第9話「放課後の約束」
船山町の西側には三社五路線が乗り入れる大きな駅がある。
西船山駅。
県内最大級の駅舎を誇るというのに、駅周辺は大して栄えていないのだから笑ってしまう。
船山町は栄えた市と街のちょうど中央に位置しているから、ターミナル駅とするにはちょうど良かったのだろう。
通勤や通学の手段として乗り換えにこそ使われるものの、わざわざ西船山で降車しようなどと考える人は一人もいない。
ただ、今日という日を除いて。
人形流しが行われる九月の頭だけは、
県内外から多くの人がこの船山町に集まって来る。
それこそあかりが言ったように、この夏最後の夏祭りとして、夏の別れを惜しむ人たちが一斉に押し寄せるのだ。
その一方で、僕らのような死者を持つ町人たちは粛々と準備を進めていく。
はずなんだけど。
「あっ、見つけましたっ!今なら誰も並んでないみたいです!チャンスですよ!」
あかりが指さす先には、露店販売のケーキ屋さん。
どうしてこうなったんだろう。
「わぁ、美味しそうだねー」
いち早く準備に取り掛かりたいはずの美咲も、
あかりの指すそのケーキに目を輝かせていた。
女の子は本当にケーキが好きだ。
甘いのもあるけど、スイーツという概念が可愛いから好きなんだと思う。
「ここはハッピーケーキというお店なんです。日本全国の各駅を転々と回って露店販売しているケーキ屋さんなんですよ」
「なんでハッピーなの?」
「会えたらラッキーだからじゃないですかね!」
そこはハッピーと言ってあげて欲しいところだが。
ケースに並べられたケーキを見つめて、あかりは迷いに迷っているようだった。
その様子を微笑ましそうに眺めている美咲にひっそり声をかける。
「美咲、時間は大丈夫か」
「あー、そうだね。これだけ沢山あると迷っちゃいそうだし……」
そう言いながら、美咲はあかりと肩を並べる。
「今のうちから選んでおいた方がいいかな?」
そして、ケーキの視察へ。
いいのか、それで。
美咲も僕と同じ、人形流しの参列者だ。
十年前に両親を失った美咲は、毎年必ず二つの人形を持ってくる。
その準備が必要なはずだけど、既に終えているのだろうか。
夏の宿題を放置していた人だ。
まさかとは思うけど、本気で忘れているんじゃないかと心配になってしまう。
「わっ、このモンブラン、頭に帽子被ってるよ?」
「……帽子?」
美咲は子供の頃から天然で、どこか抜けた所のある子だ。
いつものほほんとして笑顔を浮かべているけれど、その裏には大きな業を背負っている。
それだけに、僕は……。
「チーズケーキでいいですか」
そんなことを考えていると、あかりが声を潜めて近づいてきた。
「ああ、ごめん。せっかくだから選ぼうかな」
「何馬鹿なこと言ってるんですか。そこは『いや、僕は美咲がいい』って答えるところですよ?」
「あかりに言ってどうするんだ」
「はぁ……いつ言うつもりですか」
あかりはどこか不機嫌そうだった。
「……早く美咲先輩を誘ってくださいよ。その為に時間を作ったんですから」
「そういうつもりだったのか。また回りくどいことを……」
「回りくどいのは真琴先輩の方です。そうやって自分の気持ちに難癖付けて、ぐるーっと遠回りしてるじゃないですか!」
「そう言われましても」
聞き分けのない子だ。
人形流しは祭り気分で誘うような場所じゃないと言ったはずなのに。
「むーっ」
しかし、あかりは不満げに頬を不膨らませていた。
ダメだ。また不毛なイタチごっこが始まってしまう。
「分かったよ」
仕方ない。
これ以上付き合うのも面倒だ。
こっちも不服だが、あかりの提案に乗ってやろう。
それに、どちらにせよ一緒に行くことになる。
僕と美咲は、そういう間柄だ。
「うう、苺のショートケーキにしちゃったよ……」
