エピソードⅠ-Ⅳ 蠢くモノたち

 ≪お前が――か≫

 「そうです・・・・・・あなたが・・・・・・クロウ?」

 ≪話はアイツから聞いてる。女を取り戻してほしい、てな≫

 「そうです。警察の方にもお願いしたけど・・・・・・やっぱり居てもたってもいられなくて・・・・・・」

 ≪軍警察の連中はようやく動き始めた。アイツの情報が正しいのなら、今夜、奴らは女の捕らえられているビルに突入する。その前に仕掛ける≫

 「今夜、ですか?」

 ≪ああ。もう時間がない。それで・・・・・・金は?≫

 「ありません。――その代わり、僕の命を担保にして・・・・・・彼女を助けて下さい。お願いします・・・・・・」

 ≪アイツの入れ知恵か・・・・・・いいだろう。その代わり、お前にも協力してもらう。

――聞いてたな。依頼成立だ。今夜、ニュートンビルに仕掛ける。ああ、そうだ。例の刑事にも情報を流せ。

包囲網を作られる前に侵入して女を奪う。そうしたら裏口から出てオウルに回収してもらう。

そうだ、この小僧にも協力してもらう。ああ、また連絡する。

――行くぞ。今夜は楽しめそうな夜だ・・・・・・≫



 シティ全体で誘拐事件が起きている事が噂になる中、遂に軍警察の恐れていた事が起こった。

 彼らと癒着している政治家の一人娘が誘拐され、犯人から身代金を要求されたのだ。

 市民らの事件をもみ消していた事を知った議員は怒り、大至急事件の全容を明らかにする事を署長に命令した。

 大慌てで事件対策本部を設立し、署長の息の掛かった捜査員を導入しての捜査が始まるなり、元々調査を行っていた

ブライトたちから無断で調査報告書やデータを流用し、捜査を進めた。

 そして捜査を進める中、ここ最近急成長を続けている建設会社の社長、アリマラが誘拐犯たちに似た男たちと談笑している映像を入手した捜査本部は、アリマラの逮捕に踏み切った。

 今夜、ニュートンビルに立ち入りアリマラを逮捕するという。それを楽しみにタバコを吹かす捜査員たちを横目に、ブライトはパトロールに言ってくるとイーサに告げ、一人パトカーに乗り込んだ。

 気を紛らわせる為にハイウェイでも行こうかと車を発進させ、歓楽街方面へと向かっていた時、ある人物から電話が掛かった。

 それはかつて軍警察特殊部隊の隊長を務め、理不尽な命令で失職したというゲイルの声だった。

 「急いで迎えに来てくれ」という彼に対し、どこに向かえばいいか聞く。するとパトカーにGPSの信号が入る。

 それを目印にブライトは車を走らせ、住宅街の道半ばで足を負傷した彼を発見し、助手席に乗せた。

 応急処置を済ませて発進したパトカーの中、ブライトは何があったのか聞いた。

 「一体どうしてそんな傷を?」

 痛みに顔を歪ませながら、ゲイルは事の経緯を話し始めた。

 「今晩の夕食を俺の女房、アマンダというんだが。彼女と一緒に買い出しに出かけてたんだ。お前も知ってると思うが、俺の住んでいるアパートは人通りが少ない。もうじき家に着く途中、前から二人の男が歩いてきたんだ。マスクを被って誰だか分からなかったから、別の道から行こうと女房と話してた。そうしたら後ろから俺が羽交い絞めにされて前の二人が女房を担いで逃げやがったんだ。拘束した奴をぶちのめして追いかけてたんだが、後ろから撃たれた。最後に見たのは、奴らがアマンダを車に乗せて逃げたとこだ」

 白昼堂々の誘拐に手も足も出せなかったゲイルは悔しさで自分の足を叩く。応急処置で使った鎮痛剤が効いているとはいえ、それでも撃たれた場所が痛むようだ。

 「それで、三人組の男の特徴は?服でも車でも何でもいい」

 「特徴・・・・・・車は分からないが、アイツらの来ていた服をどこかで見た事がある・・・・・・そうだ。うちの近くをリフォームしていた建設会社の作業服そっくりだった。会社名は――ニュートンだった気がする」

