第22話


「あ、ジル、おはよう」


「…これは一体どういう状況なんだ?」


「わからない? 夜這い」


「はあ?」


馬乗りになろうとしていたエリンは俺が起きたのを見て、ため息をついて改めてベッドに座り直した。


「ジルには見せたと思うけど、私の後見人ってエングラム辺境伯様なんだよね。


その辺境伯様が

『王都にジライアスという小僧がいるからちょっと手出ししてこい! あの小僧も少しは色を知った方がいいじゃろう!』

って言ってて。


それで、まあなんというか…こういうのって私の性格には合わないんだけど…一応恩もあるし、断りにくくってさ」


言いづらそうに胸の内を明かすエリン。


「最初に出会ったのは本当に偶然。まさかいきなりって思って動揺しておかしくなっちゃったけど…ごめんね、なんか」


先ほどまでとは打って変わって暗い顔で話す姿を見て、そこまで落ち込む必要はないだろうと思う。

悪いのはあのじいさんであって、エリンは巻き込まれた側だ。

それにあのじいさんだって本気ではないだろうし。


「はあ…俺はあのじいさんのイタズラには慣れっこなんだ。今回のはタチが悪かったけど、エリンがそんなに気にする必要ないよ」


「…ごめんなさい」


「本当にいいんだ。それより今度会ったらあのじいさんのイタズラを奥さんにバラしてやらないとな。あのじいさん、ああ見えて奥さんには頭が上がらないんだ」


狸ジジイの唯一の弱点だな。

奥さんは愛情深くも気の強い人だから、今回のことを言えば特に何も言われることはないだろう。


そうじゃなくても、あのじいさん、絶対に俺にエリンを頼むって言ってると思うから、俺と出会えて仲良くなってるってだけで充分だろうしな。


「まったく素直じゃないじいさんだ」


「え…?」


「あのじいさん、俺にエリンのことを頼むって言ってんだよ。イタズラにしてはタチが悪いけど…イタズラじゃないとしたらそういうことなんだろ。仲良くなったら俺が動くだろうって思ってんだ。本当に気に障るじいさんだ」


白髪のジジイのくせに頭は回るんだもんな。

ま、そうじゃなきゃ辺境伯なんてやってないか。


「そういうことだから、エリンが悩むことなんてないぞ。むしろアイシャとも仲良くなってるしあのじいさんとしては出来過ぎって思うだろうな」


「アイシャはただの友達で…もちろんジルとも友達、になりたいと思ってるけど…」


「友達でいいじゃん。偶然出会ったのも縁があったってことだろ。だから本当に気にすんな」


「……うん」


小さくしゃくり上げながら返事をするエリン。

なんだか俺が泣かせたみたいだけど、悪いのは俺じゃなくてあのじいさんだからなあ。


少しの間沈黙が流れる。


「あのね、ジル」


まだ少し震えている声でエリンが話す。

俺はそれを黙って聞いていた。


「私、辺境伯様に助けてもらったの。お父さんの実験から」


エリンが語ったのはエングラム辺境伯に助けてもらったの経緯だった。


「私は、魔法の研究をしてる学者のお父さんと、その助手をしてたお母さんとの間にできた子供だったの。でも、お母さんは私を産んですぐに死んでしまって。


その後沈んでいたお父さんだけど、私が魔法を使うと笑って喜んでくれたわ。運良く魔法の才能があった私は、親の喜ぶ顔が見たくてどんどん魔法にのめり込んでいったわ。


でも、成長するにつれておかしなことになっていった。


お父さんは、新しい魔法を作ろうとしていたの。それは、死んだ人を蘇らせる魔法。絶対にやってはいけないことを、お父さんはやろうとしていたの」


死人を蘇らせる魔法。

それは禁忌の魔法とも呼ばれ、ジオール王国の法律では即座に死罪を言い渡されるほどの重罪だ。


かつてはその魔法が研究されていたこともあるが、その結果滅んでいった国が数多くあった。


魔法を学ぶ際、絶対にやってはいけないことを教えてもらう。

死人を蘇らせる魔法はその中の一つだ。


「お父さんは魔法が使えなかった。だからだろうね、娘の私を使うようになったの。


何度も何度も見たことも聞いたこともない呪文を読み上げ、魔法陣を描き続けたわ。でも結果はどれも失敗。


…生まれたのは母とは似ても似つかない醜い肉の塊ばかり。


それでも私は、お父さんのために必死だったわ。どうしても喜ぶ顔が見たかった。でも心の中で、こんなことは無意味だと思っていたわ。


そんなある時、お父さんが

『新しく作ればいいんだ』

と言い出したの。


私の身体を見るお父さんの目は、暗く濁りきっていたわ。

もうどうしようもなくなって、いっそ全て消えてしまえば良いのにって思った時、辺境伯様が助けにきてくれたの」


あのじいさんは自分の領内での不正は許さないからな。搦め手を使うことが多いけど、どれでも領民がついてくるのは正しい姿勢を見せ続けているからだ。


じいさんの性格がどうであれ、その仕事ぶりは真摯の一言だ。

だから奥さんも領民もあのじいさんについて行くんだろう。


「だからあのじいさんに恩があるって言ってたんだな。死者蘇生か…。あまり現実感がないな。

…それで、エリンのお父さんはどうなったんだ?」


「わからないの。助けてくれた時にはもう何処かへ行ってしまっていたわ」


「逃げた…ってことなのかな」


となると、これからまた襲いに来る可能性も否定できないわけだ。


つまり俺は、アイシャの護衛をしつつ王に頼まれた不穏分子の偵察をしつつ、エリンにも目を配らなければならないと。


…無理じゃない?


とりあえず明日は兄さんに手紙を渡すのと、フェイにじいさんへの手紙を届けにいってもらおう。それからまた他の奴らに頼んで俺の目を増やすしかないか。


急に忙しくなるじゃないか。


「…せめて自分で自分を守れるようにって辺境伯様は私を大学校に推薦してくれたわ。そこでの出会いが私に良い影響にもなるだろうって。今のところは…言われた通りになっているかな」


力なく笑うエリン。


「大丈夫だ。もし友達が困ってるなら、俺もアイシャも絶対助ける。だから気にせず構えとけばいいんだ」


厄介事は俺に任せておけばいい。国のために働くのが家の使命だとしても、友達のために動かなきゃ俺が俺でなくなる。


「ただでさえ少ない友達を守るくらい朝飯前だからさ」


何の気負いもなく告げる。


それに対してエリンが何か口を開こうとしたとき、コンコンとドアがノックされた。


『ジル、ちょっといいかしら?』


いいえ、良くないです。


「エリンの姿が見えないんだけど、何か知らな……い…ことないわよね。連れ込んでるんだもの」


返事を待つことなく開かれた扉。


ベッドの上に座っている男女が彼女の目からどう見えたのかは想像に難くない。


「さて、ジライアス。何か言い訳はあるのかしら?」


背筋が凍るような声でアイシャが告げた。

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