エピソードⅠ-Ⅱ:奪われた花嫁
セントラルシティ駅は、この街全体を繋ぐ大事な路線だ。
住宅街、歓楽街、工業地帯など。クルマを持っている人間は高架道路――ハイウェイを使えば瞬く間に目的地に辿り着ける。
しかし現在の車は価値が高い。おまけにガソリンも高く生命保険もやけに割高だ。
なので持たない選択肢を持つ者も増えている。だから彼らにとってこの鉄道は生命線のようなものだ。
日本から送られてきた鉄道社員たちが日夜車両の点検、レールの確認を行い、安全を確保している。
そんな彼らが恐れるのは、鉄道の遅延だろう。それを起こさない為に毎夜点検をしているのだが・・・・・・。
「――で、なんで自殺しようとしたんだ?」
駅構内の駅長室。駅長から詰められている少年は生気を無くした顔で俯く。
この少年は今朝に自殺しようとした。それも一番人が混む時間帯にだ。
そうなれば遅延どころの騒ぎではない。半日は駅が使えなくなり、収益が下がる。
また乗客にも不満が残るし、不気味がられるだろう。一人の死によって多くの人間が不利益を被るのだ。
「あのねぇ、黙ってないで何か言わないか」
イライラが目に見えて分かる駅長に、少年は何も答えずに俯いたままだった。
「まぁまぁ。駅長。彼の身柄は我々、軍警察が引き受けます。とにかく事故が無くてよかったと思わないと」
少年を庇うように駅長を宥めるのは、軍警察の制服を着たブライトだった。
彼が駅構内でイーサと電話をしていた時、たまたま目に入った彼が線路内に落ちそうだった所を助け、今に至る。
「ですが刑事さん。これは営業妨害ですよ」
「その事も含めてきっちり説教もします。しっかり反省もさせますから」
ウーン、と数秒唸った後、ため息をついた駅長は少年の顔を上げた上でこう言った。
「坊主。二度と死のうなんて思うな」
その言葉にも反応しない少年を連れて、ブライトは駅から近くのカフェに移動した。
道中、何度も大きなため息をつく彼を心配しながら、お気に入りのカフェのドアを開ける。
出来る限り一目の付きにくい席を指定し、何かを察した店長は奥の席へと二人を案内した。
ブライトはいつものコーヒーと少年の為にサンドイッチを頼む。注文を聞き入れた店長は厨房へと消えていった。
コーヒーが出来上がるまで時間はある。その間、少年に何があったかを聞くことにした。
「さて、駅長の手前あんな事を言ったが・・・・・・話辛い内容だろ?」
「・・・・・・」
「無理に話そうとしなくてもいい。ただ、これだけは聞いてくれ」
「ありきたりな言葉だが、命は大事にしてほしい。君の両親も、友達も、関わった人たちが悲しむ事になる」
「それに俺も悲しい。救えたはずの命が救えなかったというのは、思いのほか心に来るからね」
「・・・・・・はい・・・・・・」
「分かってくれたならいいんだ。命は大事に、ね?」
そうこうしている間に注文していたコーヒーとサンドイッチがテーブルに届く。
サンドイッチを少年の前に置き、ブライトは温かいコーヒーを口に含む。
その時、少年の顔が僅かに上がった。
「・・・・・・あの・・・・・・刑事さん」
「ん?遠慮なく食べてくれ。俺の奢りだから」
「いえ・・・・・・その・・・・・・ありがとうございます・・・・・・」
そう言って少年はサンドイッチを一つ手に取り、口に運ぶ。
ぽろぽろと零れる涙がテーブルを濡らす。それを見て、ブライトは思う。
(相当深い訳があるようだ・・・・・・)
やがて二つあったサンドイッチを全て完食した少年は、自身の名を『トキオ・ハルマ』である事を明し、なぜあのような事をしたのかを語りだした。
「成程な。彼女さんが・・・・・・」
「はい・・・・・・あまりにも突然だったので・・・・・・それに・・・・・・」
