失恋王女、大ピンチを迎える(2)
「どこもおかしなところはない?」
シャルロッテの言葉に、クラーラは大きく頷いた。それを横目に、王女は大きな鏡の前でぐるりと一回転する。
選んだドレスは、思った以上にシャルロッテを少し大人びた娘に仕上げていた。
「さぁ……行くわよ!」
握りこぶしを作って、シャルロッテは宣言した。そういう仕草は、年相応の少女っぽさが抜けていない。しかし、そのアンバランスさがまた魅力的だ。
クラーラは完全に王女びいきの感想を胸に、シャルロッテに向けて一礼した。
シャルロッテの居室では、王女の護衛騎士が支度が整うのを待っていた。少し緊張した面持ちの彼女を見て、二人が共に目を瞠る。
「……ど、どう?」
出てきた時は自信満々だったシャルロッテも、二人が無言で見つめてくるのに少し気後れしてしまった。意図せず上目遣いになり、ちょっとばかり震える声でそう問いかけると、はっとしたようにスヴェンが隣のランベルトをつつく。
ぼうっと王女を見つめていた黒髪の護衛騎士は、それではっと我に返ったようだった。
「おい、こういう時はパートナーのお前がまず褒めるもんだろ」
「わ、わかってる……」
ごにょごにょとスヴェンと言葉を交わして、ランベルトはひとつ咳払いをした。
「よくお似合いです」
「ほっ……ほんとに?」
自信なさげなシャルロッテの表情を見て、スヴェンは内心でランベルトに罵声を浴びせた。あまりにも言葉足らずである。ただ、よく見なければ判らないが、ランベルトの耳が赤いことは、彼の位置からだとよく見えた。しかし、シャルロッテからは見えないだろう。
それに、こういう時はもう少し美辞麗句を連ねるものである。が、ランベルトにそれを求めるのは酷か、と思いながら、スヴェンは後を引き継いだ。
「ええ、随分と大人びて見えますよ――驚きました。まったく、エスコート役が羨ましいくらいです。今から交代は――いてっ」
調子に乗って褒め称えようとしていたところで、隣の護衛騎士に足を踏まれて、スヴェンは笑みをひっこめた。
「交代などするものか」
「あほか……本気にするな、出来るはずがないのは判ってて言ってんだよ」
涙目でそう答えるスヴェンの姿に、シャルロッテが吹き出す。
「ふふっ……あははは! やだもう……二人とも、ありがとう。少し緊張していたけど、すっかりそれもほぐれたわ。――さ、行きましょうか」
「はっ」
ランベルトが、すっと腕を差し出す。優雅にその腕を取って、シャルロッテは胸を張って歩き出した。
堂々たる王女ぶりに、クラーラはすっかり感激している。それを横目に、スヴェンは口を尖らせた。
「わりとマジで痛いんですけど……」
「普段の行いでしょう」
クラーラにさくっと断じられて、スヴェンは不満顔で二人の後を追いかけた。
ハウスクネヒト公爵家の夜会、それも今シーズン最後の大きなもの――ということもあって、会場はやたらと人が多い。
シャルロッテとランベルトは、その混雑の中にあって、やはり注目を集めていた。
ただ、それが好意的な視線であることが、二人にとっては幸いである。お蔭で、シャルロッテは少しばかり心の余裕を取り戻していた。
受付を無事に済ませ、広間の入り口へと向かう。
「さて……まずはハウスクネヒト公爵にご挨拶しなきゃ」
「はい。しかしさすがに、今日は人が多いですね……シャルロッテ様、お気を付けて」
きょろきょろと辺りを見回すシャルロッテに、ランベルトがそう声をかける。それに一つ頷いて、シャルロッテは会場内へ足を踏み入れた。
ハウスクネヒト公爵家は、シャルロッテの父の妹であるドロテーアの嫁ぎ先である。したがって、公爵夫妻は彼女にとって叔父叔母に当たるため、親交はそれなりにあるほうだ。ただ、先だって従兄であるエーミールと派手にやりあってしまったため、少し顔を合わせにくい。
