第21話


「ああ…いい湯だ…」


朋友の宿の浴場はなかなかに広く、十人くらいだったら一緒に入れそうなくらい。

火ノ国ひのくにという独自の文化体系を持つ国を模倣して作ったものらしいけど、なんとも言えない気持ち良さがある。


ジオール王国では、湯に浸かるのは大体が貴族の妻や子女といった人たちだけで、それ以外はシャワーを浴びるか濡れたタオルで身体を拭くかくらいのものだった。

けれど、この風呂で湯に浸かるという文化がジオール王国に来てからはこぞって家に風呂を増設する貴族が増えたもんだ。


一般の人たちはそこまでのお金はないのでこういう宿にたまに入りにくるくらいだが、これがまたクセになるらしい。知らない人との交流の場になったりするとかで、結構評判も良い。


この場には俺の他に誰もいないけど、もしいたら仲良くなったりとかするのかな。そういう偶然結んだ縁っていうの良いよなあ。


湯に浸かってじんわりと温かくなる気持ち良さに身体を任せてぼーっとしていると、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。


『ちょっと、アイシャ…何その身体…!?』


『え? …どこか変かしら?』


少し遠く聞こえるが、女湯の声が聞こえてきている。一人で静かに入ってるから声が微妙に聞こえるんだな。


もちろんこの宿の防音はしっかりしているし、男湯と女湯も壁で仕切られていて乗り越えることもできない。静かだから微かに聞こえてしまうんだけど、ミュゼルに言った方がいいんだろうか。


『変だなんてもんじゃないよ! 何そのくびれ! お尻もきれー…それに何といっても形の良い胸! 大きすぎず小さすぎずの理想じゃない? …ちょっと触っても良い?』


『ちょ、やめなさい、恥ずかしいでしょう…』


バシャバシャと暴れるような音。エリンが触ろうとするのをアイシャが避けてるんだろうな。


『王宮ではメイドさんに洗ってもらってたから恥ずかしくないんじゃないの?』


『侍従はエリンのようにそんな目でこちらを見てこないもの。彼女たちは仕事としてやっているの!』


『そうかなあ、こんなスタイルだったら例え女の子でも思わず見ちゃうでしょ』


『そんなにじろじろ見ないでちょうだい…。エリン、あなたまさかそっちの気があるの…?』


『ないよ! ただ羨ましいなってこと!』


『そ、そうなの…よかったわ。でも私を羨んだりしなくたってあなただって綺麗な身体しているじゃない。ほら、背中とかすべすべで陶磁器のようだわ』


『きゃっ! 私のは綺麗じゃなくて貧相っていうの! 胸だってそこまであるわけじゃないしさ』


『そういうものなの? 胸の大小がなにか関係するのかしら?』


『まあアイシャはそういうの関係なさそうだもんね…』


『もしかして男性の好みの話をしてるの? それこそ胸の大小で選ぶような男性はこちらからお断りするべきよ』


『そういうんじゃなくて! 単に気持ちの問題なの!』


『あ、ちょっと。…もう、なに怒ってるのよ』


それから声は遠ざかって聞こえなくなった。


…これがガールズトークか。黙って聞いていたが、これは静かに聞かなかったフリをするのが正解なんだろうな。


見えていたわけではないので向こうの動きとか詳しくはわからなかったけど、結構仲良さそうにしているじゃないか。


女性陣の身体については……想像するのはよくない。うん。


見た目からしてアイシャのスタイルがいいのは丸分かりだし、エリンだって彼女自身で言うほど負けていない。好みの問題だろう。誰に対してのフォローかは分からないけど。


…俺もそろそろ出ようかな。長風呂は身体に良くないらしいし。



「あ〜…気持ちよかったな…」


風呂を出て従業員に案内された個室でベッドに横になる。

ベッドも良いもの使ってるって分かるし、流石はミュゼルだな。


元々は騎士だったっていうのに、宿の経営に料理に…流石に多才過ぎないか? それら全てが一流と言っても良いくらいなのだからみんな羨ましがるだろうな…いや、だから国を追われたのか。


もしミュゼルが他にやりたいことができたら全力で応援しよう。場合によっては父さんに反抗…気が思いやられるけど、気合入れてやろう。

でも、父さんだったら応援してくれそうな気もするな。


「しかし、最終試験は何やるのかな。あれ、そういえばいつやるかも聞いてない気が…?」


しまった。聞き逃したか? いや、言ってなかったよな…? アイシャとエリンなら知ってるかな?


聞きに行かなきゃと思いながら湯上がり特有の気怠さに動けないでいる。昨日はなんだかんだで寝てないから疲れが溜まってるんだよな。


寝なくても行動できるとはいえ、寝た方が良いのは当たり前だ。


アイシャとエリンに聞くのは明日の朝でも大丈夫だろう…最悪あの二人が起こしてくれるはず。


目を閉じると心地の良い眠気がやってくる。身体がふわりと浮かぶような感覚とともに俺の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。





キシ。ベッドが僅かに軋んだ音で意識が覚醒する。

目を開けると、俺に馬乗りになろうとしている途中のエリンと目が合う。


「あ、ジル、おはよう」


「…これは一体どういう状況なんだ?」

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