第13話「可能性との戦い」

……さて。


やるべきことを終えて、僕は机に向かっていた。

ちょうど夏休み明けで、課せられている課題もない。

成績を維持するだけならば、試験前に要点をまとめて勉強すれば良い。

ならば今は、僕が美咲にしてやれることの一つをしよう。


パソコンの電源を入れる。

メールボックスから新着メールを確認するが、企業関連の広告メールが殆どを占めていた。


彼らからの連絡は、未だに届かない。


「…………」


十年前。

安城家で起きた火災を、警察は『収れん現象』による事故として断定した。

安城見雪と安城浩一の二人が死亡し、一人娘の美咲の親権は美咲の祖母、安城みわの元へと移ることで合意。以降、この件に関する事象に関して、警察側からの関与はなかった。


しかし、当時の美咲だけが主張していた。


『知らない人が、この家に火を点けている所を見た』


そして、燃え盛る炎の中で、その犯人は父と母の逃げ場を封じたのだという。

その様子を、幼い美咲だけが見ていた。

だが、犯人はなぜか美咲だけを残し、その場から立ち去ったのだという。


当時の警察は、幼い美咲の主張を受け入れなかった。

放火魔がわざわざ炎の中に飛び込む理由がないこと、そして美咲の両親に目立った外傷がなかったことから、危機的状況に陥った美咲の妄想的発言だと断定したらしい。


確かに、不思議な話ではある。

仮に放火魔がいたとして、美咲と遭遇した犯人が、美咲を見過ごす意図が理解できない。


しかし、美咲の言葉を信じるのならば。


あの火災は事件であり、美咲の両親を殺害した犯人が存在することとなる。


「…………」


結局、美咲の言葉を信じたのは、僕と琴姉の二人と、美咲の祖母だけ。

必死に犯人を追い続けようとしたが、知識のない当時の僕らに出来ることなど、子供のお遊び程度のことでしかなかった。


ただひとり。

当時中学生だった琴姉だけが、独自の調査を進めてくれていた。

しかし、琴姉が亡くなった今、その資料は僕の手元に残されていない。

琴姉はそれを僕に教えようとはしなかったし、教える気もなかったのだと思う。

知識のない弟を、事件に深入りさせたくはなかったんだろう。


「……何を調べていた、琴姉」


琴姉が事故に遭う直前。

彼女は僕の部屋にやってきて、「ようやく糸口を掴んだ」と言ってきた。

美咲の事件を解決してあげられると思っていたところに、不幸が舞い込んでしまったのだ。


だから、僕は琴姉の意志をついで、あの事件を解決してみせると決めた。

それが、琴姉の為であり、美咲の為になると思ったから。


美咲は、責任を感じているのだ。

自分だけが犯人を見ていながら、事故として片付けられてしまったこと。

そして、犯人から自分だけが逃げてしまったこと。

たとえそれが親の愛情であろうと、美咲に課せられた過去の鎖が解けることはないだろう。

美咲は、自分のせいで周りに不幸が訪れたとさえ思っている。


……だから。


だから、僕は追いかけ続けている。


琴姉のいなくなった今、美咲を救うことの出来る人物は限られている。

あの事件を解決しなければ、僕も一生、後悔をし続けることになるだろう。


メールの更新ボタンを押す。

やはり、新着メールは届いていない。


解決の手がかりを集めていた。

試行錯誤を続けて、とにかく情報を収集する。

情報と共に思考を続ければ、どこかに糸口が見えてくるのではないかと見越して。


連絡は、来なかった。


当時、美咲の父と親しかった人物とコンタクトを取ることに成功していた。

事件を起こす原因は、人間関係であることが多い。

だから僕は、当時の安城家の人間関係から、どこか綻びを見つけることが出来るのではないかと踏んでいた。

しかし、火災事故と断定された過去の出来事に関して、彼らは興味を示してはくれなかった。


厄介毎は御免だと。


他人事である彼らからしてみれば、当然の反応だと思った。

この火災は、事故として既に解決している。

それをわざわざ『事件だ』などと騒ぎ立てる高校生の話など、聞いてくれるはずもない。


……しかし、可能性はゼロじゃない。


その僅かな可能性に賭けていた。

可能性を総ざらいしていけば、いつか事件の解決に繋がるはず。


『これはきっと、長い闘いになる』


いつか、琴姉がそんなことを言っていた。

この言葉の意味を、最近になって理解できたような気がした。


あれから、十年。

僕らの戦いは、まだ始まってもいない。


時間が過ぎれば過ぎるほど、人は事件からの興味関心が薄れていく。

僕らに残された時間は、あまり多くはないのだ。


高校を卒業すれば、僕らも離れ離れになってしまうかもしれない。

この事件が、このまま迷宮入りしてしまったら。

美咲も、琴姉も、亡くなった美咲の両親たちも、全て報われないじゃないか。


犯人に、復讐がしたい訳じゃない。

ただ、僕はもう、美咲に悲しい想いをして欲しくないだけ。

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