両親に憧れたアイドル 並木万理華の場合
「わたしは、両親がデザイナーでした。私も将来デザイナーになりたくてこの世界で勉強のために参加しました。でも今では私はデザインのことだけでなく様々なことを学びました。そしてデザインだけでなくほかにやりたいことが増えました。」
そして彼女は何かを決意した顔で言った。
「だから私は新しい一歩として、ここを旅立ちます。ここを巣立って自分のチャレンジしたことをします」
彼女は並木万理華
だれよりもデザインに取り組み、アイドルらしからぬ感性とセンスで認められてきた才能の塊。その才能は、デザインだけでなく芝居でも光るものを持っていた。
私はアイドルに憧れていたわけではなかった。
父は建築のデザイナー、母はファッションデザイナーという家庭で育った私にとってデザイナーというのはとても当たり前の職業で私が目指す夢であった。けれど、母に勧められ始めたバレエやピアノがとても楽しく私はやりたいことがたくさんあると思った。そしてある日芸能事務所にスカウトをされた。最初はほかにやりたいことがあるからと思っていたけれど新しいことに挑戦してみるといいといわれ芸能事務所に所属し地方で活動するアイドルをしてきた。
しかし、簡単に売れるはずもなく、本当にやりたいことができるわけでもなく苦しい日々を過ごしてきた。
そんなある日私に母が持ってきたのは有名プロデューサーが手掛ける新規アイドルプロジェクトのオーディションの話だった。
有名プロデューサーか手掛けるだけに応募人数は多く同じ事務所から何人もの人が受けることを聞いた。
私は最初乗り気ではなかった。けれど母が
「この人の元で頑張ればやりたいこと全部できるよ。その分死ぬほど努力しないといけないけど。何もかもを捨てて入る覚悟がいるよ」
と言った。
多分母は本当にしたいことに対して全力でしてきたのだろう。夢を叶えた大人からの言葉とても重いものだった。
私は数日間考えた。
受けるかどうかなんて決めるのは簡単だ。受けるだけでいい。けれど私はなぜか躊躇をした。
「夢を叶えられるのは一握りの人間だけ。それも目の前の困難に逃げずにきちんと自分と向き合いながら戦ってきた人だけ。あなたにはそれができるの?」
私は何も答えられなかった。
「締め切りまであと1週間あるわ。その間に覚悟をきめなさい。夢を叶えるかあきらめるか。多分ここからあなたの夢に向かうのが簡単な道だから。私はこの道を勧めるわ」
私は迷った。授業の合間も登下校の間も、夕食の時も。
前に進むためには必要なこと。けれど挑戦するにはあまりにも壁が大きいように感じてずっと躊躇してしまっていた。
締め切りが後2日で終わってしまうという土曜日。その日は珍しく母が仕事の見学をさせてくれた。
その日の仕事は、とあるアイドルのグラビア撮影だった。
母は基本としては、デザイナーとして会社で仕事をしているがその日は珍しく撮影現場で衣装に関して口をだしていた。
自分が担当したものが雑誌に載るから確認しておいてほしいといわれたそうだ。
母は嬉しそうに仕事をしていた。そんな母を見ることが新鮮で私はずっと見惚れていた。
そして今日の主役が登場した。上着を羽織り、全く臆することなくスタッフ全員に挨拶をして回る少女。影山桜。孤高のアイドルと言われる彼女が今日の主役だった。
彼女の撮影は圧巻だった。カメラマンが求めるポーズをどんどんしていき、思わず見惚れてしまうようなポーズすらも平然とこなしていく。
すべての撮影が終わったのは2時間後だった。
私にとってその2時間はあっという間のものだった。ある種彼女のカリスマが見せたマジックだったのかもしれない。
撮影が終わり少し休憩をしていた彼女に私は話しかけることができた。
「あの、」
「なに?」
「すごかったです。その撮影。なんというか、熱量というか、雰囲気が」
「なにそれ、そんなの当たり前じゃない。今この場にいるのは人を楽しませること、感動させることのプロよ。それに何かをつくることが好きな人間ばかりだわ。例え短い時間であっても作ることだけに関しては本気になれる。そんな人間ばかりなのよ。熱くならないわけないじゃない」
「あ、そ、そうですね。あははは」
「あなたにはないの?熱くなれるもの」
「私は、まだないですね」
「そう。つまらないわね」
そういって彼女はスタジオを後にした。
私は悔しかった。好きなもの、熱くなれるものがあることをはっきりと言えなかったこと。何より自分の夢を自分が否定してしまっていることを
私はその場から動くことができなかった。
しばらくして、母が声を掛けてきた。
「どうだった。あの影山桜は」
「すごいね。私にはまねできないよ」
「そうかもしれないわね。でもあなたが望むものとはちがうんじゃない?」
「えっ」
「確かにあの子は人を惹きつける何かがある。けれど、あなたにもそれは確かにあると思うわ。私の直感だけど影山桜はもう長くない。アイドルとしては売れっ子だし、間違いなく天才だわ。けれど、多分それだけ。アイドルでなくなった時彼女は間違いなく苦悩する。けれどあなたはちがうと思うの。アイドルとしてはダメかもしれない。けれど何か違うことで大きくなれる気がするわ。親バカかもしれないけど。だからね私はね、あなたにその準備をしてほしいの。進んでほしいの。これからもっと大きくなるために」
バタバタバタ
周りでは後片付けをしている音が大きく聞こえる。
そう言って母は笑うと
「あの影山桜を越えれる人間にあなたはなりなさい。そして越えてから誇りを、プライドをもちなさい。誰でもないあなたのために」
私は、その言葉で覚悟を決めた。
誰でもない私のために。そして期待してくれる母のために輝いていきたいとそう思ってしまったから。
「ねえ、お母さん。私受けるよオーディション。どうなるかなんてわからないけど。たぶんそうしないと何にも変わらない。何もできなくなるから。」