美咲は迷いに迷った挙句、安定択を取って戻ってきた。
その気持ちは分からないこともない。
「美咲、何時にする?」
だから僕も美咲に倣い、無難な聞き方をした。
美咲は一瞬きょとんとした様子だったけれど、すぐに意図を理解したようだった。
「んー、いつも通りの感じでいいんじゃないかなー」
「はい、了解」
「え、ええええ!?」
すんなり決まった僕らのやり取りに、あかりが仰天している。
ガトーショコラを落としかけるほどに。
「そんなに簡単に決まっちゃうんですか!?なんかもっとこう……ないんですか!」
「だから言ったでしょう。毎年一緒に行ってるって。わざわざ約束したりはしない」
「何の話ー?」
何も知らない美咲は頭に疑問符を浮かべていたけど、知らなくていいだろう。
あかりは「つまらないなぁ」とぽつりと呟く。
「それが真琴先輩の答えってことですかね。お二人は、どこまでも幼馴染なんですね」
「だって、事実そうだし……」
「改めて言われると、変な感じがするね」
苺ケーキを頬張りながら、美咲は笑う。
「前は真琴もこーんなに小さかったのに、今じゃ大きくなっちゃったもん」
「美咲は全然変わらないけどな」
「せ、成長中なだけだから!」
「小学生の頃から何センチ伸びたんだっけ?」
「さ、三センチ……」
美咲は麗美の制服こそ着ているけれど、見た目だけならそこらの小学生と何ら変わらない。平均よりちょっと高い僕の身長と比べても二十センチ以上の差があるはずだ。
もちろん、雰囲気は高校生らしくなった……ような気もするけれど。
「でもでも、私にも成長した部分があるんだからね?」
「……例えば?」
「えっとね」
とか言って、スカートの裾を掴む。
「礼儀作法も覚えたし、お勉強も出来るようになったし……大人になったし?」
「どうして洋風の作法なんだよ」
脚をクロスして裾を掴む「お嬢様ポーズ」で一礼。
今すぐにでも「ごきげんよう」とか言い出しそうなそのポーズを普通の日本人はやらない。
「ごきげんよう」
「言っちゃったよ」
「えへへ……」
楽しそうに微笑むその様子は、まるで僕のツッコミを待っていたかのようなリアクションだった。
阿吽の呼吸というか、なんというか。
ツッコミとボケの漫才コンビのような関係。
一緒にいると心地いい。
でも、それが好きなのかと言われると……やっぱり分からないな。
「はぁ……」
そんな僕らを傍らに、あかりが深く息を吐いた。
「はいはい、ご勝手にどーぞ。結局あたしの入れない世界ですよーだ」
不貞腐れたようにガトーショコラを頬張っている。
「あかりちゃん、すねちゃったの?」
「ふへてはんかはいで……っ!」
食べるのと喋るのを欲張ったせいで、あかりはむせて苦しそうにしている。
「踏んだり蹴ったりだな」
「うぐぐ……真琴先輩が悪いんですよ」
どうしてそうなる。
タピオカでケーキを流し込ながら、あかりに殺意を向けられる。
器用な奴だ。
ケーキはさておき、
駅前は多くの人々で賑わいつつあった。
浴衣を着ている人や、既にヨーヨーを手に提げている子供なんかも見かける。
夏休みはもう終わったというのに、
この時間だけは夏休みに戻ったような感じがする。
「早く宿題やらないとなぁ……」
前言撤回。
まだ、本当に夏を終えていない少女がここに一人。
「流しが終わったら、ちゃんとやりなよ」
「うん。がんばる」
「僕も手伝うから」
近くの川辺で花火が打ち上がり、
駅前の人々が軽く歓声を上げた。
夏の終わり、「人形流し」がまもなく始まる合図。
僕らの周りにはきっと、
沢山の死者たちがこの花火を眺めている。
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