第13話 あれの話は無限にできる
冷たい空に高く上がった満月が、湖面にきらきらと反射していた。そのあおい光が、アメリカビーバーの巣穴の中にも滑り込んで来る。傍らに眠るプレーリードッグは、薄く口を開けすうすうと穏やかな寝息を立てていた。その口元を、そっと覗き込む。
赤いくちびると、小さな白い歯。ビーバーは、その深い色の谷間からずっと目を離せないでいた。プレーリードッグの歯に触りたい。口の中に指を入れたい。固くつややかな牙の感触を確かめ、温かく滑らかな歯茎の形を確かめたい。ぢくぢくとした下腹部の疼きは、はっきりと股間の痛みに変わっていた。
ズボンの前がズキズキと突っ張る。生まれて初めての感覚だったが、ビーバーには確信があった。プレーリードッグの開いた口の隙間に、するりと指を滑り込ませる。ぬるりとした感触。普段の臆病な自分からは想像もできない行動だが、嫌われても構わない。自分はいま、この想いを伝えなければならない。
「…ビーバーどの…?」
「すまねえっス。起こしちまったみたいっすね。」
それだけ答えて、ビーバーは中指でプレーリーの口の中をかき回し続ける。何かが自分の中ではじけてしまいそうな、突き上げるような衝動。
「…ビーバーどの…。」
「プレーリーさん…。」
プレーリードッグの腰がもじもじと揺れる。
「えへへ、自分、いつかきっとこうなると思っていたのであります。」
ビーバーは口の中がカラカラで、うまく言葉が出てこない。
「ビーバーどの、自分の毛皮、脱がせてもらえるでありますか。」
のろのろとプレーリーのスカートに手をかけ、スパッツの裾をつかむ。はじめて見る、プレーリーのたいせつなところ。
「脱がせるっすよ…。プレーリーさん…!」
意を決して、股間の黄緑色の毛皮を引きずり下ろすと。
「…へ?」
ぴょこん。そこには、自分と同じ、小さな可愛らしい肉の突起がぷるんとぶら下がっていた。
「…ぷっ! ぷはっ!! ぷははははッ! そ、それで汝ら、その夜はついに相番(あいつが)うこと能(あた)わざりきか!!」
「笑い事じゃねえっスよぉぉ~~~。」
ビーバーのぼやきに重なって、ブラックバックの笑い声が響く。
「いやあまあ、よく考えりゃ当然そういうケースもありうるよなあ…。」
秘密の話をするならばツチノコの巣穴に集まるに限る。ツチノコはひとしきり嫌そうな顔をしたが、結局は折れて菓子を用意し、各々のおちょこにアニマルラムネを注いだ。
「それで、結局どうしたのだ?」
「どうにもなんねえっすよ。プレーリーさんとは気まずくなるし、はああ~~~、どうしたもんッスかねえ…。」
「う~ん、デコとデコじゃあ入れるところがねえもんなあ…。」
おつまみはツチノコが例によってパークの職員からかっぱらってきたツナピコである。
魚の肉を煮干して固めたもの、ということでビーバーもはじめはぎょっとした顔をしていたが、恐る恐る舐めてみるとあ、これ美味いっすねえなどと言いながら二つ三つと口の中に放り込んでいる。
「実際どうなんだ? 日によってちんぽだったり、まんこだったりすることもあるんじゃねえか?」
「厳密には、」
ブラックバックがくさくさした顔をする。
「発情期における雄雌の性器の形成も、通常のフレンズの肉体と同様『けものプラズム』によるものだ。強くイメージすれば、その形を変容させること自体は不可能ではない。しかし…。」
「しかし。」
「そのイメージが難しい。」
「雄か雌か、というのは自己イメージの根幹に関わる部分であるからな。いまと全く違う自分を高い精度で想像し、維持するというのは簡単なことではないし、ただ交尾のためだけにそれを行うというのも摂理に反することである、と我は考察するが。」
「うう~~む…。」
ツチノコも天井を仰ぐ。
「そうっすねえ…。プレーリーさんか自分か、どちらかが今とは全然違う自分になれってことでスからねえ…。」
ビーバーががっくりと肩を落とす。
「何とかオス同士で番う方法を考えるしかあるまい。」
「どうすんだよ。」
「それを考えるのだ。」
「う~ん…。」
ビーバーはしばらく腕を組んで考えていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「ツチノコさん! ブラックバックさん!」
「うむ。」
「うん?」
「協力してほしいっス! お二人のちんぽ、ちょっと見せてもらえねえっすか!?」
「げええっ!!?」
「はあああ~…。ブラックバックさんのちんぽ、かっこいい形してるっスねえ…。」
ビーバーがブラックバックのペニスのほんの目と鼻の先に顔を寄せ、まじまじと眺める。
「今食ったツナピコみたいなニオイするっすね。」
「やめろやめろやめろ。」
ツチノコが青い顔をする。
