憧れて飛び込んだ努力の天才 雛森木乃香の場合
誰よりも努力をして、舞台に、ダンスにバラエティ、さらにはライブの演出もするようになった努力の天才
雛森 木乃香
彼女がこの世界に飛び込んだのは強い憧れからだった。
「私は誰にも負けへんって気持ちでずっと戦ってきました。このライブの個々のダンスは負けたくない。この舞台ではこの一瞬だけはみんなの目線を全部もらってやる。そう考えて生きてきた。いつもこの世界は戦場やった。けど私にとってはとても充実した毎日やった」
彼女が残したものは何だったのだろうか。
私の芸能界初めてのステージはお見立て会だった。舞台に立つということは小学生の頃から何度も経験しているけれど、芸能界という舞台で立つのは初めてでとても緊張した。
「初めまして。雛森木乃香です。私はたくさんの人に憧れてこの世界にはいりました。これから頑張って誰よりも大きな存在になれるよう頑張ります。よろしくお願いします」
お見立て会では特技も披露した。私は幼少の頃から習っていたバレエを披露した。
他にもできる人はいたけれどこの人たちには負けないくらいきれいにできるという自信があった。
また時間いっぱい使って何をしてもいいと言われたからバレエをした後、太鼓とギターを用意し、弾き語りと演奏をした。
本当に何でもありのお見立て会だった。目白押しすぎて何やったか私でもあんまり覚えていないくらいだった。
結果は惨敗だった。
お見立て会後に誰が印象に残ったかを握手会でカウントをしていた。その結果は私は最後から数えた方が早かった。
悔しかった。悔しくて悔しくてその日の夜は泣いて寝れなかった。
翌朝。私の目は真っ赤に腫れていた。
学校終わりにレッスンのために事務所へ顔を出すとマネージャーにストップをかけられた。
「待って。ストップ。あなた、今日鏡を一度でも見た?」
「み、見ました」
「じゃあ、なんて顔しているのよ。少しは誰にも見せないようにしようとは思わなかったの?」
「えっ・・・」
そこで私は衝撃的なことを言われた。泣きあとを誰にも見せないような努力ということの意味が分からなかった。
「あなたはテレビに映る人間なんだからいつでもだれにでも顔を見られてもいいようにしていないとこの先もっと生き残れなくなるよ」
マネージャーは悪びれもなくそう言った。
私は言っている意味がまだ分かっていなかった。その様子がマネージャーには伝わったのか
「泣いてくる子なんてこの世界じゃ当たり前。泣くだけで何とかなる世界でもない。むしろ泣いていたら見放されるのがこの世界よ。自分が生き残りたいと思うなら泣いてもその姿を簡単にみせるんじゃないよ。泣くところを見せるのはカメラの前と自分の部屋だけでいい。それ以外の時は自分の根性とやる気とできることを見せなさい」
そう言ってマネージャーは私をとある部屋に入れた。
「ここでその顔を何とかしなさい。レッスンまでまだ30分あるからそれまでには何とかしなさい。そのための方法はわからないなら教えてあげるから」
連れられた部屋は控室のようなもので、鏡があったり着替えるようなスペースやロッカーが置かれていた。
そこで私はマネージャーから泣きあとを隠す方法を聞いた。そしてその方法を実行し、レッスンまでに間に合わせた。
私はその時初めて、この世界の厳しさを感じたと思う。だって案内された部屋をよく見たらそこはマネージャーの控え室だったから。
それはつまり、今の私にはタレントとして、アイドルグループの一員として控室に案内して教えるほどの価値はないと思われたのだろう。その後すぐにその場で着替えさせられてレッスンへ案内されたから。その日、みんなが使う控室に行くことはなかった。
その日の帰り。私はマネージャーに送られて家に帰った。その車の中でマネージャーと会話をした。
「今日はありがとうございました」
「いーよ、これくらい。やれば簡単なこと。あんたくらいの年頃にはやるのが難しいかもだけど。がんばんなさいよ」
そう言ってマネージャーは帰っていった。
私はその日考えた。
私はすべきことはなにか。私に足りないことは何か。私が目指すこれからはなにか。
誰にも負けないことは何か。
答えは何も出なかった。正確には答えは出せなかった。今までしてきたことは、やりたいことではなくやらされてきたことばかり。私が自分から初めてやりたいと言ったことがこのアイドルということだった。
でも、目標はできたのかもしれない。誰にも負けない。もう負けない。そのためになんでもする。自分の弱いところを誰にも見せない。強くならなければならない。私はそう決心をした。
茨の道かもしれない。先には道がなくて崖になってるかもしれない。それでも私が行きたいと思った道は。生きたいと願った道はここだから。死ぬ気で生きていく。
