第14話「生徒会の犯人捜し」


帰りのホームルームを終えると、すぐに生徒会室へ乗り込んだ。


「わぁ……なんかすっごく久々な感じがするよ!」


今日は美咲も一緒だ。

山ほどあった夏休みの課題と死闘を繰り広げること三日。

結局、美咲は僕の手をほとんど借りることなく、宿題を終わらせてしまった。


基本的に抜けている美咲だけど、一度やると決めた時の集中力は凄まじい。

これが持続すれば、名実共に副生徒会長を名乗れると思うんだけどなぁ……。



「おっ、二人揃って良い感じですね!」


扉を開けると、今日もあかりが机を陣取っていた。

この前と同じように何やら資料を広げているようで、ホワイトボードには幾つか写真が貼られている。


「何があった。前期は遅刻してばかりだったのに」


「やだなぁ、あたしだって生徒会の一員ですよ?」


「自覚が芽生えたとでも?」


「もちろんですとも」


疑わしい。

前期のあかりは遅刻上等、来ればお喋り、早退してはスイーツ巡りとそれは酷い態度だったのに。仕事はマジメにこなしてたけど。


「あっ、なんも信じてないって顔ですね?」


「まだ何も言ってないだろう」


「ふーん、いいですよーだ。あたし、今日は美咲先輩とラブラブするって決めてますから!」


「え、私?」


あかりは美咲の手を握ると、そのまま隣の席へと引き込む。


……そういえば。


「その資料、美咲に見せるものだとか言ってたな」


「よく覚えてましたね。そのとーりです」

「だから今日は早く来たんですよ。美咲先輩に、ちょっと確かめたいことがあって」


「確かめたいこと?」


そう言って、あかりは資料をパラパラとめくる。

ファイリングされた資料の中には、新聞記事やネット掲示板のコピーと思わしき物がまとめられていた。


「夏休みの時間を使って、幾つか調べごとをしてきたんです。この町の伝統について、伝統から始まった街の慣わしについて。そして……」

「十年前について」


「えっ……!?」


僕と美咲は思わず声を上げた。

十年前。

あかりからその言葉を聞くとは思ってもいなかった。


「あたし、見つけたんですよ」


「十年前、事故として処理された"放火事件"の手掛かりを」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「もうちょっとで着きますからね。ここから先は暗いので、二人で手でも繋いどいて下さい」


あかりに連れられて、学校から歩くこと二十分。

僕らは入り組んだ雑木林の中を、かぎ分けるように進んでいた。


「ここって、高台の近くだよね?」


「うん。そのはずだけど……」


あかりはどこに向かっているのだろうか。

放火事件の手掛かりを見つけたというあかりは、今から"その証拠"を見せると言い始めた。

勿体ぶっているのか何なのか知らないが、詳しい事情は"その証拠"の前で見せるという。

ちなみに、手は繋いでいない。


「制服でこんな場所まで来るとか、校則違反なんだけど」


「でも、先輩が付いてきたんじゃないですか。あたしは、美咲先輩だけでもいいって言いましたよ」


「ここまで来るとは聞いてない」


「そういうのを屁理屈って言うんです。それに、そもそも寄り道自体が校則違反ですので遠いとか近いとか意味ないです。これで真琴先輩もあたしに強く言えなくなりましたね」


校則とか知ってるんだ、この子。


ずる賢い子だ。

美咲の過去に関する話題なら、僕が放置するはずない。

あかりはそれを知っていて、僕に校則を破らせたんだ。


「仕方ない。あとで課外活動として申請しておこう」


「うわー、そんなことしなくてもバレないのに。先輩はどこまでもマジメですね」


とか何とか言っているうちに、周りの景色が拓けていく。


「着きましたよ、先輩」


林を抜けた先に見えてきたのは、車庫のような鉄製のガレージだった。

横長になっているそれの左側には軽トラが止められていて、

もう片方、右側の扉は固く閉ざされているようだ。


「なんだ、これは……」


「まぁ、見ていて下さい」


あかりはガレージに近付いたかと思うと、操作盤らしき物をテキパキと操作し始めた。

このガレージはあかりの物なのか?

状況が理解出来ないまま、僕と美咲がぼんやりと様子を眺めていた、その瞬間――


――ガシャンッ!!


