思います」


「すごいですね!」


真っ直ぐにこちらを見て褒めてくるキャロルを直視できず、ラシューはフードを深く被り直した。

それを見たキャロルは、思い出したと呟いてラシューに話しかける。


「そのフード、外さないんですか? 他の人も顔を見たことがなさそうですし…周り見にくくないですか?」


「…大丈夫なので気にしないでください」


「そうですか…? でも確かに無理やり外すようなものでもないですし、そのままでも問題なさそうですもんね」


にこりと告げるキャロルからすっと目をそらして顔をそむける。

大した理由でなく被ってると知ったらキャロルは笑うだろうか。それとも怒るだろうか。


自分の姉だったら確実に腹を抱えて笑い転げるだろうなと、その様子を想像して嫌な顔をするラシュー。


「それじゃあ、先に進んでみましょうか…ってあれは…?」


「ん?」


目を細めて先を見るキャロルの目線を追って、目を向けると、向こうから何者かが歩いてくるのが見える。


何者か、というがその姿は人型であるものの、明らかに人とは違っていた。

キャロルの目にはまだ見えていないが、ラシューの目は確実にそれを捉えていた。


「…ゴブリン、ですね」


「こんなところからでも見えるんですね! でも、なんでゴブリンが…?」


ラシューは嫌な予感がしていた。あのゴブリンは、主に巣から離れて獲物を探して情報を持ち帰る、いわゆる斥候の役割を与えられているゴブリンだ。


それが何故こんなところにいるのか、しかも厄介なことに斥候ゴブリンは殺すとゴブリンにわかる特有の臭いを出して敵を知らせる。


殺した方がラクだが殺すと面倒になる相手として有名なのだ。


「…ちょっと行ってきます。キャロルさんはそこで待っていてください」


「え、あ…行ってしまいました」


キャロルの返事を待たずにゴブリンに詰め寄るラシュー。

斥候ゴブリンを殺したらアウト、見つかっても声を出されてアウト。


なんとも面倒くさいことになったと斥候ゴブリンに向かって駆けながら考えるラシュー。

斥候ゴブリンはそんなラシューを見つけることなく、ただ歩いている。


何故見つけられないのか、それはラシューが天井を駆けているからだった。


足に魔力を纏わせることで天井や壁を走るという技術なのだが、そんなことをする必要がないという理由であまり使われることはない。


ラシューは斥候ゴブリンに気づかれることなく近づいて背後に降り立ち、すかさず頭を揺らす。


「ウギャ…?」


コツンと軽い刺激であったが、斥候ゴブリンは立っていることができずに転がる。

もたもたと立ち上がろうとするも起き上がれない。


上手くいったと息を吐いて、キャロルにこっちに来てもいいと手を挙げるラシュー。

それに気づいて駆け寄ってきたキャロルは、斥候ゴブリンの様子を見て驚いた。


「これは…?」


「頭を揺らして、一時的に戦闘不能にしました。今のうちに早く先に行きましょう」


「そんなことができるなんて…すごいんですね!」


「…別に、そんなことないです」


あまり褒め慣れていないラシューは、キャロルの称賛の目線に耐えきれず歩き出す。

そんな様子のラシューを見て、にこにことキャロルは後ろをついていった。

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