第3話 変わり果てた故郷

「なんだよこれ・・・」


朝を迎え、ジグとニマが出会った森から半日かけて歩き、辿り着いたニマの集落。

木の柵で囲まれた集落の中にはそれぞれの住居や緑で溢れていた。しかし―――


「おかしいです・・・この時間に誰の声も聞こえないなんて・・・しかも所々家が壊れてる・・・」


そう、ニマのいた集落は今、木の柵や家が所々破損しており、中には火で焼かれた跡なども残されていた。


その様子を呆然と見つめ困惑の渦に陥るニマ、ジグはそんなニマを他所に足を踏み出す。


「おい、どっちみち状況把握する為に入らなきゃいけないんだ。・・・気持ちはわかるけどとりあえず中に入るぞ。」

「は、はい・・・」


自分の集落が以前とは全く違う状態になったいることに戸惑いつつもジグと共に足を踏み入れるニマ。



とりあえずニマは自分の家に向かい、両親の所在を確認しに行く。向かう道中、虎が引っ掻いたような爪痕や、少量の血痕が目立った。


自分の両親も恐らくは無事ではない、少なくともこの状態の中で家に居るなんてことは無いだろうと薄々感じる。


「・・・なあ、言わないようにしてたが、やっぱりなにかしたらあったろこれ・・・」


「・・・はい・・・考えたくないですけど・・・それにしてもこんな短い間に誰もいなくなるようなことなんて考えにくいんですけど・・・」


そのような会話をしている間にニマの家が見えてきた。ニマの足が止まる。


「・・・」

ニマの家まであと50メートルもない。だからこそ分かる。

「なあ・・・あの家か・・・?」

ニマは黙って頷く。

今ニマの視界には全焼した1軒の家が見えていた。

ここに来るまでの道中でここまでの状態の住居は見当たらなかったこともあり、ニマの体は動揺と混乱から震え、冷や汗が垂れる。

それでも、確認しなくてはいけない。なにがあったのか。一歩、また1歩とニマは重い足を前へとゆっくりと進める。気が付くと2人は全焼したであろう家の前まで来ていた。ドアは焼け焦げ倒れている為、既にドアとしての役割を果たしていなかった。その為、家の中の様子がよく見えた。確認したくない、だが確認しなくてはならないニマにとって目の前の光景は、ニマの心に鮮烈かつ残酷にーーーー


現実を叩きつけた。


ニマは蹲り、涙が滝のように流れる。


体内に酸素を取り入れることさえ忘れたかのように盛大に咳き込む。


そのニマの様子と目の前の光景にジグは立ち尽くす。


目の前には、ジグの人生の中で初めて見た、生々しい、焼け焦げた、人の形をしたなにか。


いや、頭では理解している。それが焼死体なのだと。


だが若く人生経験の浅い少年からすると、とても受け入れ難い光景。


吐き気が込み上げるが、横には泣き崩れる少女。理性が働きグッと堪えるジグ。

焼死体が二つ。そしてここはニマの家、恐らくはこの二つの焼死体はニマの両親。

「ピュイッ、ピュイッ・・・」


気が付くと今までニマのバッグの中で眠っていたはずのナルがニマの隣で心配そうに寄り添っている。


ニマはそれにすら気が付いていない様子で涙を流し続ける。

恐らくニマのメンタルは今過剰なストレスがかかっているだろう。


集落から追い出され、魔獣に襲われ、終いには両親と思われる焼死体が今目の前にあるのだ。


気持ちの整理にはかなりの日数がかかるだろう。


そんなことを考えるジグは本当に僅かで微かな希望を考えた。

「なあ・・・ニマ、気持ちは分かるけどさ・・・まだあの人達がニマの両親って決まったわけじゃなくないか・・・??キツいと思うが・・・今すぐじゃなくてもいいから少し休憩してからよく観察して確かめるのも・・・」


そうジグが言うとニマは勢い良く顔を上げる。


「そっ、そっそそうですよね・・・!まだお父さんとお母さんって決まったわけじゃないし・・・!!」

慌てて焼死体に駆け寄るニマ、そのニマを追いかけるナル。目の前の現実を否定するためにニマは必死で手掛かりを探ろうとする。


『バキャッ』


重苦しい音、大きな打撃の音。


少し遅れて少し離れた所で何かが壁にぶつかる音がした。そして足音が聞こえる。

スタスタ、ドシドシ、2種類の足音がニマには聞こえてくる。

振り返るとそこには、先程いたジグではなく、細身の中年の男性とその隣に昨夜ニマを襲おうとしていた魔獣によく似た魔獣が立っていた。

「え・・・あれ・・・ジグさん・・・??」

「やあ、初めまして。緑がかった髪、茶色の瞳の少女。君が

ニマ様で間違いないかな?」


そう言うと中年の男性は優しい表情でニッコリとニマに微笑みかける。

「グリュリュリュ・・・!!!」


なにかを感じ取ったナル。中年の男性と魔獣に対して威嚇を始める。

「おやおや、随分可愛い魔獣さんですか?もしかして、もうこの子とニマ様は契約されてしまったのでしょうか・・・?」


不気味な雰囲気に気圧されるニマ。困惑と混乱の中でなんとか精一杯口を開く。


「だ、誰なの・・・あなた・・・」


中年の男は少し驚いた表情をしたあと嬉しそうに自己紹介を始める。

「これはこれは、私としたことが自己紹介もせず申し訳ありません・・・私は『還り樹ノ会』幹部のマロイと申します。そして横のこの子は私と契約しているノンキ君と言います♪」


