どうか飛翔(はばた)かないで

砂塔ろうか

どうか飛翔(はばた)かないで

 この世界にはまだまだ、私の知らないことがたくさんある。幼い頃、妹と一緒にこっそり忍び込んだお城の書庫に私は目を輝かせた。

 けれど妹は退屈そうで、――きっとその時にはもう、私は妹に怒っていたのだろう。

 独りの寝室。窓の外ではいつだって青空の下で妹が笑っていた。そのきらきらとした感情が、私には許せなかった。

 妹はいつだって派手で、私はいつだって地味だった。そうありたいと望んだわけでもないのに、そうなっていた。

 この生きるので精一杯な身体では、そうあるしかなかった。

 顔も、血筋も、なにも違いはしないはずなのに。ただ、身体が弱いというだけで私は望まぬあり方を強いられた。


 この国の貴族の娘に生まれたからには、一番に期待されるのは当然、王子の子を生むことだ。しかし当然、私ではそんなことできやしない。到底、身体が保たない。

 だから妹が王子と親しくしているという話を聞いた時も、ただ微笑むしかなかった。嫉妬したって仕方ない。そんなことは叶わぬ夢なのだから。

 でも、あの子が私の手の届かないところへ行ってしまうのは、なんだか許せなかった。


 これまで、妹のことをそれでも大切に思えていたのは、彼女が私の身体が良くなることを心の底から願ってくれていたからだった。まだ、妹が心のうす汚れた俗物なら良かったのに、彼女は本当に天使のような、綺麗で純真な心の持ち主だったのだ。


「お姉さま。今日は庭師さんにお願いしてお花を貰ってきたの。あんまりにも綺麗だったから、お姉さまにも見せてあげたくて」

「馬鹿ね。その花だったらほら、ここからでも見えるじゃない」

「けれど、窓越しに見るより実物をそばで見た方がいいに決まってるわ。だってほら、こんなに素敵な香りがするなんて、遠くから見るだけじゃ分からないでしょう?」

 ――本当に、妹は優しくて可憐で溌剌としていて、非の打ちどころがまったくない。

 でも、だからこそ許せないのだ、

 怒っている。

 もう何に怒っているのかも分からないくらいに、怒りが溢れてくる。

「――お姉さまっ!?」

「どうしたのですか、どこか痛いのですか? ああ待っていてください。いま、お医者様を――」

「……いいえ、気にしないで。なんでも、ないから」

「本当に?」

「ええ。単に、貴女の心遣いが嬉しかっただけだから」

 この涙は、そういうものなの。

 なんて言って、妹を欺いた。そんな自分にもきっと私は、腹を立てている。


 妹が王家に嫁いで、もう何年経つだろう。

 私は今もこの窓の内側で、怒りに塗れて死ぬのを待っている。今でもやはり、妹の幸せを思うとどうしようもないほどに暴れ出したくなる私だけど、でも少しだけ、そのことに対する認識は昔とは違う。

 ある時、王家に反逆しようとする一派の存在が国中を騒がせたことがあった。今ではもう鎮圧された彼らの存在を知った時、私は怒りを覚えたのだ。その連中を、許せないと思った。

 だからきっと、私は妹に不幸になってほしいわけではなかったのだろう。

 今なら分かる。私は、妹と一緒にいられないことに腹を立てていたのだと。

 一緒に本を読んでくれそうにない妹に腹を立て、青空の下で一緒に笑えないことに苛立ち、私を置いて遠くへ行ってしまう彼女を許せなかった。

 そして、まるで非の打ちどころのないような性格の妹に憎しみめいた感情を抱く自分自身には泣けるくらいに怒りが湧いてきた。

 けれど、それが分かったところで何も変わりはしない。

 連れ立って空を飛翔はばたく鳥。ふと、それに妹を重ねて思うことがある。

 ――どうして、私を置いて飛翔はばたいてしまったの?

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