第16話


俺とアイシャは地図に示されている通りに宿舎へと歩いていた。


「そういえば、俺は試験あったけど…そっちは何をしてたんだ?」


「私たちは二次試験までは免除だったから受付をして、最終試験の説明を受けたら自由行動だったわ。ジルは試験どうだった?」


「まあまあかな。最初はどうなることかと思ったけど、なんとかここまで来れたし」


昨日母さんから試験があると聞かされて一睡もせずだからなあ。なんだか濃い時間を過ごしていて少し精神的に疲れた。


「そう? 結構余裕そうな雰囲気だったじゃない」


「試験自体はね。でもそれ以外…人間関係とかチームワークとか面倒くさいのが多くて」


「あなたは一人の方がラクだものね。私も一緒に試験受けたかったのに…お父様ったら心配しすぎよ」


拗ねたように口をとがらせるアイシャ。

一国の姫なんだ、心配になるのは王としても親としても当たり前だろう。


アイシャには兄が一人と妹が一人いるが、王位は兄が継ぐことになっているため、王位継承権はあるものの、優先順位は低い。が、その美貌からか他国からの縁談が絶えないらしい。本人は興味ないみたいだが、王からしたら心配事の一つだといったところか。


ところでアイシャだが、見た目の美しさからは考えられないほど強い。たまに騎士団の幹部と模擬戦をしていたりするが、余裕で勝ち越している。一体どこを目指しているのか…たまに母さんも稽古をつけているみたいだしね。


「子供のことが心配じゃない親なんていないだろ。大抵のことは何とかできるとはいえ、アイシャにもしものことがないようにしたいんじゃないか?」


「そうだとしてもよ! いつまでも子供じゃないんだから、もう少し信頼して任せてくれてもいいのに」


「信頼して任せた結果、お前俺の部屋ぶっ壊したじゃないか。そういうことの積み重ねじゃないのか?」


前の話だが、俺が珍しく仕事に行っている間にアイシャが一人で訪ねてきていたらしく、いると思っていた俺がいないことに腹を立てたらしい。

そこまでは良い。いや、急に来るアイシャも悪いが、まだ全然問題ない。

問題はその後。怒った気持ちをそのままに母さんと稽古をしていたら俺の部屋の方向に魔法を放ったのだとか。


それが本当に偶然なのかはさておき、当然俺の部屋は壊滅的な被害を受け、部屋の移動を余儀なくされた。部屋にあるものっていったらベッドや机と椅子くらいだったからいいが、もし俺が貴重なものとかを部屋に置いていたらどうしていたんだか。


王からも謝罪を受け、アイシャからはあまり目を離さないようにするという書状まで来た。その言葉通り今もアイシャに監視がついている。気配でバレてしまううちはまだまだ。一流は気配を隠すんじゃなくて誤魔化すらしいからな。父さんはそもそも気配とかないから例外です。


「…あれは偶然よ。ちゃんと謝ったじゃない」


「偶然に見えないから怒られたんじゃないか。まったく、もう少し周りを見て行動してくれ」


「もう、ジルもお父様と同じようなこと言うのね。落ち着きのある行動を〜って。努力はするわ、でも期待はしないで」


それって完全に今まで通り行動するて言ってるようなもんじゃないか。


そうこう歩いているうちに、宿舎へと辿り着いた俺たち。

相当昔からあるにもかかわらず、古くなっているというよりか風格があるといった雰囲気なのは、よく手入れがされている証だろう。


「あら、もう着いちゃったのね。もう少し二人でいても良かったのだけれど…」


「それ、他の人の前で言うなよ。王女様と噂になったら敵も多くなるだろうし、お前に迷惑がかかることもあるだろうからな」


「あら、心配してくれるの? でも残念ながら隠すつもりも誤魔化すつもりもないわよ? だってジルは私のだもの」


「俺は誰のもんでもない。…けどまあ、アイシャが困ってたら助けるけどな」


「そう? ふふっ。それでもいいけど、卒業するくらいまでには別の返事が欲しいわね?」


困った王女様だ。お互いの立場ってものがあるだろうに。

俺はどれだけアイシャを好いていようと結局は護衛が関の山だし、アイシャが俺を好きだと口に出して言わないのも、自分がそれを言ってはいけないとわかっているからだろう。


俺はアイシャに返事をせず、宿舎の扉を開いた。


中は最終試験の説明を受けにきた人、既に説明を終えてくつろいでいる人で賑わっていた。


「さて、説明はどこで受けるのかな…っと!」


「ジル、良かった! ちゃんと受かったんだね!」


右側から軽い衝撃。と、同時に柔らかい感触。

目を向けると、そこにいたのは試験の前に別れたエリンだった。


「エリンか。もう説明は受けたのか?」


「まあね! ジルはこれから?」


「さっきようやく二次試験が終わったところだからな。これから説明受けて、やっと自由時間だよ」


「そうなんだ、じゃあ説明終わったらさ…」


「…ジライアス?」


背後からなんだか暗いオーラを感じる。

後ろは振り向きたくないが、仕方ない。ぎぎぎ、と音がしそうなくらいゆっくりと後ろを振り向く。


「私がいない間に何があったのか説明してもらおうかしら?」


「いや、アイシャ。これは別に何でもないんだ。ほんと、偶然出会って、ちょっと手助けしただけなんだ」


「偶然、ね? それでも珍しいわね? ジライアスが人助けだなんて」


「人聞きの悪いこと言うなよ! ちゃんと見える範囲では人助けしてるって!」


ゆっくりと歩み寄ってくるアイシャが怖い。じりじりと俺も後退していくが、おそらく逃げ場はないだろう。


どうしたもんか、と悩んでいたところで、身近なところから救世主が現れた。


俺の腕を抱えていたエリンがパッと離れてアイシャの前に歩み出た。


「アイシャ…? あ、ひょっとして王女様ですか!? うわあ、すごい! 綺麗な人! 握手してもらってもいいですか!」


「え、ええ…」


普段からお世辞ではなく綺麗だと言われ慣れているアイシャだったが、正面からこんな風に言ってくる人はほとんどいないんだろう。なんだか毒気が少し抜けたみたいだ。いいぞ、これならいける!


「この子はエリン。今朝門のところで騒ぎを起こしてたのを偶然見かけてさ、だからちょっと手助けしたんだよ」


「はい、ジルがいなかったら推薦状を書いてくれたエングラム辺境伯様にどうお詫びしたらいいか…。本当に助かりました!」


にこにこと元気よく話すエリン。その雰囲気からは誤魔化そうだなんて空気は微塵も感じない。実際その通りなわけだしな。


「そ、そうなの?」


「ああ。今日初めて会って、偶然再会したんだ。そりゃテンションも上がるよ」


「そうです! あ、えっと…私、ジルの説明が終わったらちょっと街に出ないかって誘おうと思ってたんですけど、もしよろしかったら王女様も一緒にどうですか…? って、不敬ですよね! ごめんなさい」


「いえ、一緒に行かせていただこうかしら。それに、これからは一緒に学ぶ身ですもの。話しやすい言葉で話してくれていいわ」


「は、はい!」


「なんか、まとまったみたいだし、俺はちょっと説明受けてくる」


「あ、ちょっと待ってジル!」


ちょいちょいとエリンに手招きされる。何だろうと思い近くと、彼女はさりげなく耳元で囁いた。


「王女様、かわいいね!」


ギョッとした目でエリンを見ると、いたずらっ子のような顔で笑っていた。

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