第6話


「ありがとうバジン、今日もうまかったよ」


「すごく美味しかったです! ありがとうございました」


「うれしいねえ! また来な!」


俺はバジンに代金を支払い礼を言い店を出た。

エリンが申し訳なさそうにしていたが、これくらい気にすることはないと告げると不満そうではあったが引き下がってくれた。こういう女の子って良いよね?


俺たちが店を出る頃にはみんなが活動的になる時間帯になってきていたので、王都の人通りが少し増えていた。


「おっし、それじゃあ大学校に向かいますか!」


意気揚々と歩き始めたジルにエリンは待ったをかけてきた。


「ジルは大学校の場所わかってるの?」


「それくらいわかるよ。王都に来たのが初めてってわけじゃないしね。別々に行く理由もないしとりあえず一緒に行くか?」


「だね。王都って初めてだし迷子なると嫌だもん。私は一応推薦枠だから試験とかは無いって聞いてるんだけど…ジルは?」


「俺は推薦じゃないから試験受けないといけないな。…それくらい融通させてくれたっていいのにな」


「ズルは駄目だよ、ジル」


じっと俺の顔を見てくるエリンの方を見ないようにしてため息をついた。

合格できないとは思わないが、面倒くささが大きくてどうにもやる気が出ない。さっきのは空元気だ。


「わかってるよ。…お、ちょっと端に寄った方がいいぞ」


「ほんとだ。うわあ、すごい綺麗な馬車だね!」


エリンと適当な雑談をしながら大学校に向かっていると、隣を豪奢な馬車が駆けて行った。

立派な毛並みの馬に煌びやかな装飾がなされた馬車。


中が見えないように閉じられたカーテンの隙間から見えたいたずらっ子のように目を細めている翡翠色の目と視線が交差する。


目と目が合ったのは一瞬のことで、すぐに馬車は走り去って行ってしまった。


「すごい豪華な馬車だったね〜。ひょっとして王族の方とかの馬車なのかな?」


何も知らないエリンは素直に馬車の豪華さに驚いているらしい。王国の端っこ出身って言ってたもんな。向こうでこれほどの馬車を見かけたことはないだろう。


「…だな。ぱっと見でわかりにくかったかもしれないけど、ジオール王国の紋章もあったし」


「え、本当にそうなの! はあ…どんな人が乗ってるんだろう?」


傍若無人を素で行くお姫様ですよ。

見た目は確かにいいけど、俺からしたらどうしようもなくお転婆なお姫様だ。

さっきのことだって、本当だったらカーテンの隙間から覗いたりだなんて王族がするべきではない行動だ。


「さあな…お、そろそろ目的地が見えてきたぞ」


「あそこが大学校かー! すごい人だね!」


学問を広めるために建てられた大学校。身分は問わず門は誰に対しても開かれている。とは言っても最低限のラインは存在するわけだが。


そんな大学校の面積がどのくらいなのか、という質問は意味があってないようなものだ。なぜかと言うと、敷地自体に魔法がかかっており、敷地内の面積はそれこそ王都一個分に匹敵するくらいに拡張されているからだ。


だから大学校の中には店もあるし、そこで暮らすための寮もある。日常生活に支障はないってことだな。


それと、エリンがエングラム辺境伯から貰っている推薦状は裏道みたいなものだ。才能があるから学んだ方がいい、恩を売って自分の部下にしたいとかな。

エリンはそのこと自体はわかっていてここに来ているみたいだから何も言わなかった。


しかしこの推薦状、どの貴族にも渡す資格があるわけではない。王が認めた数少ない貴族達のみが推薦状を書くことができる。

それを持ってるだなんて…入学したらしばらく話題になるかもな。


「本当にすごい人だかりだな…俺はこの中を進んで行かなきゃいけないのか…?」


「が、がんばって?」


大学校の入り口付近から伸びている列を見て、思わず遠くを眺めるようになってしまう。なんだあれは、うねる行列…まるで蛇のようだ。


どんどん消化されていってはいるが、それにしたって追加で並ぶ人の人数が多すぎる。


「推薦状を持った人の枠は向こうらしいな。…もうほとんど人がいないみたいじゃないか」


「そうみたいだね。なんかごめんね?」


申し訳なさそうな顔をするエリンに首を振る。


「いいさ、エリンが気にするようなことじゃない。それじゃあまた入学したらよろしくな」


「う、うん! またね、絶対だよ!」


「ああ」


エリンを推薦状枠の方へと見送り、ジルは大蛇の如く長い行列の最後尾に並ぶ。


周りをざっと見たところ、ジルと同じような年齢の人が多い。十五、六といったところか。大学校は年齢制限があるわけではないけれど、若い人の方が将来性を見込まれて合格する確率が高かったりするらしい。


ぼーっと列がはけるのを見ながら流れに身を任せていると、なんだか視線を感じた。睨みつけているようなものではなく、ちょっと笑いの入ったものだ。

視線を感じた方に目を向けると、大学校の校舎の窓からとんでもない美人がこちらを見ていた。


月の光と夕日を混ぜたような美しい金色の髪。穏やかで癒やしを与えるような翡翠色の瞳。完璧と言っていいプロポーション。

おおよそ非の打ち所のない女性。それはこの国の王女であるアイシャ・ジオールその人だった。


『はやくこっちに来なさい?』


「うるさいな。言われなくても行くさ」


口パクで伝えてくる彼女に向かって俺は静かに呟いた。

それを見た彼女は嬉しそうに笑うとドレスの裾を翻して校内へと消えていった。


あれがアイシャだ。

建国以来の美姫と名高いジオール王国の『宝石姫』。


仕事とはいえ、俺が命をかけてでも守らないといけない相手。

それ自体を不満だと思ったことは一度もない。なんだかんだ言いつつ、父でも母でも兄であっても…誰であろうとこの座は譲りはしない。


…男なら誰だって、惚れた女くらい自分の手で守ってやりたいだろ?

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