 まさかここでその名前を聞くとは思わなかった。今夜、そこの社長を逮捕する為に警官隊が突入する手筈になっている。

 それに大手マスコミ各社に今回の事件をリークしているとも聞いている。そうなれば隠蔽の為に誘拐された人たちが亡き者にされる恐れもある。

 車の時刻を見る。警官隊が突入するまで、まだ一時間程の猶予はある。

 「今すぐビルに向かおう。まだ間に合う」

 そう言って車を発進させる。目的の場所まではそう遠くない距離だ。

 「待て。何故ビルだと分かる?」

 訝しむゲイルに、彼はシティ全体で起こっていた事件を語りだした。

 「近頃、若い娘や主婦が一月で十人以上いなくなっている事件が起こっているのを、軍警察はパニックを恐れて公表していなかった。

自由に動ける俺たちは事件の調査を行っていたんだが、確かな証拠は見つけきれなかった。だがある日、ビルに行方不明者と似た女性が次々と入っていくのを見たという情報を貰って、ビル周辺の監視カメラを確認したんだ。映像が乱れてて特定に時間が掛かったが、確かに誘拐された女性たちだった。それも三人組の男と一緒にだ。それでビル内部の調査に移ろうとした所、議員の娘さんが誘拐されたからっていう理由で署長が対策本部を作って、俺たちの調査のデータ全てを彼らに奪われた訳だ。おまけに仕事するなとも言われてね」

 「ふん。やはり軍警察の仕業だったか。噂では聞いてたが、一向に動いていなかったとはな」

 「それが今の軍警察だ。手柄になるような事以外は一切見向きもしないが、解決できる事件なら全力を以て対応する。しかも今回は議員の娘の命が掛かっている。署長の名を売るチャンスとしか思ってないんだろうな」

 「そうとしか思えんだろう。それでもお前はまだ軍警察を続ける気か?」

 「続けるさ。この組織を変えたいから、この街に来たんだ」

 「そうかい。精々背後には気を付けな。とくあのデブにはな・・・・・・」

 「分かってるさ」

 歓楽街の道路を進み、広がった場所に出ると、目の前に三階建てのビルが見えた。

 入口にはスーツ姿の男が二人立っている。恐らくはボディガードだろう。

 ブライトとゲイルはビルの駐車場に車を止め、彼らの出方を伺う。自分たちの車を見て一瞬だけ動揺したように見えたのは偶然では無い筈だ。

 「あれは?」

 暫く待っていると、マスクを被った三人組の男と女性が一人、連れられるようにビルの中へと入ろうとしていた。

 「アマンダ!」

 車の中でゲイルが叫び、彼は銃を片手に車から飛び出した。彼の声を聴いたアマンダは驚いた顔でそちらへと振り向いた。

 一方、男たちは慌ててマスクを脱ぎ去り、アマンダを押し倒して我先にとビル内へと逃げていく。

 「待て!そこの三人を止めろ!そいつらは誘拐犯だ!」

 ブライトは警察手帳を入口の男たちに見えるように掲げる。だが、男たちは困惑するだけで動こうとしない。遂には三人組を中に入れて

しまった。

 「アマンダ!よかった・・・・・・無事なんだな」

 押し倒された彼女を抱き起し、ゲイルは涙を流した。

 「大丈夫よゲイル・・・・・・。何もされていないわ。でも怖かった・・・・・・。社長の嫁が増えるって、あの男たちが言っていたのを聞いて

とても心細かったの・・・・・・」

 「社長の、嫁だと・・・・・・」

 二人の会話を聞いて、ブライトの疑惑は確証に変わる。アリマラが部下に命じて少女たちを誘拐していた事だ。そして、誘拐された女性はこのビル内に監禁されているという事だ。

