第14話
「ゴガァア!!」
「おいおい、元気いっぱいって感じだな…」
殺意に満ちた剛魔を前に、恐れよりも先に呆れてしまう。現時点で父さんより強い生物を俺は見たことがないからな。必然的に過小評価してしまうわけだ。
チラリとガジとカレンの様子を確認すると、吹き飛ばされて気を失っているが怪我は大したことなさそうだ。
その理由はおそらく、キャロルだろう。
熱で動きにくいだろうに、必死に声を出して警告していたし急ごしらえではあるが防御の魔法を展開してくれていた。
キャロルはと見ると、彼女はつらそうに息をしながらもガジとカレンの方によたよたと近づいていっていた。
つまり俺の役目は、こいつの相手ってことだ。
なるほど簡単だ。ここでこいつを殺してしまえばいいだけの話。俺は意識を切り替える。
全く、大学校の試験で致命傷を負っても構わないからってこんな奴を受験生の相手にするだなんて上の奴らはどうかしてるんじゃないのか?
「来な。肩慣らし程度に相手してやるよ」
「ギヒッ」
気持ち悪いなこいつ。言葉を理解しているのか?
剛魔ってそこまで利口だったか…?
ニタニタと笑いながらじりじりと距離を詰めてくる剛魔。見た感じだと遠距離攻撃はなさそうだが、こいつの嫌な笑いが妙に気にかかる。
俺との距離が十メートル程になったところで急に足を止めて、思い切り息を吸い込んだ。やけに肥大化した胸をそのままに口をすぼませてこちらを見る。
「プッ!」
真っ直ぐに飛んでくる白い物体。
「あぶなっ!」
剛魔が吐き出してきたのは自分の歯だった。
剛魔の牙は鋭く、噛みつかかれれば人間の肉なんて簡単に裂け、骨までしゃぶられることになるだろう。流石にそれは遠慮したいところだ。
「プッ! プッ!」
「おい! ふざけんな!」
後ろにガジやカレンがいるので大きく避けることもできず、ただ手に持っている針で軌道を変え続ける。
それはまあいいんだ。段々とギアが上がってきたのか、調子が良くなってきているし。
問題は剛魔の口から出ているこの歯だ。絶対汚いだろ! こいつら絶対歯磨きの習慣なんてないだろうし!
「うざったい!」
「ギョエッ!」
剛魔の足元から針を生み出し突き刺そうとする。けれど、こいつには並外れた反射神経があるのか、身体に刺さりそうなところで避けられた。少し擦りはしたみたいだけど、致命傷には届かない。
本当だったら串刺しにしてやりたいところなんだが…どうせこの戦いも監視されてるだろうしな。できることなら目立ちたくないんだ。
理想は健闘したけど、一歩及ばずに負けましたってところなんだけど…それで合格できるのか? そこがわからないんだよな。
俺が剛魔の注意を引いていた甲斐もあってか、キャロルが二人のもとにたどり着いた。キャロルは二人を近くに寄せて防御を張る。
「これで、私たちは大丈夫です…。だから、少しくらい派手にやっても、いいんですよ?」
「…何を言ってるんだ? 俺だってギリギリだって見てればわかるだろ?」
こんな状況だというのに、キャロルは笑って俺を見ている。
「知ってるんです。アイシャ様が言ってました。『ジルは絶対、私を守ってくれる』って。…私の母は、現国王の妹なんです」
「…なるほどな」
俺が名乗った時から、キャロルは全部知ってたわけか。それであんなに緊張してたってことなのか?
俺らの一族は王族を守りもするが、殺しもする。建国と同時に表舞台から消えた一族。
王族と血の繋がりがあるなら、知らないわけがないか。
「確かに俺は、ハウンドの血を引いてる。こんなやつ雑魚も同然だ。…けどさ、やっぱ試験って聞いたらみんなで協力してやりたいじゃないか」
生まれた時から修行。王族のために生きて王族のために死ね。そう教わってきて、それに準ずるつもりではあるが、せっかく普通の生き方もできそうなんだ。だったら、普通にやりたいじゃないか。
「大丈夫です。私もカレンさんもガジさんも、ジルくんを一人にしたりしないです。私だってもっと強くなって、一緒に…アイシャ様だって…」
そこまで話したところで体力の限界がきたのか、キャロルは気を失った。
一人にしない、か。
『ねえジル。世界の全てがあなたを知らなくても、私があなたの全てを知ってるわ。みんなに自慢したいくらいにね。私のジルはすごいのよって』
いつだっただろうか。アイシャが言っていたことがふと蘇る。
「…そうだな。余計はことは考えなくていいか」
ぐっと手を握り、懐から一本の剣を取り出す。
ハウンドに伝わってきた光を通さない黒い直剣。
父さんも母さんも兄さんもこれを持っていない。これに認められなかったから。
懐かしい感触とともに、剛魔を見据える。
俺らが話している間、空気を読んでいたのか静かにしていた剛魔だが、どうやらただ静かにしていたわけじゃないらしい。
ゴキリ。
異様な音を立てて変形していく剛魔。
最初のが第一形態、さっきまでのが第二形態だとしたら、今のが第三形態ってところか。
「キシャアァ…」
目が六つに腕が六本。と、背中に虫のような羽。こいつ、昆虫と融合でもしたのか?
身体は昆虫の甲殻のように滑らかで光沢があるが、昆虫特有の節などは見当たらない。
隙間のない完全な身体とでも言えばいいのか。
「隙間、ねえ…」
ぱっと見、どこから切っても同じだな。
「それなら…」
直剣を片手に半身で構える。
剛魔が先ほどまでとは比にならない速さで突っ込んでくる。左右に身体を揺さぶりフェイントをかけてくるが、俺はそのどれにも反応しない。
俺はただ待てばいい。あいつが近くに来たら斬る。簡単じゃないか。
「シャア!」
最初と同じ、右の大振り。
俺はそれを最初と同じように屈んでかわし、剛魔の胴を凪いだ。
「フッ!」
「ギェ…?」
ブシャアァと剛魔の身体から青色の体液が噴き出す。
どこから切っても同じなら、どこを切ったって変わらないってことだろ?
上半身と下半身が別れた剛魔はしばらくのたうちまわっていたが、やがて動きを止め、ボロボロと崩れ去っていった。
『二班合格』
そうアナウンスが流れたと同時に、俺の視界は光に包まれた。
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