「うわっ!?」


大きな物音を立てて、鉄製の扉がゆっくりと開き始めた。

そして、中から洞穴らしきものが見えてくる。


「さぁ、行きましょう!」


「あかりちゃん、これって……」


「これが、あたしの見つけた"証拠"です」


地面を削るようにして作られたその洞穴は、地下へと続く階段のようになっていた。

奥は暗くなっていて、なんだか不気味な感じだ。

その道がどこまで続いているのか、全く先を見ることが出来ない。


「大丈夫なのか」


「ふっふっふ、この大物女優、安保木あかりを信じてくださいよ!」


そう言って、あかりは胸を張る。


女優の演技じゃ信用ならないじゃないか。

そんなことを思ったけど、言ったところでどうにもならないだろうからやめた。


美咲と僕は顔を見合わせて、行くしかないと覚悟を決めた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「じゃ、じゃーん!ようこそいらっしゃいました、あたしの秘密基地へ!」


洞穴を進むと、六畳半の小さな部屋へと辿り着いた。

察するに、ここは地下室のようだ。


「どうしてこんな場所に……」


「えへへ、恋する乙女には秘密が付きものです」


「いや、それにしても……」


部屋を囲うようにして、壁一面には大きな本棚が並べられていた。

「〇〇事件捜査名簿全録」「〇〇年船山町事故記録資料」

どれもネットじゃ見当たらない資料ばかりだ。


「これ、全部あかりちゃんの?」


「はい、全部集めました。あたし、こう見えて名探偵に憧れがあるんですよ」

「未解決事件の資料を集めて、謎解きするのが好きなんです」


「……将来の夢は女優とか言ってなかったか」


「夢と憧れはまた別の話ですよ。これは、趣味みたいなものです」

「元は山地開拓の為に作られた休憩所だったそうですけど、開拓計画がおじゃんになったので、ウチの父が買い取ったんです」


そういえば昔、あかりの父は警察官だと言っていた。

山地開拓は船山町を上げての計画だったと聞いたことがあるから、恐らくあかりの父も関与していたのだろう。


「恐ろしい趣味だな」


「少なからず、父の影響はあるでしょうね。おかげでお小遣いが全て資料に飛んでしまいました」

「ま、おかげで先輩方のお役に立てるかもですけど」


そう言うと、あかりは本棚から資料を三冊取り出した。


「本題に入ります。美咲先輩の過去を聞いてから、あたしは火災事故に関する資料を調べていました。先輩の言っていた通り、殆どの資料では事故としてまとめられていましたけどね」

「ですが、その周辺資料を調べているうちに、気になる人物が浮かび上がってきたんですよ」


「…………」


「この方です」


あかりの見せた資料には、一枚の顔写真が掲載されていた。

優しそうな顔をした、スーツ姿の男性。

見た目的にはウチの父親よりも若い世代……三十代くらいのサラリーマンといった風貌だ。


「あかり、この人は……」


「黒野響さん。美咲先輩のご両親と深い縁のあるお方です」

「美咲先輩、ご存知ですか?」


「うーん……見たことのない人だけど……」


「……そうですか。見覚えがあれば、と思ったのですが、そう甘くはないみたいですね」

「実はこの方、行方不明になっているんですよ」

「今から、十年前に」


「十年前……!?」


あかりは資料のページをパラパラとめくった。


「あたしは十年前の行方不明者に目を付けて、身辺調査を行ってみたんですよ。もしかしたら、犯人がどこかで行方を眩ましているかもしれないと思って。ダメ元でしたけどね」


「……でした?」


「はい。この黒野さんを調べたところ、面白い情報が見つかりました」


あかりは更に資料をめくる。

黒野響と付箋の貼られたページには、個人年表らしき情報が細かくまとめられていた。


「黒野響さんは、美咲先輩のお父様と小学校から高校までを同じ学校で過ごした同級生なんです。大学は別々の大学に進学したようですが……就職先の企業で、また美咲先輩のお父様と再会しています」

