失恋王女、首を傾げる(2)

 社交の舞台は、何も夜会ばかりではない。今日のシャルロッテは、母である王妃主催のお茶会に出席を求められていた。

 それも、これまで出ていたような私的で小規模なものではない。王妃の名前で開催される、公式で大規模なものだ。とはいえ、堅苦しい席というわけでもない。これまでよりも、出席者の平均年齢があがるくらいのものである。

 国内も安定している今、気楽に出席できる――と、思っていたのだが。

 シャルロッテは、背後と自分とを行き来する視線を、うんざりした気分で受け止めていた。

「殿下、お顔がひきつってますよ」

「……見えてるの?」

「いえ、なんとなく、勘で」

 小声でそう注意してきた茶髪の護衛騎士に、王女もまた小声で返す。扇子の奥に隠された口元が動くのは見咎められなかったとは思うが、どうもこの、好奇に満ちた視線が痛い。

 しれっとした口調のスヴェンに、シャルロッテはこっそりため息をついた。笑顔が引きつっているであろうことは、シャルロッテ自身も自覚している。

 うっかりしていたが、社交界で噂話に花を咲かせているのは、もちろん若い女性ばかりではない。今日お茶会に参加する夫人たちの多くもまた、御多分に漏れず噂話が好きな方々である。おそらくこの場で噂の主――王女と黒髪の護衛騎士の姿を見るのを楽しみにしていたに違いない。

 シャルロッテとスヴェンを行き来する視線は、あからさまではないものの残念と言った空気を醸し出していた。もちろん、それについて直接何かを言うような人たちでないことだけは、唯一の救いである。

「……今日、ランベルトがいた方が、噂は盛り上がったかもしれませんね」

「それはどうかしら」

 あまり盛り上がりすぎると、こちらの収拾が付かなくなるのではないか。それも困ると思うのだけれど、と口には出さずシャルロッテは微笑みながら考えた。

 ――その辺り、お兄さまはどう考えているのかしら。

 以前にも、ちらりと考えたことが頭を過る。

 あまり、ランベルトの迷惑になるようなことはしたくない、とは思うのだけど。

 シャルロッテの胸中は複雑である。折角恋人役をしてもらっているのだから、甘えてしまいたい乙女心と、彼の迷惑になりたくない、という気持ちが常にせめぎ合っている。ふう、と肩をすくめた彼女の背後で、スヴェンが笑ったのが気配で分かった。

「――大丈夫ですよ、殿下。とことんやって」

「本当に大丈夫なんでしょうね……」

「大船に乗ったつもりで、任せておいてください」

 思わずちらりと振り返った先で、スヴェンが器用にも他の参加者から見えない角度でウインクを送ってくる。それに半眼を返して、シャルロッテは夫人たちの会話の中へ入っていった。


 スヴェンの言っていた通り、ランベルトは夕刻前には姿を現した。妙に疲れて見えるのは、おそらくシャルロッテの気のせいではないだろう。

 いつもならどうしたのか尋ねるところなのだが、今日のシャルロッテはなんとなくそれをためらった。

「ただいま戻りました」

「ご苦労さま」

 ついそっけない返事になってしまい、臍を噛む。こういうところが自分の可愛くないところだ、とわかっているのに。

 そんなシャルロッテの様子に、ランベルトも戸惑い気味だ。

「気にするな、ランベルト。殿下はそりゃもう寂しがっておられたぞ」

「なっ……ス、スヴェン!」

「シャルロッテ様……」

「べ、別にそんなこと……っ」

 つん、とそっぽを向いてみるものの、実際のところスヴェンの言う通りなのだから仕方がない。ついそわそわしてしまって、スヴェンにもクラーラにもにやにやした笑みを向けられたのは、記憶に新しいついさっきの出来事だ。

 しかし、そんなことを言われても困るだろう、と思ったランベルトは、意外にもシャルロッテに向かって笑顔を浮かべた。

「シャルロッテ様、明日からはまた、お傍におりますので」

「だ、だから……っ!」

 慌てて弁明しようとするシャルロッテと、それを前に微笑むランベルト。それを見る二人の視線が生温くて、シャルロッテは再びぷいと顔をそむけた。


「毎回薔薇園と言うのも、なんだか芸がないのではない?」

 翌朝、朝食会からの帰り道のことである。シャルロッテの提案に、ランベルトが首を傾げた。

「しかし、あそこが一番効果的だと、リヒャルト殿下もスヴェンも申しておりましたが……」

「効果的って。まあ、確かに人目にはつきやすい場所なのだけれどね。あんまりにもワンパターン過ぎないかしら」

 ふうむ、とランベルトは口元に手を当てると宙を見上げた。そのまま、何事か考えている様子で黙り込む。

 薔薇園と言えば、王宮内屈指のデートスポットである。というか、それ以外には無いに等しい。考えてみれば当たり前だ。

 王宮とは、王族の住まいであると同時に、一国の政治を行うための機関でもある。恋人たちの逢瀬であれば、それなりにそれなりのスポットがあるものだ。王宮外に。

 しかし、王女であるシャルロッテが外出するとなれば、二人きりというわけにはいかない。護衛騎士であるからには、当然着いて行くことになるが、近衛隊も引き連れた大所帯になるだろう。さすがにそんなことはさせられない。

 シャルロッテも考えてみたものの、元々の知識が不足しているため、代案は浮かばなかった。

「……あまり、気は進みませんが」

 しばらく黙って考え込んでいたランベルトが口を開く。

「殿下――あ、シャルロッテ様。デート、というにはいささかアレな場所ですが……」

「アレ……?」

「んんっ、いささかむさくるしいというか、シャルロッテ様をご案内するような場所でもないのですが……」

 思い付きはしたものの、本当に気が進まないらしい。珍しく言いよどむランベルトを、首を傾げてじっと見つめると、彼は観念したように口を開いた。

「騎士の修練場を見学なさいませんか? その……たまに、ですが見学に来ている方がいることもありますので……」

「修練場?」

 言われてみれば、敷地内に騎士の駐屯所があったはずだ。ということは、その近くには彼らが鍛錬するための場所があるのが道理である。しかし、シャルロッテは未だそれを見学したことがなかった。

「まぁ……! いいの? ええ、ぜひ行ってみたいわ……ランベルトが剣を振るっているところも見られたりするかしら?」

「シャルロッテ様がご希望とあれば、もちろん」

「初めてだわ……! ありがとう、ランベルト」

 目を輝かせたシャルロッテを、眩しいものを見るような目で見つめて、ランベルトは頷いた。

 頬を染めてうれし気な表情を見せるシャルロッテと、それを暖かく見つめるランベルト。その姿は、意図せず二人の間に親密な空気を作り出す。スヴェン辺りが見れば、苦笑を浮かべるレベルである。


 そんな彼らを、物陰からじっとりとした視線が伺っていた。特徴的なプラチナブロンドの青年は、その若葉色をした瞳に今は仄暗い感情の色を浮かべている。

「……くそっ」

 足元にあった小石を、やけくそ気味に蹴りつけた音に気が付いたのか――蒼い瞳がそちらを向いた。

「チッ……」

 舌打ちの音を残し、彼は一瞬その瞳を睨みつける。しかし、それ以上言葉を発することもなく、その場から身をひるがえして木立の奥へと姿を消した。

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