トキオの携帯に流れる、複数人の男と交じり合う少女の性行為の動画。別れの挨拶にしては些か凶悪過ぎる内容だった。
「どうしても・・・・・・信じられないんです・・・・・・彼女はこんな事をするような人じゃないのに」
「行為を行っている最中に首筋に注射器か・・・・・・」
ブライトが巡査として就任してから半年が経過していた。その間、彼は様々な薬物の情報を耳に入れていた。
その中でも多かったのは動脈に直接流し込むタイプの麻薬だ。媚薬とも言われるそれが流行りだしたのはつい最近だが。
「推測だけど、彼女は薬を打たれて意識が混濁した状態だったんじゃないか?それで別れを告げさせたのかも」
「だとしても、ここまではっきり言ってるんですよ?それもそれで悲しいけど・・・・・・」
確かにそうだ。意識が混濁しているとはいえ、彼女の動きは速い。なら最初から別れを決めていたのか。
ではなぜ、動画の中の彼女は泣いている。目を充血させながら快楽に浸っているようにはとても見えない。
(最近流行りだした麻薬の効果は、意識を明確に保ちながら全身の感覚を倍にする効能だ)
(この薬を打ち込んで性行為を行った者は二日三晩、寝ずに性行為を行っていたと記録があった)
その後、使用者は激しい痛みと飢えの症状を現した、とも記憶している。
また使用した人間から話を聞いた所、「まるで生まれ変わったような気分だった」と話していた事から、軍警察内部ではこの麻薬を『NB』、ニューボーンと名付ける事にした。
今回もその『NB』が原因かもしれない。だとすれば彼女も――。
「最悪の形、彼女を逮捕する流れになるな」
そう呟くと、トキオは驚いた顔でブライトを見つめた。
「ああ、勘違いしないでくれ。治療の為の逮捕だ。常習犯として捕まえる訳じゃないよ」
「それならいいのですが・・・・・・。あの、もし常習犯で逮捕されたら・・・・・・」
「それなら君も知っている筈だ・・・・・・銃殺刑だ」
そればかりは法律だから変えられない。それはトキオも分かっているが、納得はしていない様子だった。
「それに治療も一筋縄じゃいかない。年間でこれだけの金額が発生するからな。もしそうなった場合、彼女のご両親の負担になるだろう」
そうなれば、今の状況なら必ず彼女を捨てるだろう。只でさえ生きていくのに必死なのだ。
だからと言って見過ごすわけにはいかない。彼女を、そしてトキオをこれ以上悲しませたくはなかった。
「トキオ君。このデータのコピーを取っても構わないか?我々で調査したい事がある」
「わ・・・・・・わかりました」
「ありがとう」
そう礼を言って、彼の携帯からブライトの携帯へとデータをコピーする。
無事に転送が終了したのを見届け、携帯を彼に返した。
「言わなくても分かるとは思うけど、あまり口外しないようにな。君の今の状態を狙って、危ない奴らが迫ってくる危険がある」
トキオは静かに頷く。
「そして、危ない橋は渡らない事だ。もしも彼女の行く先が分かったら自分の手で救おうとか思わず、俺に電話してほしい」
「分かりました・・・・・・気を付けます・・・・・・」
自分の携帯番号が書かれた紙をトキオに渡す。
そして店長を呼び出すと、もう一杯コーヒーを頼んだ。
「あ、君は何を飲む?これなんかどうだ?」
そう言いながらトキオの了解を待たずして注文を済ませる。
「あの・・・・・・ブライトさん時間は?」
「大丈夫だよ。今日は非番・・・・・・にさせられたから。時間は一杯ある」
そう言って笑顔を作ると、少年にもわずかながら笑顔が戻ってきた。
後は気にも留めない雑談を繰り返す二人の前に、コーヒーと、巨大なパフェが置かれたのを見て、驚く二人を他所に店長は含み笑いをしたのだった。
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