第45話
ジルは疲労で膝をつくカレンに駆け寄る。
「カレン、よくやったな!」
「ジルが時間を稼いでくれなかったらうまくいかなかったわよ。あたし一人じゃあんな魔法絶対にムリ。発動するまで時間かかりすぎるわね」
力なく笑いながらも自分が一歩を踏み出したと誇らしげにも見えるカレン。
前回は隙をつかれて退場になってしまったけれど、今回は力を振り絞ったともいえる出来なのだからそれも納得だろう。
「今度こそ倒せたのよね?」
「そのはずなんだけど…」
ジルとカレンは阿修羅を倒しただろうという確信が持てない。
雷で身体を焼き焦がされてなお立ち続ける存在感がまだ終わっていないのではという疑いを持たせ続けている。
「…ククク」
ポロリと阿修羅の身体の表皮が崩れ落ちる。
その下からは青黒い肌が覗いていた。
「見事。天晴れ。この阿修羅、惜しみのない称賛をしよう」
「嘘…まだ生きてるの…?」
メキメキと身体にヒビが入っていく。そしてゴキリと異様な音を立てて阿修羅の腕が増え、彼はこちらに背を向けているはずなのに横顔が二つ見える。
そうしてジルとカレンの目の前に現れたのは先ほどまでとは違う三面六臂《さんめんろっぴ》の阿修羅の姿だった。
カレンのインドラの矢によって焼き焦がされた皮膚は剥がれ、人間のようだった皮膚が青黒いものに変わっており、顔は三つに腕が六本ある。
「小僧、小娘。我のこの姿を見たからには生かして帰すことはできんぞ」
阿修羅の放つ気配は、濃厚な殺意に溢れていた。そこにはもう武人としての誇りは存在しておらず、ただ目の前の相手を殺すことしか考えていなかった。
「…それが修羅の姿だっていうのか?」
「応。人によって違うが、我は戦いに溺れ、殺しに快楽を覚え、恐怖に恐悦を感じる。そこまでいっては人の身など必要ない。必要なのは戦う身。力のみよ」
「…そんなの狂ってるわ」
「何を世迷言を言うか。狂ってないでどうして人が斬れようか!」
阿修羅の狂った笑い声が響く。
それは人の正気を奪うようでいて、妙に興奮させるような声だった。
こちらを向きニタリと笑う三つの顔。
阿修羅は腰にぶら下げていた武器を手に持った。
さっきまで使っていなかった武器たちはいつ使うのかと思っていたが、こういうことだったのかとジルは思いながら再び戦闘態勢に入る。
「外道に堕ちようとも、戦うことだけはやめられぬ。人の血を見ることだけはやめられぬ。命のやり取りだけはやめられぬ。それが修羅の定めよ」
阿修羅もまた戦闘態勢に入り構える。
それは人の姿だった時のような完璧な武術の構えではなく、人を殺すための構えだった。
肉を切られようとも骨を断つ。
わざと隙を見せているようでいて、実のところそこをカウンターで斬り捨てるつもり。
はたまたただ隙を見せているのか。
悩んでいるところを斬り捨てるつもりなのか。
様々な考えがジルの頭を巡る。
「クカカッ! 小僧、迷っているな? 先ほどまでの冴えはどこにいった?」
「黙ってろ。カレンは離れていてくれ。こいつは俺がやる」
「…わかった。でも、無理はしないで。死んだら元も子もないんだから。アイシャだってあなたのこと待ってるわよ」
「…わかってるよ」
ジルは長く息を吐く。意識が暗く沈んでいく気がするけれど、周りは見えている。
忘れていた。外で残っている人たちは自分たちのことを見ているのだ。
アイシャやエリンにこんなところで苦戦しているような姿は見せられない。
目立つだとかそういうのは関係ない。
修羅だとかそんなものはどうでもいい。
今はただ、目の前の敵を倒そう。
ジルは自身の身体を魔力で強化する。先ほどは一割ほどだったが、今度は二割ほど。
強い強化は扱える力も大きくなるが、加減が少し難しくなる。
自分は力でねじ伏せるタイプだという自覚はあるけれど、戦いは楽しいものだ。命のやり取りだとかそういうのは関係ない。
ただ強い相手と遊ぶことが楽しい。
自分が考えるのはそれだけでいいじゃないか。
ジルはスッと息を吸い、身体を沈めて剣を片手に駆け出す。
「ガラ空きだ!」
「カカッ! 誘っておるだけよ!」
唯一空いていた足元を攻める。しかしそれは巨体故に空いているように見えた隙であり、阿修羅はそれを待っていた。
ジルは振り回される武器を躱し、阿修羅の弱点を探す。
どこにいてもどこかの顔の視界に入ってしまう。死角があるとすれば真上だけど、そこまで行く頃にはミンチになってるだろうと自嘲する。
その間にも阿修羅は信じられないほど大きな膂力を持ってジルを叩き潰そうと武器を振る。
しかし、ただ降っているだけではなく、より効率的にジルを殺そうとしているのがよくわかる動きだ。
「人を殺すのが修羅の始まりっていうのはあながち間違ってないんだな」
技は鋭く磨かれ、感覚は鋭敏になる。
どんどんと鋭さを増していく阿修羅の動きに負けじとジルもそれに適応していく。
一方の阿修羅は、自分の攻撃をこうまで躱し続けるジルに苛立ちを覚えていた。
今までの人間は、この姿になった時点で勝ちが確定していたようなものだったのに、こんな小僧に翻弄されていると感じている自分がいた。
一度繰り出した技はすでに見切られ、新しい技は観察され躱される。
鋭すぎる感覚が故にジルに手加減されていることがよくわかった。
その証拠に、ジルはまだ本気で剣を振るっていない。
それが阿修羅にとって幸運なことなのか不運なことなのか未だにわかっていないまま、彼は自分を信じて武器を振り続ける。
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