失恋王女、首を傾げる(3)
修練場は、活気にあふれている。シャルロッテは物珍し気に周囲を見回した。
近衛隊の駐屯所も兼ねているという建物は、意外にも少し小さい。これが、王国騎士団のものになると、もっと大きいのだとランベルトは解説した。これは単純に「隊」と「団」の規模の違いであり、特別に意味はない。
その建物の中を通り抜けて扉を開けると、そこにはいくつかベンチの置かれた場所があった。屋根の下になっており、隊員の家族や招待された見学客などは、こちらで鍛錬の様子や模擬戦などを見ることができるのだという。その前には柵が設けられており、更にベンチがいくつか置かれていて、そこは休憩所になっていた。
「こんなに近くで見られるのね……」
「まぁ、実際に使われることはあまりないのですが……おい、誰か隊長を呼んでくれないか」
シャルロッテを席に案内したランベルトが、近くにいた隊員に声をかける。ランベルトよりもいくらか若い、そばかすのある青年が「はい!」と元気よくそれを受けて、建物の中へと走っていった。
程なくして戻ったその青年は、カスパルという名らしい。そのカスパルに連れられてきた壮年の騎士は、シャルロッテを認めると相好を崩した。
「アル……バウムガルト隊長、お久しぶりね……!」
「おや、シャルロッテ殿下のお出ましでしたか。そうと知っていれば、もう少し身なりをマシにしてきたのですが」
「いいのよ、いつだって素敵よ」
くすくすと笑うシャルロッテに、近衛隊長アルブレヒト・フォン・バウムガルトは頭を掻いた。
「しばらくお会いしないうちに、口がうまくなりましたな。それに、お美しくお成りで」
「まあ、相変わらずお上手ね。スヴェンはあなたの薫陶を受けていると見たわ」
アルブレヒトは、以前はリヒャルトの護衛騎士を務めた経験もあり、シャルロッテとも旧知である。隊長に就任してからは、実務よりも隊をまとめるための職務をこなしており、会うことは稀になっていた。
再会を喜ぶ二人を前に、ランベルトは少し渋い顔をしている。
「隊長、今日は殿下に修練場の見学を許可願いたいのですが……」
会話が途切れたところを見計らい、ランベルトがそう声をかけると、アルブレヒトはからからと笑った。
「もちろん構わないさ、殿下、ごゆっくりどうぞ。ランベルト、お前もその雄姿を見てもらえ。誰かに相手をさせよう」
「……ありがとうございます」
少々不服そうな調子で応えるランベルトに、アルブレヒトはにやりと笑った。
「……なんなら、俺が相手をするか?」
「滅相もない……! 隊長はどうぞ、お仕事の続きを。それよりも、シャルロッテ様のお傍に誰かお願いしたいのですが……」
「なら、カスパルと……おい、ヴィルマー!」
アルブレヒトの大声に、遠くで走っていた茶色い髪の青年が飛び上がる様にして戻ってくる。
「二人とも、訓練中に悪いが殿下のお傍に付いていてくれ。殿下は護衛騎士の鍛錬風景をご所望だ。」
「あの、ごめんなさい、お邪魔をしてしまって……」
目を丸くして彼らのやり取りを見ていたシャルロッテが、慌てて謝罪をする。それに、アルブレヒトは軽く手を振った。
「いやいや、お傍にいる騎士の実力を見たいのは当然です。もっと早くにご招待すべきでした」
こういわれてしまうと、見せつけるためのデートの一部だ、などとはとてもじゃないが絶対に口に出せない。そういえば、社交界では随分噂になっているが、騎士たちはランベルトとの噂について知っているのだろうか。にわかにそれが気になって、シャルロッテはそわそわしてしまう。
「では、私はこれで。できればお傍で共に居たいところなのですが……ああ、ほら、護衛騎士殿が睨んでいる。早々に退散いたしましょう」
含みのある笑いを浮かべて、アルブレヒトは傍の二人に声をかけるとそのまま建物の中へと戻っていった。
