嘘の証明


 向こうが明言したことを潰してやろうと、私はメモを充実させた。


 ・緊急搬送の受け入れが出来る総合病院であること。

 ・ICUがあること。

 ・心療内科、外科、産科があること。


 これらをもとに、ダメもとで富山県内にある総合病院にかたっぱしから電話をかけた。総合病院の数は26。堕胎手術を総合病院内で行うと言っていたので、産婦人科もしくは産科婦人科などの産科、入院しているという外科、以前から診療を受けている心療内科のいずれもが受診可能な総合病院ということになる。産科や心療内科の無い病院と、中絶手術はしませんという病院を除くと、残りは16。このうち産科と心療内科の両方がある総合病院は3つしかないが、念のため16の総合病院に問い合わせをしてみることにした。

 救急車で搬送されたのが20日なのに、ICUに入っていたのが21日・22日という話もおかしいが、とりあえずその前後で川辺靖子という女性がICUに入っていたかどうかを聞いてみた。案の定、開口一番は「個人情報なのでお教えできません」という回答だった。妊娠詐欺にあっている可能性があって調べているので、ご協力をお願いしますと食い下がってみたところ、「お尋ねの期間で救急搬送はありません」「ICUに運ばれた女性の患者さんはいません」と教えてくださった。ありがたい。

 16のうち8つの総合病院で川辺という女性はICUに入っていなかったことが判明した。残りの8つは時間外だったり、お答えできませんと断られたので不明のままではあるものの、産科と心療内科の両方がある3つの総合病院は確認が取れており、いずれも緊急搬送やICUを利用した女性の該当なしだったので大きな収穫にはなった。後々、靖子と対峙した際に、確認が取れている病院名を口にしようものなら、その時点で向こうは敗北を認めざるを得ないだろう。


 次の電話をいまかいまかと待ちながら、数日が過ぎた。私の反撃メモは、クリアファイルからの出番も無く受話器の横に放置されたままだった。早く電話をかけてこい。通話口の向こうから赤い舌を引っ張り出して、ズタズタに千切ってくれようぞ!



【7月22日:午前5時台/祐輔】


 祐輔の携帯に、8週6日目で本日堕胎手術をするとの連絡あり。


 この段階で8週6日目なら、単純に計算すると入院で搬送された検査の時点で、すでに4週2日目に入っている計算になる。簡易検査とはいえ、妊娠の陽性反応が出ないのはおかしい。ましてや7月16日には「だいたい3週目」と言っていたのだから、5日間で5週間分も成長したことになる。

 子どもを身ごもったことのある女性ならたやすく想像できると思うが、妊娠週数はあくまでも目安であり、胎児の大きさから妊娠週数が算出される。成長具合も個人差があるので、胎児の大きさによっては実際に着床して妊娠が確定した日と、その後の経過週数が合致しない人も多い。というか、普通、多少のズレは当たり前。ここをきちんと理解していないがために、「計算が合わない」「浮気したのでは」などと痴情のもつれによる惨事に至る、ということもありがちな話だ。

 これらを踏まえて「7月22日に、8週6日目で堕胎手術をする」の文章を読み解いてみる。

 妊娠週数の計算方法で計算してみると、オギノ式で単純に6月5日を受精日とすると、7月22日はぴったりと8週6日目にあたる。信ぴょう性を持たせようとして、返って墓穴を掘っている浅はかな女だということが、よく分かる。そういえば、大学生だか社会人だかの大きな子どもがいると言っていたが、妊娠の仕組みをよく分かっていないので、おそらく子どもがいるというのも嘘に違いない。


 私には子どもが二人いるが、今回の一件でいろいろなことを学んだ。文献や出典によって卵子や精子の寿命は幅を持って書かれているので明確な時間の明示は避けるが、受精しても着床できなかったり、着床しても何らかの理由によって流れてしまったりと、ヒトとしてこの世に生まれてくるのは本当に奇跡の連鎖でしか起こり得ないということ。

 また、妊娠12週目くらいまでは初期流産がものすごく多い時期らしい。レイプにより妊娠しにくい体質になった(?)女性が、たった1回のセックスで、しかもゴム付きでいたしていて射精もしていないのに妊娠するというのは、確率としてどのぐらいになるのだろう。病院内での自殺を何度も繰り返したりと精神的に病んでいるのならば、知らず知らずに流産という可能性も大なのに、それでも着床して妊娠したのが事実だとしたら本当にすごいことだと思う。

 ほかにも、月経周期が28日の人は生理初日から14日目が排卵日、月経周期が35日の人は21日目が排卵日にあたるのだが、排卵から14日後に生理が来るのは月経周期とは関係無く一律であることなどを知り、ヒトの身体というものは緻密ちみつ巧妙こうみょうにできあがっているものだなと、つくづく感心させられた。

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