第2章 羽島真琴と安城美咲

第7話「麗美学園の生徒会」

「あっれー? 真琴先輩じゃないですかー」


生徒会室には珍しく先客がいた。

いつもは僕が一番なのに、今日は生意気な後輩がいそいそと作業に取り組んでいるようだった。


「それはこっちの台詞だ」


「たまにはいいじゃないですか!私だって生徒会の一員です。真琴先輩の力になりたいんですから!」


「はいはい」


「あ、その顔は信じてないって顔ですね!?」


休み明けから騒がしい子だ。

その怒涛の勢いに、釣られてこっちまで笑ってしまう。


「今日は美咲先輩と一緒じゃないんですね」


「遅れて来るって言ってたな。何でも、先生に捕まってしまったらしい」


「えっ、なんかしたんですか、あの人」


「いや……」


バイトに明け暮れた結果、夏休みの宿題を完全に忘れていた……というのは、美咲の名誉の為に黙っておこう。

美咲の場合、言い訳じゃなくて本気で忘れてしまっている。

そんな抜けている所があるから、どうにも危なっかしい。


「まあ、色々あったらしいよ」


「あっ、またそうやって二人だけの秘密を作っていくんですね? 真琴先輩も隅に置けません。あかりちゃんは寂しいです」


"あかりちゃん"こと、安保木あかりは演技たらしく涙を拭う。

あかりが僕を揶揄うのはいつものことだ。

反応すると喜ぶから、それには反応してあげない。


「で、何してたんだ?」


机の上の資料に目を向ける。

そこにはB4サイズのルーズリーフが、無造作に置かれていた。


「夏休み中にまとめてきたことを整理していたんですよ。せっかくだから、ファイリングしておいた方があとで読みやすいかなって」


無反応の僕に不満げな態度を示しながらも、あかりは答えてくれた。


「生徒会の仕事なんてひとつも振ってなかったでしょ」


「ちっちっちーです。言われたことをこなすだけじゃまだまだですよ。自分で何かを見つけてこそ、一人前の大人になれるんです」


得意げに指を立てながら、相変わらず生意気なことを言う。


「そうですか」


僕も相変わらずの無視を決めて、その資料に手を伸ばす。

……が、


「ていっ!」


「痛っ!?」


伸ばした手を物凄い勢いで弾かれる。

してやったり、と何故かあかりは満足そうだった。


「百人一首じゃないんだから」


「まだ見ちゃだめなんですよ、それは。美咲先輩に見てもらう資料なんです」


「副会長より会長に見せた方が早いと思うんだが」


「あっ、知ってます!? そういうの職権乱用って言うんですよ!」


……面倒な後輩だ。


僕に文句を垂れながら、あかりはそそくさと資料を鞄に戻していく。

ファイリングをしていたというのは、どうにも本当のようだった。


「隠すくらいならここでやらなきゃいいのに」


「だって、先輩たちが来るとは思わなくて」


「生徒会の活動は毎日ある。休み明けだろうと関係ないよ」


「うわぁ、マジメだなぁ。今日くらい休んだって誰も文句言いませんよ。あ、あたしは言うかもですが」


「どっちなんだよ」


「あたしの生き甲斐は真琴先輩で遊ぶことですから。来たら来たで文句を言いますし、来なかったら悪評を広めるまでです」


「最悪だな」


別に褒めた訳じゃないのに、"あかりちゃんさいあく~”とあかりは楽しそうに笑う。

無敵の人だ。


「でも、来ないと思ったのは本当です。今日は2人で一緒に行く日だと思ってましたから」


「何の話だ」


「ま・つ・りー!ですよ!まつり!人形祭りです!」


あかりはそう言いながら机をバンバン叩く。

分かった。分かったから音を立てるのはやめてくれ。苦情が来る。


「人形流しな」


「祭りみたいなもんじゃないですか。みんな浴衣を着ていきますし」


人形流し。

この街に伝わる死者を弔う行事だが、それはあくまで参列者に向けた話だ。

身内で流す人形がなければ、感覚的に祭りと捉える人もいる。

どうやらあかりは、そっちの類の者らしい。


「ちゃんと美咲先輩は誘ったんですか?」


「いや」


「なんでですか!一緒に行くチャンスじゃないですか!」


「あのね、僕ら参列者からすれば人形流しは祭りじゃなくて行事な訳でさ。気軽に友達を誘っていくような場所じゃないんだよ」


「そういうのを言い訳って言うんです。誘わない理由を見つけて甘えているんですよ」