私はそうしてオーディションを受け無事に合格した。
けれど、そこから待っていたのは地獄だった。
運営による選抜制度。メディアに出演する人数は限られてるからそのために選抜制度が設けられた。基準は握手会、ダンス、歌、その他細々とした評価の元で決められていく。
何より残酷だと思ったのが選抜の発表を冠番組で、しかも一企画として発表するということだった。
その時間はとても苦痛だった。
誰しも注目を浴びたいと思っているし、負けたくないと思っていた。けれど私が思っていたのは
「こんなところまでわざわざ撮影しなくても」
ということだった。
注目を集めるためにも、ということなのかもしれないが、私はあまり納得というか賛同することができなかった。だからなのか選抜に選ばれることはなかった。
そんな時に2枚目のシングルである出来事が起こった。
それは1人1人にスポットをあて、PVのような映像をつくるということだ。その映像をCDの特典映像とするとなったのだ。
それまで、注目をされることすらなかった私は、才能を一気に開花させた。
誰もが自分を表現するのが難しいと思っている中で私だけは自分の持つ世界観を表現することができた。
それはただのムービーだった。
セリフはほとんどなくただ学校生活のような風景を切り取っただけの映像だった。
それは、アイドルという存在も、同じ人間で誰しも同じような学校生活を送っているというものだった。
ファンの間ではそれが良い評判となり、私は映像の面において誰にも負けない注目を浴びることとなった。
私は毎回個人PVにおいてチャレンジを続けた。
ある時は歌いながら歩くだけの映像にしたり、ある時は一人でお芝居をしたり、誰かはできるだろうけど誰もしないようなことをし続けた。
グループ内で大きな注目を集めるためには、私はそうするしかなかったのだ。
その努力は実った。私はとある映画の主演に抜擢された。
あまり大きい規模で上映されるものではないが、界隈では有名な監督が手掛けるホラー映画だった。
結局は大ヒットとは言えなかった。けれど私はその時の監督さんに認められた。それから端役から主役まで、大小は問う時はあったけれど様々な時に呼ばれるようになった。
グループ活動でも私は表現者となった。番組の企画でスキットを演じた時には、全員のお手本として演じたり、その時のゲストとして来ていた舞台の演出家の人にはアドリブを振られたりもしていた。
私は、その撮影の後、グループを卒業することが頭の中をよぎった。
グループにいればまだいい仕事がもらえるかもしれない。けれどどこか色眼鏡がついてしまうことは嫌だった。それに私としてきちんと見てもらえることを私は望んでいた。
その頃から、私はデザインにも興味を持ち始めた。映像のクリエイターからデザイナーまで様々な視点を持つ人たちとインタビューをする機会を得たころからだった。
そして絵を描いてブログに載せるようになった。服をリメイクしたものをブログに載せるようにした。ただ私の持つ世界を表現していった。やがて、事務所から大きな話がきた。
「並木さん、個展を開催しませんか」
それは、私の世界が認められた気がした。私の世界が、表現が1つの形になったものだと感じた。断る理由なんてない、そう思ったから
「ぜひ、やりたいです」
と即答した。
”並木万理華個展開催”
その見出しがネットニュースに上がった。
私はそれが夢のように思えた。正直目立ったこともあまりなかったからネットに個人の名前でニュースになるということ自体始めてだった。
だからこそうれしいという感情とともにプレッシャーを感じるようになった。
結果として個展は大成功だった。ファンの方だけでなく、絵やデザインに興味・関心のある人もたくさん来てくれた。
そして、グループで展示会をすることになりその展示のプロデュースをしてもよいということにもなった。グループの中では目立てない私でも目立てる場所があることがわかってとてもうれしかった。
「個展に展示会のプロデュース、あなたはまるでプロデューサーね。自分のことはプロデュースはできていないけど、でもまぁ面白から好きよあなた。このグループの中ではね」
テレビ局ですれ違った女性に言われた。
振り返えると影山桜の姿がそこにあった。
完璧と言われる天才アイドル。
彼女の生き方は私には辛すぎる。
本当の自分を表現できず、誰にも理解されず。
それでもこの世界で生きていく。
それはまさに茨の中に咲く薔薇のようだった。
個展やグループの展示会のレイアウトの考案を通じて私はクリエイターとして生きていきたいと思った。
その時、私はグループからの卒業を考えた。
私がやりたいと思ったことはすべてやり切った。
これからは私の私だけの道だ。
そのための準備は整った、アイドルという枠組みをすてもっとたくさんのことを勉強しよう。
そう思ったからだ。
アイドルになることを勧めた母に相談をしたら、
「あなたの道よ、好きにしなさい」
と言われた。
もう子供じゃない。
言外に母からそう言われた気がした。
自分の道は自分で決める。
そうやって生きていくことが大切とも。
アイドルという夢から醒め、新しい夢を見よう。
「私は、はじめは一人のアイドルに憧れました。
けどその窮屈さは、大変だとも感じました。
私は私のやりたいことをやりきりました。
ここでできることはもう何もありません。
だから私は新しい一歩として、ここを旅立ちます。
ここを巣立って自分のチャレンジしたことをします」
彼女が作ったものは新しいアイドルの可能性かもしれない。
けれどそれを続くものはなかなか現れないだろう。
それほどに世間に衝撃を与えれるものではなかったからだ。
目指したアイドル ロッソジア @Rossojia_Ryusenji
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