もう負けないために。
そうして迎えた翌日。私は今日もレッスンを受けるために事務所へ向かった。事務所に入るとマネージャーに捕まった。そして、
「うん、昨日よりだいぶいい顔しているね。寝不足って感じがするけど。今なら大丈夫だね。よかった」
そう言って何か安心した顔を見せると
「君に仕事の話が来ている。君一人だけに」
と言った。
私は信じられなかった。まだ新米で、無名のただの女の子に仕事を頼むのは信じられないことだった。グループの知名度だけしかないのに。
「そんなに大きなものじゃないよ。ただエキストラとして太鼓を叩いてほしいらしい。」
そう仕事内容を続けた。
「まぁ、アイドルが太鼓を叩いてれば華もあるし、ましてや少し有名どころならちょっとは話題になるからね。」
と続けた。
それは業界内での裏方の人々の考え方を表していた。
「どうする?断る?」
とマネージャーは試すように聞いてきた。
私はもちろん
「いいえ、受けます。何でもやります。何でもしていろんなことを吸収したいです」
と答えていました。
誰にでもない貴重なチャンスだと思った。
大きなアイドルグループだとグループでの映像作品をが多い。私がいるグループもする可能性がある。
その時に誰にも負けないくらいに輝きたい。
見ている人にやっぱり映像は雛森だなと言わせるようにしたい。
そのための一歩。傍から見たら小さいけれども私にとっては決意の一歩。誰にも負けない人生の最初の第一歩。
エキストラ枠で一番になればいいのだ。負けなければいいのだ。
こうして私の茨の道の挑戦は始まった。
エキストラとしていろんな現場に顔を出した。何もない道を歩く歩行者だったり、海で遊んでいる学生だったり、話をしているだけの学生だったり。
私は、特に学生役として引っ張りだこだった。
現役アイドルで現役の学生だからという理由だけだったけど。
他のメンバーには仕事をもっと考えて受けて欲しいと言われたけれど、マネージャーに聞かれた仕事は全部受けた。さすがに水着になることは事務所からのNGだったけれど、それ以外はなんでもした。いきなり撃たれて死ぬ役もした。
そうやっていろんなことをしているうちに役のあるお仕事のオファーが来た。
それは賭け事が当たり前の学園において賭け事を反対し、禁止しようと考える集団の筆頭補佐の役だった。
正直出演シーンは主役やゲストよりもはるかに少ない。けれど重要なシーンがとても多いといわれた。
集団の先頭を走ったり、演説したり、誰もが注目を集めるシーンが多かった。
私はその役を全力でやり切った。
そして、ほかのアイドルでは誰も言われなかった言葉。狂気の女優。狂気の憑依者。そう呼ばれるようになった。
そんなある日、私は彼女に出会った。
「狂気のアイドル。あんたには確かにそれがお似合いね。誰もが嫌がるようなことまで全部やって、そして確かな役をつかみ取った。あんたのスタンス、私は好きよ。アイドルのくせに泥臭いっていわれるかもだけど。誰にもまねできないだろうし」
そういって去っていった。
彼女は影山桜。
誰もがまねできない、ある意味最強と言われたアイドル。誰にも媚びず、誰にも負けず。ただひたすらに頂点を目指している。彼女のことを悪く言う人は多い。けれど私はわかってしまった。この世界で頂点に立つには常人では不可能であるということに。
「たぶん、あなたも同じ狂気をもっていますよ」
私はそう呟いていた。
その呟きは人々の喧騒でかき消されていった。
そして私はその瞬間、アイドルでいることをあきらめた。
演技の世界で生きていくにはアイドルというのは足枷になると感じたのだ。私はただ自身が感じたモノを表現しているだけだった。けれどそれが狂気なんて言われるのはうれしかったが誰にも理解されないものだと思ってしまったからだ。
アイドルであれば余計だと思った。だからアイドルをやめて女優として頑張りたいと思った。
「私はいつも全力でした。私がやりたいこと、やれることを全力でやってそして世界に認めてもらえるようになりました。だからこれからは新しい世界で挑戦をしてみたいと思っています。アイドルという肩書が色眼鏡にも枷にもなっていた世界でこれからは一人の表現者として生きていきたいと思います。」
私が残せたものは誰にも簡単には真似できないだろう。
特に後輩は誰も真似はしないだろう。
それはきっと、どんなにやる気があっても茨の道を進む狂気に憑りつかれた者の姿として誰の目にも映っていただろうから。
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