生意気な後輩は手厳しいことを言う。

それは一理あるけれど、僕の言うことも間違ってはいないはず。


「それに、言われなくても昔から一緒に行ってる。流れでどうとでもなるよ」


「そういうものですかねぇ。あっ、じゃあ、恋愛マスターのあかりちゃんが先輩に手ほどきしてあげましょうか!」


「あかりの恋バナなんて聞いたことないな」


「ええ、1回2万円ですからね」


「どういう意味」


あかりはピースを作りながら不敵な笑みを浮かべる。

……突っ込めば、きっとからかってくるんだろう。

どうせ恋バナ傾聴料とか、そんな所だ。


「先輩は美咲先輩のことが好きなんですよね?」


「さあね」


「ごまかすは認めたも同然ですよ」


「そういう訳じゃない」


「じゃあ、違うってことでいいんですね?」


「そうかもしれない」


「ハッキリしてください」


「いやです」


不毛な応酬がしばらく続く。

女の子というのは皆こういう話が好きなんだろうか。


「分かりました。じゃあもうあたしが勝手に決めます」

「真琴先輩は、美咲先輩のことが好きなんです」


「勝手に決めるなよ」


「いいえ、これは決定事項です。あかりちゃんが決めたのでもう確定です!」


生意気な後輩は「確定!」と謎の効果音を付ける。

どこで覚えてきたんだ、それは。

このまま応酬を続けたらとんでもない所まで話を進められてしまいそうだ。

ひとつ溜息をついてから、僕は何度目か分からない説明をする。


「正直僕も分からないんだよ。美咲とは幼い頃から一緒にいるから、そういうことを考えたことがない」


「ほう」


「ただ、嫌だと思ったことは一度もない。美咲が抱える問題があるのなら、僕も一緒に解決してあげたいとは思う」


「結論から言うと、先輩はとても優しいんですね」


「そんなつもりはないけれど」


「いいえ、十分に優しいです。優しくなきゃ他人の事情に首を突っ込んだりなんかしません」


そういうものだろうか。


「事情を知っているから、無視できないだけじゃないかな」


「それが、好きな証拠なんじゃないですか?」


「え?」


「美咲先輩のことが好きだから、何か繋がりが欲しいんですよ」


……そうなんだろうか。


「あんまり優し過ぎて、美咲先輩がいなくなっても知らないですよ」

「あの人、不思議な魅力がありますから。その魅力に気付かれちゃったら、他の男に取られちゃうかもです」


「中々想像がつかないな」


「ま、あとは先輩がどう思うかですね。美咲先輩がいなくなってもいいなら、きっとそこまでの関係だったってことでしょうし」


美咲がいなくなったら……か。


「言われてみれば、考えたことなかったかもな」


「相談料は2万円でお願いしますね」


あかりはニヤニヤとこちらの様子を伺いながら、

もう一度ピースを作った。


「このぼったくりめ」


僕は溜息交じりにそう言って、会長席に座る。

が、座ろうとした僕の椅子をあかりが勢いよく蹴り飛ばしてきた。


「なに!?」


椅子が大きく後ろに倒れる。

危うく尻餅をつくところだった。


「こっちの台詞ですよー。なんでこの流れで生徒会の仕事しようとしてるんですか!」


あかりはいつの間にか鞄を抱え、

帰宅準備万端!といった様子だった。


「行きますよ、先輩」


「行くって、どこに」


「決まってます。美咲先輩のところです」


「なんでそうなる」


「好きでもないのなら、緊張せずに誘えますよね。

人形流し、どうせ一緒に行くなら男から誘ってあげてください」


ぐいっと腕を引っ張られて、教室の外へと連れ出される。

ああもう、この後輩は本当に生意気だ。


「分かった。分かったから、腕を離して。自分で歩ける」


「ほんとですか? そんなこと言って、このあかりちゃんから逃げ出そうとするんじゃないです?」


「逃げ出したら何倍にもなって返ってくるのが目に見えてるよ」


「大正解です。先輩はあたしにも詳しいですね!」


「残念ながらね」


何が楽しいのか、あかりは僕との応酬にクスクスと笑みを浮かべていた。

はぁ……だから、誘わなくてもどうにかなるって言ってるのに。

笑ってくれるならいいんだけど、とりあえず言う事は聞いてくれませんかね。




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