「うう…何故我はこんなことを…。」
「スラッとまっすぐ伸びて…少し反り返ってるところがまた強そうっス…! なるほど、この反り返りと先っぽの返しの部分が雌のまんこをほじくるのに最適なんスねえ…。」
「お、おめえなかなかえげつない言い回しするな…。」
「ツチノコさんのは爬虫類に特徴的な二股に分かれたヘミペニス、ってやつっスね。先っぽに少しトゲトゲがあるっすけど、これは挿入の際に雌を傷つけたりしないのでしょうか…? ちょっと触るっす。」
「おい!? おい!?」
「あ、何だ、意外と柔らかいっす。これなら挿入されても痛いとかそういう事はなさそうっすね。安心したっす。え、でも、これ射精するときはどっちの先っぽから出るんすか? それとも両方?」
「ヒトのちんぽで遊んでるんじゃねえよおお!!」
「こ、これは不貞にカウントされるのだろうか…!?」
…いっぽうそのころ。騒動のもう一方であるところのオグロプレーリードッグは探検隊の本拠地にやってきていた。
「それで? どうしてわたしに相談してきたのかしら?」
「それはもちろん! ハクトウワシ殿がブラックバック殿と夜な夜な交尾にいそしんでいると評判だからであります!」
ハクトウワシは危うく3人分のお茶とお菓子をのせた盆をひっくり返すところであった。
「あのですねプレーリーさん? もう少し、その、言い方というものがあるのですわ。」
ハクトウワシに代わって、ミーアキャットが盆を受け止める。
「というか、なんでわたくしも参加させられているのかしら…。」
「単純に、いまこの場に発情期の経験がありそうなフレンズがミーアキャット殿しかいなかったからであります。他意はないのであります。」
「ま、まあ、いいけど…。」
ハクトウワシの再起動までにはもう少し時間がかかりそうだ。ミーアキャットは紅茶を一口すすると、穏やかにプレーリーを促した。
「もちろん、元々仲は良かったのであります。…それで、ある頃から、だんだんと、ビーバー殿の事を考えると、胸のこの辺が、こう、ぎゅっと切なくなってくるのが分かるようになってきまして。」
「ええ。分かりますわ。」
ミーアキャットは深く頷いた。相手は違うが、抱く気持ちに変わりはない。
「それであの夜も、ビーバー殿とハグし合った時に、これでビーバー殿の事を受け入れるのだと、そのことばかり考えておりました。まさか、自分が、オスの側になるとは、夢にも思っていなかったのであります。」
「それじゃあ、あなた、自分は、その、…ペニスを入れられる方だと思っていたわけね。」
しばらく煙を吐いてフリーズしていたハクトウワシも、椅子に座り直してその会話に加わる。
「ハクトウワシ殿は、そうではなかったのでありますか。」
「いいえ。私も、ブラックバックと…あのひととそうなった時、自分はあのひとを受け入れる方だと思っていたし、ブラックバックも、わたしにペニスを入れる方だと思っていた。その認識に、お互いのずれはなかったわ。」
ハクトウワシが続ける。
「フレンズの性器の形は自分のイメージで決まるの。だから、そのイメージと反対の性器が作られることは通常ないはずなのよ。貴方だって、隊長さんを押し倒して種付けしたい、とかは考えていないわけでしょう? ミーアキャット?」
「えーっ! ミーアキャット殿!? そうなんでありますかあ!!?」
「な…! あたくしは… そんな…!!」
「言っておくけどミーアキャット、隊長さんは止めておきなさい。隊長さん、とっても素敵な方だけどニンゲンとフレンズじゃ住む世界が違うわよ。」
「ほぉ~さすがハクトウワシ様、正論で上からまくし立てるのが得意なフレンズでございますわねえ~~~?」
「大切なフレンズがみすみす不幸になるのを見逃せないだけよ。悪いことは言わないから、フレンズの素敵な人を見つけなさい。」
「はぁ~~お排泄物わよォ~~~??」
「ちょ! ストーップ! スト~~~ップであります!!」
プレーリーが間に割って入る珍しい構図。
「と、ともかく!」
「ビーバーさんに抱かれたい、と思っているのに男性のペニスがあるのはおかしい、という話ですわね。」
「ええ。そういう事。少なくとも、ほかの交尾をしているフレンズでは聞いたことはない。たとえば…。」
そう言ってハクトウワシはつがいになって交際している何人かのフレンズの名をあげた。名前があがるたびに、プレーリーとミーアキャットはきゃあきゃあと歓声をあげた。フレンズと言えど皆うわさ話には目がないのだ。
ふたりがひとしきり感心したところで、ハクトウワシが切り出す。
「ねえ、そもそも、プレーリーのそれ、おちんちんなのかしら?」
「へ?」
「性器の形ってね、フレンズによって結構違うのよ。ハイエナなんかは女性器も外に飛び出してほとんどペニスみたいに見えるって聞いたことがあるわ。」
