甘い気持ちで入ったアイドル界 斎藤朱音

「私は昔からなんでもできた」


 最初は軽い気持ちだった。母が勝手に応募した国民的アイルドルグループの2期生オーディション。受かるなんて思っていなかった。でも実際に受かってみたらすんなり受かってしまった。


「朱音はなんでもできるのね。お母さんうれしいわ」

 母のそんな言葉が私にとってはうれしかった。

 アイドルとしての活動が始まってもそれは変わらなかった。レッスンで教えられたダンスはすぐに合格をもらえるレベルでできたし演技も何も褒められた。


 私はここならだれにも負けない

 

 ってそう思い込んでいた。


 実際にだれにも負けることはなかった。

 けれどセンターに立つことはなかった。

 ダンスや歌はとても上手だとファンの人に握手会でいつも褒められていた。


 でも、それは甘えだったことを私は知った。



 それは活動を始めて間もなく6年が経とうとしていたある日の事。

 センターで絶対的なエースだった先輩が突然、卒業を発表した。

 彼女の名前は西野飛鳥

 私の憧れた先輩。かわいくて頼りになって、私はいつも背中を追いかけていた。

 彼女の発表にファンだけでなく世間もざわめいた。

 本当に突然で私たち自身も驚いていた。

 けれど、いつかは訪れるものが今来たのだと私は割り切り活動をしていた。

 音楽番組やバラエティ番組などでは飛鳥さんと一緒に出演することが増えた。

 飛鳥さんはいつも卒業のことを聞かれても

「やりたいことは全部できたし、頼りになる後輩もできました。これからグループがもっと成長するためには私の卒業は絶対に必要なことだと思います」

と言っていた。

 そして番組では

「すごいね」

「なるほど~、これからの活躍に期待している後輩は誰ですか?」

といった反応をされていた。


私はいつも怖かった。だいたい卒業の話がでた時、飛鳥さんの横には私がいつもいたからだ。これは飛鳥さんからの期待をかけられているということだと感じたからだ。


私は、グループの先頭には立てない。そう思っていた。センターに立つことなくセンターの横や後ろに立って歌って踊って。テレビにはよく映る、けれど誰かに注目はされづらいポジション。それ以上はないと思っていた。

 でも彼女の期待は違った。私にグループを引っ張っていってもらおうとしていた。

 1期生の先輩方はまだ残っている人もいる。最年少で同じ年ぐらいの小宮萌絵さんはまだまだ残ると思われているし、まだ残ると聞いている。人気も知名度もある彼女がグループを引っ張る顔になると思っていた。その実力は正直、まだないと思うがつかないわけではない。彼女がやればいいと思っていた。


 でも実際は違った。

 

 ある日。飛鳥さんが体調不良で倒れた。数日、テレビ番組の撮影とドラマの撮影が続き、音楽番組の撮影の日に熱が出てしまったのだ。最初は出ると言い続けた飛鳥さんだがマネージャーさんに連れられて行った病院でドクターストップがかかってしまったのだ。

 私たちが意気消沈して不安になりながらも楽屋に向かっていると

「甘えたがりのセンターさん。大事な支えを失ってふらふらしてる。そんなことでこの先やっていけるのかな?」

 と声がした。

 そこにいたのは影山桜だった。

 誰もが憧れたトップアイドル。私はこのグループに入りセンターをして、彼女に並んでいる。そう錯覚していた。私は彼女の足元に立ってすらいない。

 そう感じさせる冷たい声だった。

「乗り越えて見せます。この試練を」

と彼女に宣言した。

 彼女は見向きもせずに去っていった。

 そこからは、私は覚悟を決めて戦った。


「私は見届け人です。グループの、華々しい活躍を残してきた1期生を見てきた2期生全員の見届け人です。私の卒業をもって2期生の作り上げてきたものが完成します。皆さんにお願い申し上げます。2期生の完成を最後まで見届けてください。私たちが作り上げてきたグループの成果を見届けてください」

こうして私は卒業を宣言した。2期生の最後として3期生につなげて、それを支える4期生に思いを託して、これから活動が始まる5期生に希望を見せて。

私がしてきたことはとても小さなことかもしれない。1期生の先輩方がしてきたことに比べたら、たいしたことはないのかもしれない。けれども後輩に何かを伝えることができたことは確かだと思うし、残せたことがあるのだと思う。


 そして迎えた、卒業の日。

「朱音さん。実は今日朱音さんにサプライズがあるんです。実はこの方をお呼びしました。どうぞ!」

 後輩の渡辺紗理奈に言われて見た先にはなんと飛鳥さんがいた。

「なんと!1期生の西野飛鳥さんにお越しいただきました!」

会場は沸きに沸き上がった。誰もが予想もしていなかったサプライズに驚いていた。

 私以外のメンバーは知っていたようだった。

「みなさん。お久しぶりです!1期生の西野飛鳥です。今日は大事な後輩の朱音の卒業ということで、仕事終わりで駆け付けちゃいました!」

と明るい声でステージに登場してくる飛鳥さん。

 その姿に私は泣きそうになっていた。飛鳥さんが近づいてくると私は思わず駆けて行って飛鳥さんに抱き着いた。

「今までよく頑張ったね。朱音」

 その言葉に今まで頑張ったことが思い浮かんできて思わず泣き出してしまった。

 飛鳥さんが卒業してから、グループの先頭に立つと決まってから今まで泣いたことは数回しかない。飛鳥さんが卒業が決まってから決まった紅白歌合戦の出場発表の時。そして、飛鳥さんの卒業コンサートの2回だけ。メンバーの前では決して涙を見せず、みんなの涙をぬぐう役目をずっと務めてきた。みんなのためにできることをずっと考えてきた。

「ありがとうございます。飛鳥さん」

 私はそれから退場するまでずっと泣いていた。

 温かい拍手に包まれながらステージを降りたとき、アイドル斎藤朱音はこの世からいなくなった。これからは女優、斎藤朱音の人生が始まった。


 アイドルが発する卒業するという言葉にはたくさんの意味が込められている。

 今の自分を卒業する。今ある環境から卒業する。自分の役目から卒業する。

 そういった意味がこめられているのだろう。

 しかし、私の卒業の意味には、今ある私と言う人間の弱い部分からの卒業という意味も含まれている。

 その意味が分かる後輩は何人いるのだろうか。

 彼女たちもまた、私のように苦労するのだろう。でも彼女たちなら大丈夫だ。私たちが作った土台を壊さなければ、だれでも何でもできるだろう。


 私はそういうグループを作りあげたという自信がある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る