 それに、遠くから聞こえてくるサイレン。軍警察の本隊がここに近づいてきている合図だ。

 ここは危険だ。そう判断したブライトはゲイル達に向き合い、避難を呼びかけた。

 「もうじきここに武装した軍警察の本隊がくる。そうなれば銃撃戦になるだろう。流れ弾が来る危険も考えられる。二人とも、早くここから逃げるんだ」

 「お前はどうするんだ?」

 「俺はあの三人組を追う。そして誘拐した女性たちの居場所を吐かせる」

 「それも全て奴らの手柄になるぞ。お前が望んだ事ならいいんだがな」

 アマンダを立たせ、ゲイルは人通りの多い場所を見つけた。

 「じゃあな。世話になった。今度ご馳走してやるから、必ず生きて帰れ」

 「ありがとう刑事さん・・・・・・それじゃ、お気をつけて」

 二人は支えあいながらビルから離れていく。それを見届け、ブライトはビルの方へと歩いて行った。

 彼が近づいてくるのを見たボディガードは銃を手にとる。先ほどの三人組とは対応が大違いだ。

 「銃を下ろせ。誘拐犯をこのビルに匿っているのは知っている。大人しく差し出せば危害は加えない」

 二人は互いに顔を見合わせ、苦笑する。

 「役に立たない軍警察が何の用だ。あの三人は負傷した人間をビルで手当てしようとしただけだ」

 「ならどうして逃げる。奴らから回収したマスクと皮膚片があれば、容易に鑑定出来るぞ。それでもまだ匿う気か?」

 しつこい、と。男たちは銃を構える。既に安全装置を外しているようだ。

 「今から五秒数える。五秒以内に立ち去るんだ警察さん。ハチの巣になりたくないだろう?」

 アサルトライフルの引き金に指を添わせ、二人ともにやにやと笑いながら銃口をブライトの眉間に向けた。

 その時。男たちにも聞こえるようにサイレンが鳴り響く。住民たちは何が起きているのか知りたくて外に出てきた。

 「軍警察だ!」

 赤いパトライトが列をなして広場に集まっていく。中から姿を現したのは武装した警官たちだ。

 全員がそれぞれの得物を構え、ビル周辺を囲んでいく。ボディガードたちはその様子に困惑し、思わずライフルを下げた。

 その瞬間。ブライトは二人の間を抜けてビルの中へと入った。侵入に気づいた二人は銃を構え直し、引き金に指を掛けた。

 しかし、引き金が固くてこれ以上引けない事に気づいた。そして安全装置に指を這わせると、装置が作動した状態になっていた。

 まさにあの時、ブライトが二人の間を抜ける一瞬で安全装置を作動させたのだ。

 「待て!」

 男たちの声も虚しく、すぐそこまで迫っていた警官たちに身柄を拘束された。

 「くそ!離せクズ警察ども!」

 「大人しくしろ!業務執行妨害及び婦女暴行、監禁の容疑でお前たちを逮捕する!」

 「全員突入だ!中にいる作業者も含めて逮捕しろ!社長は絶対に逃がすな!署長からの厳命だ!!」

 警官たちが次々とビルの内部に入っていく中、口ひげを蓄えて葉巻を咥えた男の所に、一人の警官が近寄ってきた。

 「警部補。ブライト巡査と思われる男が内部に・・・・・・」

 警部補と呼ばれた男は葉巻を咥えたまま、口の中で精製した煙を頭上高くに吐き出し、こう言った。

 「泳がせろ。邪魔するようなら始末しろ。署長の命令だ」

 警官はその言葉に驚きつつも、何とか顔色を変えずに「了解」とだけ呟き、前線へと戻っていった。

 ふと、警部補が三階の窓を見上げる。ガラスの手をつかせ、後背位の状態で金髪の少女相手に太った男が懸命に腰を振り続けているのを見てしまった。

 葉巻を口から外し、部下に命じた。

 「社長は三階だ。必ず捕獲しろ」

 再び葉巻を口に戻し、にたりと笑ったのだった。

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