第13話


「おかしいってどこらへん? あたしは何も感じなかったけど…」


「いや、よく思い出してくれ。俺らが敵だと思ってた他の班を倒した時とアナウンスが違うんだ」


あの時、アナウンスでは『残り七班』と言っていた。だけど、今回のアナウンスでは『四班合格。残り六班』と言った。どうやらこの試験には何か合格基準があるらしいな。


「…確かに、今回のは合格って言ってたなァ。引っかかったのはそこか?」


「ああ。俺らが他の班を倒した時は残っている班の数しか言っていなかった。それに、『ゲリラ戦』とは言っていたけど、倒せとも言われていなかった。つまり、他の班はライバルだけど敵ではなかったってことになる」


「じゃ、じゃああたしたちが倒したのは間違ってたってこと!?」


「そうは言ってないよ。でも、合格するには必ずしも他の班を倒す必要はなかったってことだ。けど、アナウンスでは『敵』って言葉も出てきている。ということは…」


「明確な『敵』がいるってことだな。自分のグループ以外の人とゲリラ戦ってことは協力するも敵対するも自由…ってところなんだろ」


「そんな…じゃあ敵って一体何なの?」


「そこが問題なんだ。俺らにはその情報が何も与えられていない。情報が与えられてないってことは…」


そこまで思案して、洞窟に何かが近づいてくる気配に気づく。二人はどうやらまで気付いていないらしい。


距離はそこまで近くはないけどまっすぐ向かってきている。遠くから見たら火もあるしわかりやすいからな。


「カレン、今すぐ火を消せ! ガジ、キャロルを背負ってくれ! …多分、敵が来る」


「さっきまで情報が与えられてないからわからないって言ってたじゃないの!」


カレンは魔法を使って指示したすぐに通り火を消してくれた。ガジは何も聞かずにキャロルを背負い動ける体勢を作った。


火が消えたことで気配がバレたことが相手にはわかったらしい。速度を上げてこちらに近づいてきた!


速度を上げて来たことで二人にも気配が伝わったらしく、緊張が走る。


「いいか、情報が与えられてないってことはな…」


ソイツが俺らの前に姿を見せる。

暗闇の中だから分かりにくいが、夜目のきく俺にはよく見えた。

暗い紫色と肌色が混ざったような色の身体にのっぺりとした顔、恐ろしく細い人型のフォルムに見上げるほどの背丈。


「あ…こいつって…!」


「っ!」


絞り出すような声でカレンが呟く。ガジが驚きで息を呑んでいるのを気配で感じる。


「一目で敵ってわかるってことだ!! 散れ!」


「イィアァ!!」


俺の声が合図になったのか、ソイツは身体を鞭のようにしならせて奇声を上げながら俺に向かって来た。走り方はめちゃくちゃ、しかし速い。


「なんでこんなところに『剛魔』なんているのよ!」


「そんなこと知るか! 黙って攻撃食らわないようにしろよ!」


攻撃の範囲に入らないようにカレンとガジが退く。


俺に来る分には問題ない。伊達に大陸最強と呼ばれた家で地獄を見てきたわけじゃないからな。


「アァ!」


右の大振り。速いっちゃ速いが、まだ目で追えないほどじゃない。

身を屈めるようにして避け、隙だらけになった剛魔の横腹に拳を叩き込む。


「ってえ! 硬すぎない!?」


これで決まっただろうと殴ったが剛魔の身体が予想外に硬く、思わず立ち止まってしまった。


「グヒッ」


「あ、やば」


剛魔が笑う。

ああ、こいつってちゃんと考えることできるんだなあと思いながら迫りくる剛魔の蹴りを眺める。


とりあえず受け身を取ってダメージは最小限に…と考えたところで、


「穿て!」


「グフッ」


剛魔の顔に雷が直撃した。

一瞬の硬直のおかげで剛魔の攻撃を避ける時間が生まれた。


「ちょっと、ちゃんとしなさいよ!」


「ごめん! 助かった!」


カレンの魔法がなかったら一発もらってたな。うーん、やっぱりサボりすぎたのかな? 身体がイマイチうまく動かない。


「オラァ!」


「ウグッ!」


俺を追い越すようにして飛んでいったガジが、剛魔の身体に打撃を加えている。

え、痛くないの? 俺結構痛かったんだけど。


ガジの蹴りが良いところに入ったのか、剛魔は叫び声を上げて吹き飛んだ。


「フゥ…。おいジル、平気か?」


「まあね。これくらいなら全然」


「言うじゃねえか…っと、くるぞ!」


「ウガァ!」


吹き飛ばされたことに怒り狂っているのか、剛魔は身体をバネのように起こすと、そのままの勢いでガジに飛びついた。


剛魔の攻撃を時々擦りながらも躱していくガジ。合間を見て打撃を与えているが効いている様子はない。反対に、いくら攻撃を貰おうがお構いなしに乱打を繰り返す剛魔。


カレンが援護をしようにも、距離が近すぎてガジも巻き込んでしまいそうだ。


「じゃあ、俺が頑張るしかないな。悪いけど、カレン、キャロルを頼む」


「わかったけど、どうするつもり!?」


「そりゃあもちろん加勢だよ」


カレンにはキャロルを見てもらうことにして、剛魔に気づかれないように気配を消し背後に迫る。そして剛魔の背後から膝に針を突き刺した。


ズブリと皮膚を貫き肉に達した感覚。流石に父さんよりも体が硬いってことはなかったみたいだな。


「アアァ!」


「おらよ!」


剛魔が怯んだところを逃さずにガジが魔力を纏った拳で顔を撃ち抜いた。

剛魔は膝に針を突き刺したまま飛んでいき、やがて動きを止めた。


「はぁ…どんなもんよ…」


「なかなかやるじゃん。身体ボロボロだけど」


「うるせえよ…はぁ…いてぇ」


「あんたたちやるじゃない! あの剛魔よ! たった三人で倒しちゃうだなんて!」


「大袈裟だよカレン。試験なんだから…ダウングレードされてたんじゃないのかな?」


「そうかしら? それでも、すごいわ!」


興奮が抑えられないといった様子のカレンを仕方ないなとガジと二人で苦笑する。


-ドクン。


「あれが敵だったってことは、他の班はあれを倒したってことなのかしら?」


「さあな。けど、俺らでもいけたってことはそういうことなんじゃねえの?」


そういうことなのか? それにしてはまだアナウンスが鳴らないけど…まさかこいつが敵じゃないってことか?


-ドクン。ドクン。


「危ない…!」


か細い叫び声が聞こえた。

咄嗟に剛魔の方向を見ると、そこには既に何もいなかった。


チリ、と首の後ろがひりつくような感覚。それに従って身を屈めると、頭上を凄まじい勢いで何かが通過した。


「は? がはッ!」


「ガジ!? うッ!」


反応できなかったガジとカレンが急に吹き飛ばされていった。


「ガアアァ!!」


俺に目の前には身体を赤く染め、ギョロリとした目に怒りがこもった剛魔の姿。

ソイツの目は、ここにいる全員皆殺しにしてやると言わんばかりの殺意に満ちていた。

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