「還り樹ノ会・・・??」


「おや、ご存知ありませんか?では折角なので・・・私に付いてくる途中に暇つぶしとしてご説明しましょうか!」

ご機嫌そうに話すマロイと名乗る男。彼に対してニマの中に疑問が幾つか生じた。


「付いてくる・・・?私が・・・?そしてジグさんはどこ・・・??」


「あっ、私としたことが・・・集落隅々探し回っても貴方様がいなくてですね・・・ようやく今見つけてついテンションが上がってしまい説明が遅れてしまいました♪貴方には今から私と共に還り樹ノ会本部へ来てもらいます、そしてそこで私達と共に活動するのです!

あっ、『ジグさん』??ああ、それと思わしき方なら先程ノンキ君がぶっ飛ばしましたよ、運が良ければ生きてると思いますが、まあ重傷でしょうね。」


「なに訳の分かんねぇことほざいてんだボケ!!」

ドガッ!!

「グゥアッ!!?」



突然の衝撃に虎程の大きさのノンキ君はその場に勢い良く倒れ込む。


「ジグさん!!」


ジグの飛び蹴りによって倒されたノンキ君は皺を寄せた表情でゆっくりと立ち上がろうとする。

「あら、あなたよく生きていましたね。いやはや、まだそんな粗末な飛び蹴りができる程の力が残っているとは。しかし見たところその怪我では立てなくなるのも時間の問題でしょう」


「あぁ・・・おかげで肋骨何本かイってるだろうなぁ・・・ゲホッゲホッ!」


今にも倒れそうな程フラフラなジグは息が荒く、口から血を吐き虚ろな目でマロイを睨んでいる。


「俺は優しいからな、この状況を説明してもらってからお前をブチのめす。なあ、ニマ、こいつは誰だ?お前の知り合いか?」


とりあえずジグが生きていることに少なからず安心したニマは混乱する頭で状況を説明しようとする。


「あの・・・!私もよく分からないけど・・・!この人私をどこかに連れて行こうとしてるみたいです・・・!多分私が狙いだと思う・・・!」


「あぁ?お前・・・一体何が目的だ??」


「部外者に事情を教えることはできませんが少しだけニマ様に免じて特別に教えて差し上げましょう・・・私達『還り樹の会』の今回の目的はこの集落に住む人々の回収!そして特殊魔獣適正の可能性があるニマ様の保護!これらにより私達の真の目的はより大きく進歩できるのです!!」


「は・・・?回収?保護?じゃあこの集落に人がいないのってお前が拉致ったってことか・・・?」


「いえいえ、さすがに私1人では手こずりますからね、仲間たちと共に回収したのですよ、少々手荒になってしまいましたがね♪そして今は先に仲間達が回収した人々を本部へ送り、私が最終確認として残っているものが居ないか確認しに来たのですが・・・」


マロイはニマの方を振り向きニタリと微笑む。


「いやあ、やっぱり確認に来てよかった。ニマ様はやっぱりいらしたのですね。そこのお二人にいくら聞いても『いない、知らない』の一点張りで・・・死ぬギリギリまで痛め付けても口を割らないので特別に死んで頂いたのですよ♪」


「そこのお二人・・・??」


ニマは自分の後方に倒れる二つの焼死体に目を向ける。


「家のどこかに隠れてないか家ごと焼いて出てこないか試したのですが、出てこなかったので諦めていたのですが・・・いやあ、結果オーライですね♪」



つまり・・・つまり・・・



「ニマの父さん母さんはニマが狙われるのを知って逃がしてたって訳か・・・!!」


私を庇う為に、私が戻ってこないように酷い仕打ちをして追い出したように見せかけたんだ・・・。そうニマは理解した。

「私・・・っ!なんで・・・っ!!」


ニマはその意図も分からぬまま戻ってきてしまった自分を責める。


「まあまあ、ご両親が亡くなったのはショックでしょうが、これから貴方は私達と共に幸せで豊かな人生を送るのです、顔をあげてください♪」


『バキィッ』


刹那、マロイに目掛けたジグの拳が飛んだ。


しかし、ジグの拳はノンキ君によって、ビクともせず受け止められていた。


「とりあえず、お前をこのまま放っとくのはナシだ。ここでぶっ飛ばす。」


殺気の籠った血走った目でマロイを睨むジグ。


「あらあら、そんな身体で私に勝つつもりですか?大人しく寝ていれば安らかに逝けたのに・・・」


「不意打ちキマったぐらいで得意になってる様な奴には丁度いいハンデだよ、エセ紳士」

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