閑話 護衛騎士の焦り
何がどうなっているんだ……!
ランベルトは混乱の極みにいた。
――たった二日で、何があったというんだ。
シャルロッテからとんでもない話を聞かされ、これまたとんでもない提案をされたランベルトは、半分呆然自失の態で再び休暇を願い出た。
王女の提案を伝えるため、というのが建前だが、とにかくこの事態を一刻も早く打破するのが目的だ。さすがに今の話を聞かされれば、彼女も覚悟を決めるだろう。
そうでなければ困る。
「……殿下に、彼女のことが知られていた!」
「殿下に? なんでまた……」
護衛騎士の控室に、半分殴り込みのような気分で向かうと、ランベルトは開口一番、半分怒鳴る様にそう言った。その勢いに驚いて、隊服のまま寝台に転がっていたスヴェンは、がばりと起き上がると眉根を寄せる。
「わからん……休みをいただく前まで、そんな様子はかけらもなかったのに。何か変わったことがあったか?」
「うーん……落ち込んでいたところをお慰めはしたが……って、おい、睨むなよ! 話を聞いただけだから」
つい二日前まで浮かれていたところに水を差されたばかりか、とんでもない事態に陥っているランベルトである。
そんな状態で、スヴェンから意味ありげな言葉を聞かされて、思わず殺気立ってしまう。爛々と光るランベルトの蒼い瞳に、それを感じてぞっとした茶髪の騎士はあわててぶんぶんと手を振った。
ちょっとからかったくらいで刃傷沙汰になりかねない顔をしている。まさに、触らぬ神に祟りなし。くわばらくわばら。
首をすくめてしばし考え込んだスヴェンは、すぐに一つ思い当たって口を開いた。
「変わったこと……ああ、あの手紙……」
「手紙? どんな手紙だ?」
「さぁ、内容までは。確か、差出人はユリアーナ嬢になっていた。白い封筒で……ただ、妙なことに、殿下はその手紙を読むと『返事を書くから』とお人払いなさったのに、結局返信を書いていない様子だった」
どうにもそれから殿下の様子がおかしくてな――と続けたスヴェンは、はっとしたようにランベルトの顔を見る。
「それだ……」
「だろうな。だが、誰が、何のために……?」
「さあな。とりあえずその辺も調べてみよう。手紙を入手できればいいが、それは難しいか……。それにしても、だ」
ランベルトは、整えられた髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。憤懣やるかたない、という表情で言葉を続ける。
「よりによって、あいつを、俺が囲ってると思われてるんだぞ……!」
絞り出すようなランベルトの声に、スヴェンは一瞬目を丸くした後、大爆笑した。ひいひいと苦し気な息をついて笑い転げる彼を、ランベルトが怒鳴りつける。
「笑い事じゃない……!」
「いや、すまない、いや、だってなぁ……」
よりによって、囲っているとは、と呟いたスヴェンが、もう一度吹き出す。笑うな、とばかりにランベルトが睨みつけてくるが、スヴェンはそれからしばらくの間、腹を抱えて寝台の上を転げ回っていた。
きっと、手紙にそう書いてあったのだろう。素直に信じてしまう辺りが、シャルロッテの可愛くて――うかつなところである。スヴェンは主に対して失礼極まりないことを考えたが、おそらくランベルトも冷静になれば同じように思うだろう。
「――とりあえず、リヒャルト殿下にはお前から話しておいてくれ。俺は、今日の当番が明け次第また向こうへ行ってくる」
「へえへえ……今度こそ頷いてくれるといいねえ」
笑いをおさめたスヴェンにそう告げて、ランベルトは再びシャルロッテの元へと戻った。正直なところ、早く彼女のところへ行きたい。が、職務はおろそかにできない。
微妙な空気の中、ランベルトはいつも通り部屋の隅に陣取る。シャルロッテの護衛騎士になって初めて、時間が早く過ぎ去ることだけを祈っていた。
「――というわけで、そろそろ、頷いてくれないか」
王都のはずれに、その家はある。貴族の邸ほどではないが、ほどほどに広く、瀟洒な造りをしたこぎれいな一軒家だ。
その一室で、ランベルトは一人の女性と向かい合わせに座っていた。
ダークブラウンの髪を腰まで伸ばし、無造作にひとくくりにしたその女性は、口元を軽く押さえて笑いをこらえている。
「まぁまぁ、シャルロッテ殿下はなかなか面白いことをお考えになるわね」
「面白い、じゃないですよ!」
彼女が相手でなかったら、きっと机に拳くらいは叩きつけていたかもしれない。怒りを籠めたランベルトの視線を、女性は微笑んで受け流している。
「ねえ……もうそろそろいいでしょう? あれから何年たったと思っているんです」
「うーん、そうねえ……」
ちらり、と見た窓の外、柵を張り巡らされた庭では、黒髪の子どもが遊んでいる。
「あの子が五つだから……五年は経ったのね」
「……もう、充分でしょう」
ランベルトの言葉に、女性は困ったような笑みを浮かべる。
視線を感じたのだろうか、その子どもがこちらを振り返った。にこにこと笑顔を浮かべ、大きく手を振っている。
こぼれそうなほど大きな蒼い瞳が、太陽の光を反射してきらめいていた。
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