第7話 "a graveyard"
「オーケイ? ナナ? どうかしら、これで映ってる?」
「はい、映像来てます! うわあ、すごい…。もうこんなあっという間に地面が遠くなって…!」
モニターの映像は地表をぐんぐんと離れ、森を抜け、岩山を飛び越し、遠く山々の稜線をフレームにとらえる。この日はナナやカレンダを交えて、鳥のフレンズたちが飛行訓練を行っていた。ハクトウワシの頭にも、記録のための小さなカメラが付けられている。
「フラミンゴさん! 低く滑空する姿が美しいですねえ…! ハシビロコウさんも、あんなに力強い羽ばたきだとは驚きでした! それぞれ飛び方は違っていても、フレンズの皆さんどれも素晴らしいです!」
「あらあら、ありがとう。」
「飛行はそれほど得意ではないがな。ふふ、おれもやるときはやるのだ。」
めいめいがそれぞれ自慢の飛行姿を披露していたが、やはり、一つ頭抜けていたのはハクトウワシであろう。わずかに滑空したかと思えば一気に羽ばたき、ぐんぐんと上昇。素晴らしい速度を保ったまま上空を縦横無尽に旋回し、空一杯に美しい軌跡を刻んでゆく。
「すごい…!」
地上で待機していたオオタカがため息を漏らす。
数値上の上昇高度や、最高速度であればわずかにオオタカのほうに分があるだろう。だが、この速度や高度を保ったまま空中での急制動を可能とするのは、数ある鳥のフレンズの中でもハクトウワシをおいて他にはいない。旋回に伴う激しいGに耐えるだけの丈夫な骨格や発達した筋肉、そして激しい空中動作の中でも己の限界を見極める冷静な判断力が彼女には備わっていた。
「It's incredible... 例えるならP-51マスタング? それともF6Fヘルキャット? あるいは名前の通りにイーグルなのかしら…?」
「?」
「Sorry,こっちの話よ。」
カレンダがかつて故郷の空を守るために戦ったふるい翼に例えて嘆息する。
「ナナ!! カレンダ!!」
ナナのイヤホンに緊迫した声が飛び込んでくる。
「こちらハクトウワシ! 山の中腹に小規模のセルリアン群体を発見! 飛行訓練は中止よ!」
「ええっ!」
「このまま威力偵察を行い、可能であれば脅威を排除する! Let’s roll !!」
返事を待つ間もなくハクトウワシは山肌に向かって真っすぐ急降下を始めていた。ぐんぐんと迫る地面の先に、ゆらゆらとうごめく影が確認できる。セルリアンだ!
「ジャスティス…トルネードッッ!!」
ハクトウワシの羽ばたき一閃! 巻き起こる嵐の中、セルリアンは光のキューブに分解される。
「ヘルメット・タイプのセルリアン群生ね。山岳地帯には比較的よく現れる種類だわ。今回は小さな個体だったし、群れも小規模で助かったわ。」
セルリアンを一掃し、上空で旋回するハクトウワシが報告する。撮られた映像は貴重な資料となるだろう。
「周囲を警戒しつつ、帰投するわ。」
数日後。ハクトウワシによってセルリアンが掃討された山の中腹の広場に、トキの姿があった。大きな木の根元にしゃがみ込み、小さな木の実や花束を供えている。
「やっぱり、そこにいたのね、トキ。」
光を背負って、ハクトウワシがゆっくりと降下してきた。
「ハクトウワシ。」
「ねえ、全然勘違いだったらごめんなさいなんだけど。」
ハクトウワシも共にトキの隣にしゃがみ込む。
「それって、お墓なのかしら。」
供えられた花は、確かに死者に捧げられたもののように見える。
「…さあ。あの子たちって、生きているのか、死んでいるのか、正直分からないものだから。」
トキの答えを聞いてハクトウワシは確信した。これは、セルリアンの墓だ。それも、つい数日前自分が倒したセルリアンの。
「知っていたの。あの、セルリアンの事を。」
「黙っていてごめんなさい。あの子たちには、以前、何度か、歌の練習を聴いてもらっていた事があったの。ずっと聴いてた。私の歌が好きだったみたい。」
「小さな弱いセルリアンだったから、つい、黙っていたの。本当は、もっと早くに報告しなくちゃいけなかったわね。」
「以前、何度か…? こ、…個体の識別がつくの!? セルリアンの…!!?」
「分かるわよ。光り方や揺れ方、好きな場所、よく動く子動かない子。みんな違うわ。」
ハクトウワシは目をむいた。セルリアンの個性。そんなもの、考えたこともない。どっと嫌な汗がハクトウワシの背中を濡らす。
「それ、それじゃあ、わ、わたしは、あなたの、おともだちを」
「お友達じゃないわ。セルリアンよ。」
花に手を合わせるトキはいつもと同じ平板な声で、そこに怒りや悲しみの感情を見出すことは出来なかった。
「わたしの歌を聴いてくれたから。そのお礼をしに来ただけ。」
立ち上がったトキはもう何時ものトキだった。
「それじゃあ、さようなら。だいじょうぶ。もうこの辺りにセルリアンはいないわよ。」
「ねえ! トキ!!」
飛び去ろうとするトキを、ハクトウワシが呼び止める。
「ねえ! 歌って! トキ!」
「…ここで?」
「そうよ! 聴かせて! 今ここで!」
トキはわずかに驚いた表情を見せたが、
「…そうね。じゃあ、とっておきの、いくわよ。」
そう言って微笑むと、赤く夕暮れる空に向かって大きく息を吸い込んだ。
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