第20話


「ごちそうさまでした!」


「美味しかったな」


「ええ、なんだか前より親しみのある味になっていた気がするわ」


食べ切れるか不安だった量の料理だったが、大半はエリンの腹の中に収まった。

そこまで背も高くないし太っているわけではないのにその身体のどこに入っていっているのかまったくわからなかった。


朝に食べたバジンの店じゃあ我慢してたってことなんだろうか。


「これだけ食べれたら満足だよ!」


「そうだろうな。途中から店の食べ物全部食べるんじゃないかって思ったよ」


「私もこんなに食べる人がいるとは思わなかったわ」


「そうかなあ。余裕があったらとことん食べたいっていう気持ちにならない?」


「…ならないわね」


俺は余裕があったらとことんサボりたい気持ちにはなるけど、ここで言うとアイシャが怒りそうなので黙っておく。沈黙は金だ。時に雄弁になったりするけど、この場合は問題ないだろう。


「満足したら眠くなってきたなぁ」


ふわりとあくびをするエリン。

本能に忠実といった様子だ。けれど、おそらく昨日から頑張ってきたツケが回ってきたんだろうな。

試験は残っているにしろ無事に無事に入学はできたんだから少しくらい気を抜いてもいいだろう。


「あらあら、みんなお疲れかしら? ちょっとアタシに付き合ってもらおうと思ったのに〜」


ジルたちが食べ終わったと聞いて厨房からやって来たのか、ミュゼルが顔を見せにきた。


「ありがとうミュゼル。今日も美味しかったよ」


「あら若様ったらオクチがうまいんだから! 今日もって言うところがステキ!」


「ははは…」


相変わらずのテンションだなあ。素直に思ったことを言っただけなんだけど。


「じゃあみんなお風呂入っちゃう? ウチの宿には浴場もついてるのよ〜?」


「え! 水で身体流すだけじゃなくてですか…? そんな贅沢なことをしていいんですか…?」


「若様とアイシャちゃんにはお世話になってるし、エリンちゃんも、もうアタシのオトモダチだもの! 大歓迎よ!」


「やった! じゃあアイシャ、一緒にお風呂行こ!」


「え、ええ…ちょっと落ち着きなさい! 走って行こうとしないの!」


エリンは猪突猛進というか、思い立ったら即行動って感じだな。で、アイシャはそれに振り回されているわけか。


アイシャはあまり自分から行動起こすタイプじゃないけど、嫌なことは嫌だと言えるタイプでもあるから、案外合っているのかもしれないな。


「ゆっくり入ってきていいわよ〜! お風呂から出たらウチの子にお部屋案内させるから〜!」


「ありがとう、ミュゼルさん!」


「ありがとうミュゼル。お言葉に甘えさせていただくわね」


「いいのよ! 行ってらっしゃい」


女性陣は仲良く入浴へ。残された男性陣(?)は大人しく一人で風呂に行きますか。


「若様。指令がございます」


俺も風呂に行こうとしたところで、先ほどとは打って変わって落ち着いた様子で俺を制するミュゼル。


「父さんから?」


「いえ、王からでございます」


なんだろう。わざわざ俺に持ってくるだなんて。王宮の中のことは兄さんがなんとかできるだろうし、その他のことは父さんと母さんでなんとかできるはずなんだけど。


「大学校にて、怪しい動きがないか探って欲しいと」


「ええ…入学して早々に厄介ごとかよ…。なんか根拠でもあるのか?」


「どうやら王宮内で反王派の派閥の動きが見られるらしく、クーデターの兆候有りと」


「クーデターねえ…国民から多く搾取してるわけでもなし、一体何が悪いんだか」


「どうやら今の王は生温く、これからの時代において他国に潰されると声を上げる者がいるらしく…その者曰く『国民は王のために働けばよい』ということらしいですね」


「ふうん」


『国民は王のために』、ね。結局は自分たちが国のトップに立ってやりたい放題したいってだけの頭の弱い連中が言いそうなことだな。


正直俺は誰が王だとかはあまり興味がない。ただ国が良くなればいいとだけ思っている。けれど、そんな俺にも情はあるわけで。


「今の王に不満があるわけでもないしな。それでその馬鹿な奴らの動きを探れと。大学校で何をしようっていうんだか…スカウトとか?」


「優秀な人材を探して自分の陣営に引きずり込もうという考えのようですね」


「そこまでわかってるんだったら王も自分でやればいいのに…」


思わずため息が出てしまう。これは俺をこき使うための実験なのか、それとも王では手を出しにくい相手なのか。


どっちにしてもやることはそう変わらないけど、面倒だなあ。


「兄さんからは何か聞いてる?」


「任せた、とだけお聞きしました」


兄さんも面倒だと思ってるんじゃないか。あの人は基本的に平和主義だからね。結局は父さんの血は息子の二人とも大して受け継がなかったってことかな。いやあ性格が似なくてよかった。


父さんは邪魔なものは全て排除していけばいいというスタンスだからね。…それで手に入れたのが母さんなんだけど、その話はまた今度でいいだろう。


「任されたら仕方ない。お国のために働きますかね。ありがとうミュゼル」


「いえ、私はハウンド家と王家に恩がある身ですから」


「そんな恩もうとっくに返し終わってるだろうに。それでもっていうんだから、ミュゼルの騎士道精神には頭があがらないね」


「恐れ入ります」


このミュゼル。元々は他国の騎士団の副団長を任されていたが、国庫の横領という濡れ衣を着せられて追放された。

それを聞いた王がミュゼルを引き取ってとりあえず娘の護衛にしたらしい。が、そこで俺が産まれたので成長したら交代。


人材を腐らせるのも惜しいっていうことで父さんが引き取り鍛え上げ、今では王とハウンド家の橋渡し役だ。


出世したんだかわかんないけど、かなり波乱万丈というか目まぐるしかったろうな。


何より素晴らしいし尊敬できるのは、俺みたいなガキと交代させられても腐らない根性だろう。父さんもそこに目をつけたんじゃないのかなあ。


「とりあえず探ってみるけど期待はしないでって王に伝えておいて。それと、もう口調戻してもいいよ」


「かしこまりました。…一応お務めだから真面目にやろうと思って言ってるのに〜!」


「いや、うん。メリハリがついてるのはいいことだよ」


でも急にそんな変わられると俺も戸惑っちゃうしね。そこまで気にしなくてもいいんじゃないか。って何回言ってもこれだからね、きっと譲れないところがあるんだろう。


くねくねと動くミュゼルを放って、俺も疲れを取るべく浴場に向かうことにした。

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