第10話「人形流しの夕暮れ」

一度家に帰ると、

机の上に母からの伝言が残してあった。


どうやら一度帰宅したものの、町内会の手伝いで先に家を出てしまったらしい。

琴姉の人形は僕が責任を持って運んでいかねばならないようだ。


ついでに、メモには

「白楽のお姉さんから連絡があった」とも書かれていた。

何やら、僕に渡したいものがあるとか何とか。

きっと、ろくなものではない。


祭壇の蝋燭に火を灯し、僕は静かに黙とうを捧げる。


そういえば、琴姉とは一度だけ人形流しに行った記憶がある。

あの頃の僕らはまだ参加者で、人形流しではなく人形祭りと呼んでいた。


十年前。

まだ幼かった僕は、常に琴姉の背中を追いかけていた。

流しを見に行くこと。

どの屋台で遊び、どの屋台のご飯を食べるか。

花火を川で見るのか、それとも山で見るのか。


気持ちはあれど、僕は怖くて行動に移せなかった。

だから、そんな些細なことでさえ、琴姉に頼りきっていたような気がする。


琴姉は活気に溢れた人ではなかったし、

どちらかと言えば面倒くさがりな人だったと思う。

だけど、自分の意見だけはハッキリとしていて、

その信念を貫いて生きているような人だった。


「他人の評価なんて気にすることないから」


琴姉の口癖。

最初は、集団行動が苦手なことに対する言い訳だと思っていたけど、

これは羽島琴音の指針だったのだ。


世間の目とか、他人の評価に流されず、

自分が良いと思ったことだけを、最後まで信じて生きる。


だからあの時――


僕らが一緒に人形流しへ行った時も、

琴姉は、自分の気持ちに素直になれない僕を、家から引っ張り出してくれたんだと思う。

そうやって、行動で示せる強さがあった。

言葉数の少ない人だったけど、行動で意志を示すことが出来るような強さが。


引っ込み思案な僕からしてみれば、

姉は常に憧れの存在で、曲りなりにも尊敬している人物だった。


「……………」


琴姉、聞こえていますか。


今の僕は、まだあなたのような強い人間にはなり切れていないです。


だけど、いつか。


琴姉の背中を追いかけて、行動で示せるような人間になってみせる。


だから、今日の所は……。


「行こうか、琴姉」


祭壇の脇に祀られていた人形を、風呂敷で包み込む。

今、僕の姉である羽島琴音の魂は、

この人形の中で生き続けているはずだ。


今の僕にはこうすることしか出来ないけれど、

今日の所は僕が連れていくよ、琴姉。

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