「そして、ちょうど火災事故が発生した年の数ヶ月前。会社から姿を眩まし、そのまま行方不明になったそうです」

「怪しいと思いませんか?あの火災に犯人がいたとするならば、間違いなく容疑者候補に当たるはずです」


「…………」


僕は返事を忘れ、資料の隅から隅を読み漁っていた。

行方不明者を伝える新聞記事のスクラップ、行方不明者の出身校を掲載したネット上の掲載リスト。どれもあかりの妄言などではない、ソースのある確固たる情報だ。


「美咲先輩に見覚えがないのなら、あたしの思い過ごしなのかもしれません」

「ですが、この黒野響さんなら何かを知っていると、あたしは踏んでいるんです」


あかりの発言には裏付けされた自信が見え隠れしていた。

謎解き好きの性がそうさせているのだろうか。

だが……。


「警察が十年かけて探し出せなかった人物だろう。僕らに探す術なんてあるのか……?」


「難しいでしょうね。ただ、何もしないよりはマシです。今どき高校生のお手柄で犯人確保ーっ!なんていうのも、決して珍しくはないですから!」


……なるほど。

あかりの根拠のない自信は、無謀なチャレンジだからこそ出てきているという訳か。

あかりの言うことは、一理ある。

僕も事件性を疑って捜査していたけれど、行方不明者の情報は盲点だった。

少しでも事件に紐付く情報が取れるというのなら……無謀な賭けでも、賭けないよりはマシかもしれない。


「……どうだ、美咲」


ただ、いくら僕らが躍起になったところで、美咲の望まない捜査を進めるつもりはない。

僕が尋ねると、美咲は少し考えてから言った。


「私は……」


そしてひとつ、大きく息を吸う。


「……私は、真実を知りたい」


顔を上げて、力強い口調だった。


「十年前、あの火災の中で何が起きてたのか……。

 私が見たものは何だったのか、その真実を知りたい」

「このままずっと有耶無耶だと、私はいつまでも前に進めないような気がするから」

「でも……」


そう言うと、美咲はどこか心配そうな表情で僕とあかりを交互に見た。


「二人を危険に巻き込むのは、正直怖い……かな。私の周りは不幸なことが沢山起こるし……それにこれは、安城家の問題。私がやらなくちゃ」


「そんなことはありません。よく考えてみて下さい」

「あたしは勝手に調べて、勝手に提案しているだけです!少しでも先輩の為になったらいいな、と思ってるだけですよ!」


「でも……」


さっきまでの口調とは裏腹に、美咲の口調は弱々しかった。


……これが美咲の鎖なんだ。


十年前、両親を助けられなかったこと。

七年前、琴姉が事故に遭ってしまったこと。

それから諸々の不幸が、どういう訳か美咲の周りでは起きてしまう。


だから美咲は、きっと自分に責任を感じているんだ。

そして、トラウマを抱えている。

自分のせいで周りに不幸を呼び起こす――と。



「……そんなもの、あってたまるものか」



でも、そんなことはあり得ない。

僕は立ち上がった。


「美咲の近くにいるから不幸になるなんて、そんなことは絶対ない。十七年間一緒に過ごしてる僕が言うんだ、間違いないよ」


「真琴……」


「それに、そのことで一番苦しんでるのは美咲じゃないか。隣にいる人が苦しんでいるっていうのに、見過ごせるほど僕らは冷たくないよ」


「へへっ、真琴先輩、たまには男らしいこと言いますね」

「美咲先輩、あたしも真琴先輩と同じ気持ちです。あたしが美咲先輩の為に何か出来るのなら、協力したいんです」


「あかりちゃんも……」


既に覚悟は出来ている。

その為の準備を、僕はずっと続けてきた。


「……本当にいいの?」


「ああ。そうじゃなきゃ、校則を破ってまでこんな所に来ない」


「当たり前です!あたしは先輩の為に調査をして来たんです。それに、行方不明者を探すって、一度やってみたかったんですよね!」


「しれっと怖いこと言うなよ」


「知ってます?一番怖いのって人間なんですよ」


ニヤニヤと笑うあかりを見て、美咲もどこか気が抜けたみたいだった。

そして改めて僕らに向き合うと、丁寧にお辞儀をする。


「……二人とも、ありがとう」


顔を上げた美咲は、はっきりとした口調で言った。


「……お願いします」

「一緒に、探して貰えませんか。十年前の、火災事件の真相を」


「ああ」


「任せて下さい!」


意外だった。

僕の他にも、美咲の為に動いていた人がいたとは。


正直悔しい気持ちもあるけれど、その反面、心強い気持ちもある。

警察を父に持つあかりが協力してくれるのなら、

先の見えない戦いに、僅かな光を見出すことが出来るかもしれない。


今の僕――

幼馴染である僕に、出来ること。


いや。

僕自身が、やり遂げたいこと。


その心は、いつだって変わらない。


それは、


安城美咲を、過去の鎖から解放してあげることだ。

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