第44話


吹き飛ばされたのもかかわらず、ダメージなど微塵も感じさせない阿修羅の動きにジルは困り果てていた。


阿修羅の動きに目が慣れたのと、攻撃の呼吸というようなものが感じ取れるようになり、先ほどよりはグッとラクになったジル。


しかし、避け続けていれば勝てるというものではない。こちらの体力は奪われ続けているのに相手に決定打を与えられずにいる。


「カレン!」


「わかったわ!」


阿修羅の攻撃を捌いて彼の体勢を崩すジル。そこに合わせてカレンが魔法を当てるも大したダメージは与えられない。先ほどからこの繰り返しだった。


カレンが集中してより威力のある魔法を使おうとすると阿修羅はカレンを狙い、ジルがフォローに回る。

そのためカレンは魔法を無駄打ちさせられていた。


「…ちょっと動きを変えないと無理か」


ジルは今まで無手で戦っていたが、懐から愛用の直剣を取り出した。


身体を翻して阿修羅の攻撃を躱した勢いで横から剣を叩きつける。

回転という勢いとジルの身体からは考えられない威力に阿修羅はよろめく。


その間に距離を取ったジルはカレンと僅かな時間で言葉を交わす。


「カレン、このままいくぞ。俺が阿修羅の気を引く。お前は威力だけを考えてくれればいい」


黙って信じろ。


カレンを見ることなく告げられた言葉は自分勝手ではあったけれど、カレンは不思議と逆らおうとは思わなかった。


「任せたわよ」


カレンからの無条件の信頼にジルは阿修羅を見据えたまま頷き飛び出す。


僅かに魔法による強化を施したジル。

先日ミュゼルと戦った時のが五割とするならば、今の強化倍率は一割といったところか。


けれどそれで十分。一割の余裕があれば阿修羅の攻撃を受け切ってなおお釣りが来るとジルは判断した。


「うらぁ!」


型も何もない一撃。

阿修羅は先ほどと同じように受けようとしたが、二の舞になると判断し、受け流すスタイルに切り替える。


それを見たジルは剣での一撃から足技へと派生させる。

加えて意味はないかもしれないが、土の魔法で作った針を生み出しそこかしこから阿修羅を突き刺そうとする。


針は阿修羅の身体に傷を与えることは叶わなかったが、無数のそれらはジルの足場にもなった。


ジルが作り出した檻。

その外でカレンは息を整えてひたすらに集中していた。


彼女が求めるのは何者をも貫く一筋の雷光。


ただ鋭く、細くとも確かな強さを秘めている雷撃。今の自分にできる全てを注ぎ込んで、相手に叩きつける。


「ふう…」


カレンがイメージするのは、一本の矢。

放たれればただ真っ直ぐに目標へと直進する。

その間に何があろうと、貫くことができればそれでいい。


カレンの集中が高まっていくにつれて彼女の周囲で稲妻が光る。

ビリビリと音を立てるその音と威圧感は間違いなく阿修羅にも伝わっていた。


この檻に捕まったままではいけない。


そう判断した彼はその巨体の膂力をもって檻を破壊しようとするも、破壊したそばからジルが針を作り出し、壊されないように阿修羅に攻撃を浴びせ続ける。


「絶対逃さねえぞ!」


ニヤリと笑うジル。


「…っ!!」


ジルと斬り結ぶ阿修羅。

その顔に焦りは浮かんでいないものの、武人として負けるわけにはいかないという気持ちが伝わってきた。


「ここで逃したら信頼を裏切ることになるし、チームのみんなに顔向けできないんだ。最後まで付き合ってもらうぜ」


「…いいだろう」


お互いに距離を取らないインファイト。

ジルと阿修羅の武器が絶え間なくかち合い金属音を響かせる。


阿修羅の一撃を受けていたら腕が疲れると防御をせず回避しながら斬りつけるジル。

どれだけ斬りつけられようと一撃を当てれば勝ちだと言わんばかりにジルを狙い続ける阿修羅。


互いに決め手に欠けているその戦いの中で、ジルは自分の調子が段々と上がっているのを感じていた。


身体がやけによく動く。相手の動きがよく見える。

何より戦うこと、命のやり取りが楽しくて仕方がない。


ジルの口角は知らず知らずのうちにあがっていたが、自分自身では気づいていない。


そんな様子のジルを見て阿修羅は眉をひそめる。


「小僧…お前は修羅に落ちるつもりか?」


「なんだよそれ」


「お前が行こうとしている道は、修羅の道だ。命を奪い奪われる戦いでしか心を動かさない外道だ。今すぐに引き返せ」


「何言ってるかわからないけど、口ばっか動かしてていいのかよ!」


ジルの一撃が阿修羅のガードを掻い潜って、彼の身体を浅くではあるが斬り裂いた。


「修羅がどうした。俺は、俺らしく勝てればそれでいい!」


「……そうか。ならば何も言うまい。

その命、我が貰い受けよう」


阿修羅が構える。

今までとは違うその雰囲気にジルは直感でまずいと感じていた。


「『剛』」


阿修羅が動いた瞬間、ジルは思い切り身体を伏せる。


ジルの頭上を凄まじい速さで通り過ぎる阿修羅の腕。

ただ腕を薙いだといえばそれまでだが、それによって作り出されたのは凄まじい惨状だった。


檻は大破し、コロッセオの地面は抉れている。

阿修羅は技を出した後の残心で息を吐く。が、すぐに別の方向に目を向けた。


腕を薙いだ攻撃の範囲はカレンまで及んでいたはずだ。しかし、そこには攻撃が届いていなかった。


「…これほどの使い手がいるのか」


その目線の先にはカレンがいた。

手には雷で作られたような弓と矢が握られている。


一体どれほど魔力を注ぎ込んだらそうなるのか、彼女の持つ弓と矢からは常に稲光が走り、彼女の周囲を焼いている。


「やっと止まったわね」


ゾクリ


阿修羅は自分を真っ直ぐに見るその少女から言い表せない畏れを抱いた。


ここで逃げては武人の恥だと、阿修羅は覚悟を決める。


カレンはゆっくりと弓を構え、引き絞る。


「貫きなさい。『インドラの矢』」


呟いたと同時に引き絞られた弓が解放された。

キィィと甲高く鳴きながら迫る矢に、阿修羅は敬意を表した。


これは自分では受け切れないだろう。


そう思いながらも本気には本気を返すのが武人としての矜恃だと腕を交差して受ける。


パァン!!


カレンの放ったインドラの矢が阿修羅にぶつかり爆ぜる。


「これで、どう…!」


「……見事」


阿修羅は身体を雷に焼かれながらも立っていた。

その姿にカレンは驚きつつも、やりきった達成感に包まれていた。


先ほどまでは煙玉を当てたかのようにただ土煙を上げるだけだった自分の魔法が、その敵を焼いている事実。


今までこんな風に魔法を使ったことがなかったのに、考えればこんなことができたんだという快感。


カレンは自分はまだまだ強くなれるんだという気持ちを抱きつつ、魔力を大量に消費した気怠さに膝をついた。

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