しかし、主催者に挨拶をしないわけにもいかず、シャルロッテは並み居る参加者をかきわけて、二人の姿を探していた。
「これは、シャルロッテ殿下――おいでいただき光栄です」
「ああ、ハウスクネヒト公爵。ご挨拶が遅くなりました……」
こちらが姿を探していたように、どうやら相手もこちらを探してくれていたようである。おだやかな笑みを浮かべるハウスクネヒト公爵ヘルベルトと、その妻ドロテーアの姿を認めて、シャルロッテは礼を取った。
そうしながらも、素早く二人の周囲に目を走らせる。しかし、エーミールは一緒ではないようだった。
仮にも、嫡男である。姿がないことを訝しむシャルロッテに気が付いたのだろう。ヘルベルトが苦笑を浮かべた。
「あいつには、ちょっと灸をすえているところでして……まったく、困ったものです。そもそも、コルネリア嬢のことすら正式には紹介されていない始末で……」
「ごめんなさいね、シャルロッテ。それに、ヘルトリング様も……うちの息子がご迷惑をおかけして」
二人から頭を下げられて、シャルロッテとランベルトは慌てた。こちらこそ、申し訳ない限りである。しかし、面と向かってはそうも言えず、シャルロッテは微笑みを浮かべた。
「お気になさらないで、叔父さま、叔母さま」
敢えて、いつも通りの呼び方でそう言うと、二人はほっとしたような表情を浮かべた。主催者として忙しい中、わざわざシャルロッテたちを探していたのは、やはりエーミールの事を気にしていたからのようだ。その後は、お互い当たり障りのない話題に終始する。
「そうだわ……ねえ、シャルロッテ、お願いがあるのだけれど」
「ドロテーア叔母様、改まってどうなさったの」
その途中、いいことを思いついた、と言わんばかりの表情を浮かべて、ドロテーアがシャルロッテの袖を引いた。彼女からの頼み事など、珍しい。
「あなたの護衛騎士――ヘルトリング様に、最初の一曲のお相手をお願いしたいのよ」
「ランベルトに?」
王女と護衛騎士は顔を見合わせた。普段であれば、ランベルトの役割は護衛であるから、ダンスを踊ったりはしない。が、今日はシャルロッテのパートナーとして参加している。これまでには申し出はなかったが、開幕の一曲で主催者の相手をつとめるのには、最適な人材と言えた。
エーミールがいれば、もちろんエーミールが相手をつとめたのだろうが――半分はシャルロッテのせいで不在なのである。断るのも気が引ける話であった。
「ランベルト、お願いできるかしら……」
ドロテーアだけでなく、シャルロッテからもお願いされて、ランベルトは迷った。できれば、シャルロッテの傍からは離れたくないのが本音である。護衛として会場入りしたはずのスヴェンは、既に姿を消している。いつものことだったが、自分がいるから問題ないと思っていた。
しかし、そのシャルロッテの頼みとあれば頷かないわけにはいかない。一瞬の逡巡ののち、彼は不承不承頷いた。
「ごめんなさい、ランベルト」
「いえ、私でお役に立てるのでしたら――ただ、シャルロッテ様、私が不在の間は」
「大丈夫よ、スヴェンも会場のどこかにいるでしょう。それに、叔父さまが主催の夜会ですもの。――にいさまも、いないようだし」
安心させるように微笑んで、シャルロッテは付け加えた。
「その後は、私とも踊って頂戴ね」
「もちろんです」
少し緊張気味の顔でそう請け負うと、ランベルトは傍の給仕から飲み物を受け取り――中身も確認せずに飲み干した。
どうやら相当緊張しているらしい。シャルロッテは、顔をしかめるランベルトを見て、くすくすと笑い声をあげた。
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