「わたしも、鳥のフレンズだから哺乳類のフレンズとは全然作りが違うみたい。ねえ、プレーリー、一度きちんと確かめておいたほうがいいんじゃないかしら?」
「……!!」
プレーリーは元からくりくりと丸い目をさらに真ん丸に見開いた。
「…確かに、確認だけでもして損はありませんわね。」
プレーリーの手を引いて立ち上がるミーアキャット。
「わ…! わ…!」
「ドール! 貴方のベッド、お借りしますわよ!」
不在のドールに声をかけつつ、ミーアキャットはプレーリーを半ば強引に引きずっていった。
「こ…こうでありますか…?」
プレーリーは四つん這いになってお尻を突き出した。
「さ、さすがに恥ずかしいであります…。」
「ごめんなさいね。それじゃあ、脱がすわよ。」
スカートを脱がせ、スパッツを下すと、健康なピンク色の肌があらわになる。
「なるほど、これが肛門。」
ハクトウワシがプレーリーの尻の割れ目をむんずとつかみ、茶色く窄まった排泄孔を確認する。
「ちょっと! そっちの穴は違うでしょ!」
「違わないわよ。」
「え?」
「あたし、全部繋がってるもの。卵の穴も、排泄の穴も、全部。」
「正確には奥の方で二股に分かれているらしいんだけど。正直、自分でもどうなっているのか直接見たことはないのよね。あたしのあそこを見たことがあるのは、産卵の時に手伝ってくれたトキと、ブラックバックだけ。プレーリーは哺乳類だけど、一応確かめておこうと思って。ねえミーアキャット、ここは、あなたもこんな感じ?」
「ま、まあ、たぶんそうですわね。失礼いたしました。わたくしが軽率でしたわ。」
ミーアキャットが口をむにゃむにゃさせて答える。
「こっちが陰嚢…。精液を貯めておくタンクね。うん、これは、ブラックバックとほとんど同じ形をしているわ。それで、これが…。」
足の間から、肉の芽をつまみだす。
「うん、やっぱり、これは…ペニスに見えるわね。ブラックバックのとは少しだけ形が違うけど、間違いなく男性器だと思う。…ごめんなさい、プレーリー、あなた、やっぱり男の子みたいよ。」
「…そうで、ありますか…。」
沈痛なプレーリーの声に、ミーアキャットも顔を伏せる。
「えへへ。別に、交尾することばかりが仲良くする方法ではございません! 我々は、我々なりの方法でつがいとしてのスキンシップをとっていけばいいのであります!」
努めて明るく声を張り上げるプレーリーに、ミーアキャットが食い下がる。
「ねえ! ほんとうに! 本当にそれでいいんですの!?」
「し、仕方ないのであります! 交尾できないから、それで仲良くなることまで諦めてしまうのはもっとおかしいのであります!!」
「ちょっと! もっとよく見せなさい!!」
ミーアキャットがプレーリーを押し倒す。
「穴が無いんだったら! 肛門だって! 口だって! 何処に入れたっていいのよ!」
「諦めないで! まだ…、え?…あれ?」
険しかったミーアキャットの表情が見る見る困惑の色に変わる。
「ねえ…、これ。…その、ヴァギナでは、ありませんこと?」
「え?」
陰嚢の裏側、俗に蟻の戸渡りと呼ばれるその部分、ひときわ深い肉のスリットがある。
「ああ…!! やっぱり…!」
指を押し広げて割れ目を開くと、内部から鮮やかなピンク色のひだが現れた。
「これ…! 間違いありませんわ! あなた、どちらの性器も備わってますわよ…!」
裂けめの中心には、ひくひくと蠢く膣口が。ペニスを受け入れる深さも、十分にありそうだ。
「awesome…!」
ハクトウワシも驚嘆する。
「じゃあ…!」
「そうよ。そうですわよ。ねえ! だいじょうぶよ! プレーリー! あなた! ビーバーと交尾できるわよ!」
プレーリーより先に、ミーアキャットの瞳が潤む。
「えへへ…。実は、あの夜からずっと、ビーバー殿と顔を合わせていないのであります。何を喋ったらいいか分からなくて。」
プレーリーの唇が震える。
「こんなことで…! こんなことでビーバー殿と仲違いになってしまったらと…! それが怖くて…、怖くて…! 自分は…! ずっと…! 不安で…! 不安で…!」
ハクトウワシの胸に抱きしめられると、プレーリーの瞳から堰を切ったように涙があふれてきた。
「ミーア。プレーリーをお願い。出来たらでいいけど、プレーリーにシャワーを浴びさせて、きれいに身だしなみを整えておいてもらえるかしら。」
「…え?」
「呼んで来るわ、ビーバーを。いま、ここに。」
ミーアキャットが答える間もなく、ハクトウワシは2階の窓から飛び出した。
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