第5話 Heaven's Kitchen
「ちょっと何これ!? ものすごくオシャレで美味しそうじゃない!」
「ぬーぅ❤ えーとぉ、タコライス? って言うんだっけ? いまナナさんがお料理の練習してるみたいでねえ、それ、私たちが食べていいんだって!」
緑、黄色、赤…。机の上には、見た目も鮮やかなたっぷり野菜のタコライスの皿が並んでいる。食べることも、綺麗なものも大好きな草原のフレンズたちは降って湧いたようなサプライズに色めき立った。
「美味しい~❤」
「前に作ったちらし寿司とも材料は近いけど、また全然違う味ねえ!」
「レタスもシャキシャキで…ああ~これ無限に食べられちゃう~~❤❤」
チャップマンシマウマがたまらず足踏みする。元々草食のサバンナ育ちのフレンズたちにとって、みずみずしいレタスやセロリなどの葉物野菜は大ご馳走だ。
「このレタス、これねえ、ミライさんが作ってくれたんだよー。」
サバンナシマウマがモシモシとレタスの青い部分を噛みながら答える。
「透明な薄い…えーと、ガラス? のお家の中にお水をひいてねえ。そのお家の中におおきなレタスがずらーっと並んでるの。」
どうやら使われている野菜はパークの職員が水耕栽培しているものであるらしい。
「それを好きなだけ取っていいって。水と光さえあればね、いくらでも増やすことが出来るんだって。あたしねえ、あんな風景動物だったころは夢の中でも見たことなかったよ。」
その言葉にサバンナのフレンズたちはみなため息をついた。何の不安もない、光と、水と、無限のレタスの楽園。
「特にヤバいのが」
と、今度はチャップマンシマウマがタコライスの中のレタスをフォークで刺して取り上げる。
「このレタスにかかってる白いやつ。はじめて食べる味だけど…。」
ぱくり、と口の中に放り込んで。
「これは美味しいわ…。」
「レタスとかの葉っぱって、ほら、噛む前の口に入れた一瞬だけは何の味もしない瞬間があるじゃない。あたしはその一瞬のタイムラグもドキドキ感があって嫌いじゃないけど、」
チャップマンシマウマがシャキシャキとレタスを噛む。
「その一瞬をこの白いやつが絶妙な酸味とコクで補ってくれるの…。」
「それで、葉っぱの青臭さやみずみずしさが口に広がるころにはスッと消えて葉っぱの味を存分に楽しませてくれる…。ああ…これはサイコーよ…。見た目もものすごくオシャレだし…。」
「さすがチャップマンシマウマ、的確な評論眼ね。」
「ぬーぅ❤ 美味しいよぉ❤」
「ねー❤」
うんうんと頷きあう草原のフレンズたちをよそに、一人冷や汗を垂らすフレンズがいた。ハクトウワシである。
「これ…、マヨネーズ、よね…? 鳥の卵黄と、お酢を、良く混ぜてあわせたもの…。」
タコライスに使われたタコミートは、フレンズへの配慮で大豆タンパクによる代用品が使われていた。
だがマヨネーズまではうっかりしていたようだ。この場にニワトリのフレンズでも居れば大事になっていたかも知れなかったが、幸い鳥類のフレンズは自分と、何を考えているのかよく分からないハシビロコウしかいない。ハクトウワシは何も言わずにタコライスを咀嚼した。味は、美味しかった。
「ンッフフ、それはまた気まずい会食となりましたね。しかしご安心を。食用として流通する鶏卵は基本、無精卵でございますそうですから、ハクトウワシさんが生まれてくる命の可能性を潰してしまったわけではございませんよ。このダチョウが保証いたします。」
ダチョウが鼻の穴をひこひこ鳴らす。
ここは探検隊の本拠地。ハクトウワシは(ダチョウが得意だという)占いに特に興味はなかったが、経験豊富で人脈の広いダチョウは、ハクトウワシに限らずフレンズたちの良き相談相手だった。ダチョウが神妙な表情でその細い体からどうやって産卵したんだ、という恐ろしいサイズの自慢の卵に手をかざす。
「しかしハクトウワシさん、本題はそこではありませんね。私には『視えて』ます…。」
ハクトウワシはぎくりとする。
「それは鳥類に生まれし者の逃れられぬ業(カルマ)…!」
「ううっ!」
やはりこの女、只者ではない…! 誰にも言えなかったこの後ろ暗い欲望を言い当てるとは…!
「ずばりハクトウワシさん! あなた自分の卵が美味しいかどうか気になっているのですね!!」
盛大にずっこける。
「分かります! 私もそうでした! この卵が決して孵らないと分かった時、深い失望の次にやって来たのは、MOTTAINAIという抗いがたい欲望でした!!」
「そ、そうね、そうかもしれないわ…。」
ハクトウワシが顔のあちこちを引きつらせて笑う。
「当然気になることです。自分の分身が人様のお役に立つのか、ぶっちゃけ美味いのか不味いのか、そりゃ当然気になることです。はい。はい。しかーし!!」
ぐいとダチョウが身を乗り出す。
「うわっ!」
「味に関してはこのダチョウ、ニワトリなぞには決して劣らぬことを証明してございます!! それが証拠に!!」
ダチョウの目が物理的に七色に輝く。けものミラクルか。
「これをご覧ください!!」
ダチョウが胸元からフォトを取り出す。中央には少し困った顔の探検隊の隊長さん、そして皿一杯の卵料理。
「日頃より隊長さんに恋慕するドールさんやミーアキャットさんを尻目に、私が産んだ卵を使ってのフルコースを隊長さんに召しあがって頂いたのです! 美味しい美味しいとおっしゃる私と隊長さんを見る鬼のような彼奴らの視線、見物でございましたよ…。」
「うん、まあ、聞かなかったことにするわ。」
「自分が命をかけて産み落としたいのちの塊が、殿方の口の中で咀嚼されその一部となってゆく…、鳥類にしか味わいことのできない、最高に背徳的でほの暗い快感…❤」
「うん、うん、大体わかったわ。大体わかったから、もう帰るわね。話を聞いてくれてありがとうさようなら」
いそいそと椅子を引き立ち上がるハクトウワシの背中に、ダチョウが静かに声をかける。
「御安心なさい。」
「あなたが思っていることをあなたの想い人になさっても、その方は決して怒ったり悲しんだりすることはありませんよ。」
「……!」
「このダチョウが保証いたします。」
「というわけで。」
ハクトウワシがブラックバックの目の前に皿を差し出す。
「これ、タコライス。美味しい?」
「うん? うん、美味だ。」
「そのマヨネーズねえ。」
「うん?」
「あたしの産んだ卵使ってるの。」
「ぶぶっ!!!」
「ふふ、冗談よ。ジャストアジョーク。」
「お、驚かせるな…!」
ハクトウワシは目を細めた。次の産卵までは、恐らくだいぶ時間がある。その時は、きっと目の前のブラックバックに自分の卵を食べて貰おう。自分の分身が、自分の愛する者の一部になってゆくそのプロセスを想像しながら、ハクトウワシは自らの下腹にほの暗い炎が宿るのを感じていた。
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