第2話 ヤマバクの花園

 ヤマバクは草原に咲く花を見るのが好きだった。緑の海の中、風に揺られている小さないのちを眺めるだけでいくらでも時間を潰すことができた。彼女の小さな花畑の向こうから、時折、目を血走らせたフレンズがやってくる。発情期だ。

全てのフレンズが幸福な発情期を過ごせるわけではない。特に親しいフレンズがいれば、ほとんどつがいの様に寄り添い、穏やかな時を過ごすことができるのだが。苦しみ、のたうち回り、すがるようにこの花園に辿り着いたフレンズたちに、ほんの少しの間、ヤマバクは体を貸してやるのだった。

「でもさーぁ、そういうの、あんまり良くなんじゃないかと思うんだけどねぇー?」

いつもの間延びした口調ではあったが、ライオンが言葉にはっきりと自分をとがめる意味合いを含ませたことをヤマバクは聴き逃さなかった。

「キミは発情期じゃないわけだしさあ、そういうことは、やっぱりお互い、好きな人同士で。」

「…パークの職員さんに任せた方がいいのかも、とは思いますよ。」

編んでいた花の冠に視線を落としたまま、ヤマバクは答える。

「そうだよぉ。あぶないよぉ。発情期はみんな気が立ってるしー。力の強い子に押し倒されたら、ケガしちゃうかも知れないよぉ?」

「でも、わたしはあれ、嫌いなんです。」

パークの職員が、暴れるフレンズを取り押さえるところを見たことがある。大勢のニンゲンに押さえつけられ、金属の道具を股間にあてがわれる。フレンズぐったりと力を失うと、キラキラと輝く透明な液体がタンクの中に溜まってゆく。

「アニマルラムネの原液って、ああして採取するんですね。」

「…君がはっきり『嫌い』って言うだなんて。驚いたね。」

「あなたは嫌いじゃないんですか? ライオン?」

「…しょうがないんじゃ、ないかな。見ていて気持ちのいいものじゃないし、かわいそうだなとも思うけど。」

ライオンはヤマバクを真っすぐ見据えて言った。

「きみの、仕事じゃ、ないよ。」

「仕事じゃありませんよ。わたしは好きでやっているんですから。」

「だから、危ないんだってば。本当に、自分を大事にしなくちゃダメだよぉ?」

「平気です。心配しないでください。」

押し問答。どちらも折れる気配のないことは、お互い十分わかっていた。

「これでも?」

ライオンが飛び掛かり、ヤマバクを草むらに押し倒す。鋭い爪。唾液に光る牙。

「こうやって、爪で引き裂きながら、おまえのまんこに太いちんぽをめりめり押し込んでやるんだ。泣いたって、叫んだって、許してやらない。そいつが満足して射精するまで、カエルのように潰れているんだ。それでいいか!!?」

ヤマバクは答えない。口を真一文字にして、ライオンをじっと見据えたまま。色とりどりの花が、さっと風に揺れる。

「…そのときは、あなたに守ってもらいます。わたしが本当に傷つけられそうになった時、あなたに助けを求めます。声の限り。助けてと。それがあなたの仕事です。」

「…はは、あはは、参ったなあ。わたしの負けかあ。」

ライオンの身体から力が抜け、押し倒されていたヤマバクの隣に寝転がる。

「ふふ。さっきのライオンさんのお顔。本当に怖かったです。」

「笑い事じゃないよぉ。ほんとに頑固なんだからさあ。」

仰向けになって空を見上げるライオンの視界に、ヤマバクの穏やかな顔が覆いかぶさる。

「…なにか辛いことがあった時には、いつでもここに来てください。ライオンさんでも。」

「いやあそれは。一応わたしにも、」

「プライドってもんがあるんだから、ですか?」

「ふふ、それそれ。リーダーもさ。楽じゃないから。」

「ふふふ…。」

「ははは…。」

色とりどりの花々を背に、二人転がって笑いあう。

「…わたしも、きみに甘えて、いいのかな。わたしも、君の花園に来る資格はあるのかな。」

言葉の代わりに、ヤマバクはライオンの唇に唇を重ねた。ライオンは、ヤマバクの身体からかすかに花の匂いが漂っていることに気が付いた。

花園の中に、二頭の獣の影が消えていった。

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