「生理の周期を計算して27日に再検査を受けたということですが、排卵周期が分かっているんだったら、主人とセックスしたときに大丈夫かどうか分からなかったんですかね？」

　家庭を持った主婦でなければ聞けないような、なかなかにエグイ質問だ。子どもたちも目の前にはいないので、今日はグイグイ攻めてみよう。

「妹は過去に職場でレイプに合ったことがあって、それが原因で妊娠しにくい体質になっていたので油断したんだと思います」

「……そうなんですか」

　レイプなんか経験していたら、同意の上でもセックスなんかできなくなるんじゃないの？　私は経験したことが無いから分からないけれど、この人の妹って、いったいどんな人なのかしら。

「妹さんの体調のほうはいかがですか？　生涯、走ることもできないとおっしゃっていましたが」

「いまはだいぶん落ち着いて、搬送されたときはICUに入っていたんですけど、いまは外科の一般病棟で個室に入っていて、ここ数日でやっと話せるようになりました」

「ICUに入られていたんですか？　いつですか？」

「21日と22日です」

「ところで、お姉さまは、うちの主人と妹さんの関係について詳しく知っていらっしゃるようですけれど、よく妹さんとお話とかされるんですか？」

「いえ、それほどでは。……妹が日記にいろいろと書いていたので、行方不明になる２週間ぐらい前からの分を読んだんです」

『タカダカ　ニシュウカンブンノ　ニッキニ　ズイブンイロンナコト　カイテタノネ』

「とにかく、ご主人は女性関係が駄目だと思います。奥さんが知らないだけで、複数の方といろいろあると思いますよ」

　だんだん腹が立ってきた。妹とやらが妊娠したのと、うちの祐輔が誰と遊ぼうと、そんなのあなたには関係のないことでしょうに。家庭があるのだから、女遊びなどすべきではないと思うけれど、新婚家庭じゃあるまいし、バレないようにやっているなら片目をつぶるのは致しかたない。そもそも他人様に口出しされるようなことではないし、同意の上とはいえ、妻子持ちだと知っていてセックスしたのはあなたの妹だ。自分の妹の下の話は蚊帳の外で、祐輔の女性関係に云々と口出しされるのは筋が違うように思う。

「先日もお話ししましたが、主人の女性関係がどうのというのと、妹さんが妊娠した件とは別の話なので、別に考えていただけますか？」

「そうですね。もう、この話はしません」

　あぁ、もう！　一刻も早く、この不快な電話を切りたい！　おかしなところがあり過ぎる。まずは祐輔に事実確認だ。いくつか確認できたこともあるし、この間の話との整合性を比較してみよう。

「お電話いただいた内容は承知しています。ただ、前回もお話しした通り、診断書を見せていただいて事実確認できないことには、お話のしようがないので、診断書の提出をお願いします。失礼します」

　電話を切って、メモをまとめた。見れば見るほど限りなく黒に近いグレー。というより、もう妊娠詐欺確定と言っても良いのではないだろうか。

　若干の推測も含めてまとめてみると、前回と今回の電話内容から薮川と称する姉は、実は妹本人である可能性が高い。しかも実際には妊娠していないので、正しい妊娠週数の数え方が分かっていない。また、複数回の電話で数々の矛盾点が明らかになってきた。

　今回、「21日と22日にICUに入っていた」と話しているが、河川敷から救急車でICUに運ばれたのは「６月20日」。正しくは「20日から22日まで」と答えなければいけないのに、なぜ敢えて「21日と22日」と言ったのか。まぁ、ここはさほど大事ではないので目をつむるとしよう。大事なのは「20日の搬送時の検査」では妊娠が確認できず、「27日の再検査」で妊娠が分かっていることだ。「生理の周期を計算して」再検査を行ったということは、排卵周期は不定期では無かったと想像される。

　いろいろな文献や情報を閲覧・精査して得た結果によると、人によって多少の差はあるものの、生理の周期は25日から38日程度。仮に月経周期が28日周期だった場合、生理が始まった日からおよそ２週間後に排卵が起こる。生理が始まってから25日周期の人は13日目に、38日周期の人は19日目に排卵日が訪れることになる。薮川の言う通り「20日の検査」では妊娠が確認できず「27日の再検査」、つまり排卵予定日から約１週間後に検査を「生理の周期を計算して」行ったとすると、月経周期が27日から28日であることが計算できる。

　妊娠検査薬は最後の性行為から３週間以降、もしくは生理予定日から１週間後を目安に使用することで正しい検査が行われるため、「27日の再検査」のみが真実味を帯びている。

　とはいえ、排卵が始まらないことには受精はしない。つまり、妊娠はしないということだ。受精後、月経周期の個人差に関わらず受精日を基準に妊娠週数は数えられる。排卵が始まる２週間前、言い換えると最後に生理が始まった日が０週０日になるので、仮に薮川の妹が祐輔と会ったのを６月５日と仮定すると、７月16日での妊娠週数は７週目の後半から８週目の頭、６月12日に会ったとすると、６週目の後半から７週目の頭になる。

　今日の電話で「だいたい３週目です」と言ったのは、「妊娠していません」もしくは最短で見積もっても７月１日から８日の間に「祐輔以外の誰かと性行為を行って妊娠した」と言っているようなものなのだ。

　限りなくどころか、真っ黒でしかなかった。

　念には念を入れてと思い、病院にも確認をしてみようと思ったが、薮川と妹がどこに住んでいるのかが分からない。あとは、子どもたちが寝てから祐輔に電話をしてみよう。昨日も着信履歴を残したのに、折り返しの電話はかかってこなかった。今日は、絶対にしつこく電話して捕まえてやる！