ファースト・コンタクト②/7月14日:PM8:30過ぎ
「……どういうことですか?」
「ですから、妹が妊娠したと申し上げているのです」
真っ白な私の頭の中で、
『ジョウキョウヲ ハアクセヨ。ヤバソウナ ハナシミタイダ。コドモタチニ キカセルナ』
「やっぱり、お聞きになっていらっしゃらないのですね」
勝ち誇ったような声で、見知らぬ女性が受話器の向こうで言葉を続ける。セミロングのブラウンヘアーをきちんとカールさせて、メイクアップもばっちりで身体にフィットしたシフォンのワンピースでも身にまとっていそうな雰囲気のおば様が、赤いネイルの指先で受話器をかかげ、ツンと顎をしゃくって話しているようなイメージさえ湧いてくる。テーブルをぐるりと回って電話機本体のディスプレイを見ると、『非通知』と表示されていた。
「私、
スゥ……と束の間の息継ぎの時を経て、声が続く。
「奥様にお話しします、とおっしゃっていたのに、やっぱりお話ししていなかったのですね」
聞き取れる程度の早口で、声を荒げるでもなく、こちらの出方を探るように言葉が続く。「奥様にお話しします」の「す」だけ、妙に強めのアクセントだな、などと思いつつ、いま一度、電話機の『非通知』表示を眺めてみる。
いずれにせよ子どもたちがいる場所でする話題ではない。とりあえず、いまは電話を切りたい。
「すみません。いま子どもたちもいて、詳しくお話しできない状況なのですが……」
「そうですよね。お子さん、お二人いらっしゃるのですよねぇ?」
語尾が少し上がる。想像に反して冷静に対応しているのが気に食わないのか、弄ぶように沈黙が続く。
「薮川さんは? お子さんはいらっしゃるんですか?」
「えぇ、まぁ。もう大きくて手が離れているので」
シンとした沈黙が続く。子どもたちがモグモグしながら聞き耳を立てている。この
『おかわりして食べて』
振り向きながら口をパクパクさせて、炊飯ジャーを指さしながら子どもたちにご飯のおかわりを促す。
不倫をして、子どもができたから中絶費用を出せというのか、あるいは別れてくださいという話なのかもしれない。何となく女の感が働く。ゴシップ好きな主婦が興味津津でかぶりつきそうな、陳腐な出来事が我が家にもやってきたということか。
でも、ちょっと待って。不倫だとしたら、子どもがいるのを知ってて手を出すって、否があるのはそっちじゃないの? いやいや、もしかしたら夫が無理に迫ったとか? いずれにしても、私自身が直接の当事者では無いにせよ、『家族』という括りの中では連帯責任も否めないことなのかもしれない。どちらが良い悪いではなく、まずは真実を知ることから始めなければ。
コンマ数秒で、自分でも驚くほど冷静に頭が回転する。
「あの、失礼ですけれども、どういうことか説明していただけますか?」
2人目が生まれてから夫はずっと単身赴任。家族の元へ休みで戻って来たところで、セックスレスな状況が何年も続いている。冷たいかもしれないが、愛情はあるが愛はない、というのが正直なところだ。こちらに徹底して存在を隠し通せる自信があるなら、遊び相手の1人や2人、赴任先にいたところで別にどうということはない。
とはいえ、電話を受けてしまった以上、何が真実でどうすべきなのか、はっきりとさせる必要がある。
『メモヲ トレ』
私の中のビジネスモードに、スイッチが入った。
「薮川と申します。妹は、もうご主人と一切関わりを持ちたくないというので、姉の私が連絡しました。6月16日から妹が行方不明になっていて、いなくなる前にご主人と会っていたようなので、妹の行方をご存じないかとお聞きしたのです」
「……それは何日のことですか?」
「ご主人に妹の所在を尋ねたのが19日です。翌日の20日に見つかって、病院に運ばれたのです」
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