これは、絶対に知っている。シャルロッテは、引きつり笑いを浮かべながらその後ろ姿を見送った。
がきん、と剣撃の音が耳を打つ。ランベルトの黒髪が、その動きに合わせて風を含んで揺れていた。その姿に、シャルロッテはため息をついた。かっこいい。最高にかっこいい。口には出せないが、思わずじっと見つめてしまう。
対するのは、ランベルトよりもいくつか年上の近衛隊員だ。ユリアン、という名のその青年に、シャルロッテは見覚えがあった。リヒャルト付き近衛隊の一員で、第一班の所属――ということは、それなりの使い手のはずである。
平和な時代にあって、シャルロッテがその腕前を実際に見ることはほとんどないと言って良い。しかし、目の前で打ち合わされる剣と剣は、その道に疎いシャルロッテの目をもってしても凄いの一言であった。
思わず握った手に、汗がにじむ。二人から目を逸らすこともできず、シャルロッテはごくりと唾を飲み込んだ。
ランベルトが一撃打ち込めばそれを防がれ、逆に打ち込まれればそれを躱す。わずかな隙も見逃さず、互いに攻撃の手が緩むことがない。
「す、すごい……」
「ランベルトさんも、ユリアンさんも、かなりの使い手ですからね……僕も良く、稽古をつけていただいています」
「一本も取れた試しはないですが……」
同じように見入っていたカスパルとヴィルマーが、シャルロッテの呟きを聞いてため息とともに口にする。その間にも、三人の視線は二人の打ち合いに向いたままだ。
ユリアンの鋭い打ち込みを、ランベルトが後ろへと飛び退って避ける。その瞬間、足元の砂に足を取られたのか、左足が僅かに滑った、ように見えた。
「あ――」
シャルロッテが声を上げそうになった時、ランベルトの視線が一瞬シャルロッテに向いた。いつもの穏やかな蒼ではなく、ぎらぎらとした視線がシャルロッテを貫く。
「余裕だな……!」
その視線の先に気付いたのか、いら立ったような一言を発したユリアンの剣が、ランベルトを捕らえた――と思った瞬間、またがきんと重い音がこだまする。防いだ剣でそのまま巻き込むようにして刃を滑らせ、ランベルトはユリアンの剣を弾き飛ばした。
からん、と自重で剣が落下する。それを見て、ユリアンはため息とともに両手を上げた。
「……チッ、相変わらずだな」
「お相手ありがとうございます」
舌打ちと共に肩をすくめたユリアンが、ランベルトに手を差し出す。それに手を差し出して握手に応じたランベルトの顔が、わずかに歪んだ。
「ってて……あなたも、相変わらずだ」
「ふん……」
離した手を今度はパンと打ち合わせ、二人は笑い合った。はらはらとその様子を見ていたシャルロッテが、目を丸くする。
「ああ、シャルロッテ殿下はご存知ありませんでした? あのお二人、兄弟弟子なんですよ、ランベルトさんのお父君の」
「え、ええ……?」
談笑しながら戻ってくる二人の騎士を見て、シャルロッテは再び困惑の声を上げた。
「どうです、殿下――ランベルトの腕は確かでしょう」
「え、ええ……ユリアン、礼を言います。あなたも、見事な腕前でした」
「お褒めに預かり恐縮です」
渡されたタオルで汗をぬぐいながら、朗らかにユリアンが応える。その姿には、先程まで剣を振るっていた時の鋭さはかけらもない。ほんわかとした笑顔は、隊服を着ていなければ騎士には見えないほどだ。
「おい、ユリアン……シャルロッテ様にあまり近づくな」
「おーこわい。嫉妬深い男は嫌われるぞ」
「なっ……!」
同じく汗をぬぐっていたランベルトが割って入ろうとすると、ユリアンは微笑みながらするりと躱した。そんな二人の姿に、シャルロッテは思わず笑いだしてしまう。
そんなシャルロッテを見て憮然とした表情を浮かべ、ランベルトは天を仰いだ。
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