狂おしい程の愛しさを知ったアイドル 西木野和の場合

 無口で人見知りの激しい彼女は、アイドルになり、知らなかった世界を知った。そして自分の世界を広げた。自分の欲を深めた。

 西木野 和

 彼女は無口なセンター。誰よりも泣いて、誰よりも隠れて。センターという称号に押しつぶされかけた。自分を変えたいと思い飛び込んだ世界で彼女は狂おしい程の愛しさを知る。


「私は、誰よりも人見知りでした。両親や姉の陰に隠れて、遊びにも行かずにずっと家でゲームや読書をしていました。そんなある日、テレビで見たある人に励まされて、自分も変わらなければ、変わりたいと思うようになりました。そして飛び込んだのがこの世界でした。」


 私は、とても暗い人間で、学校のクラスには馴染むことはなかった。小学校の宿泊学習では、班分けで必ず余っていたし、班の輪に入ることはなかった。誰も近寄らず、誰にも近寄らない。

 教室の片隅でずっと本だけを読んでいた。昼休みには図書室にこもりずっと本だけが友達だった。

 中学生になっても何も変わらず学校生活を送っていて、部活にも入らず、学校には勉強と本を読むために通っていた。周りは部活で汗と涙と恋で青春を過ごしている間、私は本と教科書で重たくなった荷物と足取りだけで家と学校を往復するだけの毎日。

 そんな時、母が私に内緒でアイドルのオーディションに応募していた。結果を知らせる書類を見て私はそのことを知った。

 最初は母に詰め寄った。書類審査に受かっただけだったので、私は辞退をして無かったことにしようと思っていた。しかし、ある日、1人のアイドルが会見でまさに演説と言えることを言っていた。それを聞いた私は、合格したことは私が変わるためのチャンスをもらったのだと感じた。

 それから私は、オーディションに参加して見事合格した。それは新しい形のアイドルを立ち上げるプロジェクトの始まりだった。

 そのアイドルは、アニメのキャラクターとそれを演じた声優。2人で1つという形を取ったものだった。メンバーはアニメキャラクターを演じつつ、実際にキャラクターが踊ったり、歌った曲を自分としてパフォーマンスをしたりすることを求められた。

 最初は、私は喜んだ。人前に顔を出さなくてもいいと思っていたからだった。しかし、現実は違った。声優でありながらアイドルという活動もしていく。むしろ声優よりもアイドルの活動が多くなると言われたからだ。声優をするのはほかのアイドルがドラマに出ている感じのようにメインではない。しかし、仕事を得るためにはどんどん挑戦してほしいということだった。最近ではアイドル声優と言われるように声優でありながら音楽活動をしている人もたくさんいる。自分たちはそれに加えて固定のキャラクターの演技をしなければいけないというものだった。どのキャラクターが誰に割り振りされるかはまだわからない。でも、1人だけ自分と似たようなキャラクターがいた。それは 神楽 美咲 という17歳の女の子だった。性格が引っ込み思案であまり前に出たがらない。正直なぜアイドルをしているのかがわからない。まるで自分を描いたかのような女の子だった。

 役の発表の日。私は望み通り神楽美咲役になった。それは神様から決められた運命のように感じた。

 役が決まった日にレッスンは始まった。アイドルとしてデビューする曲はもう完成していて、振り付けも決まっていた。加えて初ライブをする日も決まっていた。都内にあるデパートのイベントスペースを使ってリリースイベントをするらしい。その日付は1か月後だった。

 それからは地獄の日々だった。毎日毎日できないところを練習する日々。歌が歌えてなかったら、振り付けを間違えたら、キャラクター演じることができなかったら、何もかもが初めてのスタートで、何もかもがすぐには出来なかった。

 レッスンが終わるとみんな思い思いに帰る支度をする。しかし、どこかのオーディション会場で会っていたのか何か他愛もない話をしながら準備をしていた。私は周りの人に入れず隅っこで帰る用意をしていた。

 すると、

「えーと、西木野さんだっけ」

と誰かが声をかけてきた。

 私が振り向くとそこには

「あ、Nice to meet you. 私、三森カレン。アメリカから来たんだ!よろしくね」

ととても流暢な英語と共に手を出してきた。

 三森カレン。彼女は人懐っこくて、みんなと仲良くするのが天才的に上手な女の子だった。アメリカから来たそうで日本語がまだ上手じゃない。しかし、それがファンの人には受けているみたいで、さらに、帰国子女というキャラクターの役があり、彼女にまるでぴったりな役だった。私は

「よ、よろしくお願いします」

と言うしかできなかった。

「Non, Non これからは仲間なんだからそんなにかしこまらなくてもいいよ!私のことはカレンって呼んでね!私も和って呼んでもいい?」

「う、うん」

 私は、一瞬恐怖を感じた。いきなりでここまで距離をつめてくる人は初めて会ったからだ。


 始めてから2週間後。本番を想定した一発勝負をすると言われ、できるまでは何回も最初からやりなおしとなるとまで言われた。

 失敗は連帯責任である。自分の失敗はみんなに迷惑をかける。フォーメーションはまだ発表されていなかったので1列に並んでパフォーマンスをして、自己紹介をして、キャラクターを演じた。全員が緊張した面持ちで挑戦した。途中、音響のトラブルなどがあったが1回で成功することができた。

 「はい、OK。できたね。まだまだ甘いところはあるけれどこれからもっと高めていきましょう。じゃあ今日は解散」

と一発でのOKをもらいみんながうれしくて思わず

「やったー」

と言っていた。

 私も緊張していたからほっとして思わず握っていた手を開いた。

私は役を演じることも、ダンスを踊ることも、歌を歌うことも何もかもが初めてだった。学校の授業でやったことがあることとはわけが違った。人前で本気でやるものというのは全力でやってもたりないことが多いのだと思った。


 翌日、レッスンが始まる前にパフォーマンスのフォーメーションの発表だった。後ろの方から割り当てられた番号と名前が呼ばれていく。

 最後にセンターとして呼ばれたのは私だった。私は驚いた。みんなの視線が鋭く感じた。なぜあの子が?と思っている風に感じた。プロデューサーは最後に

「このフォーメーションは、各自のポテンシャルだけでなく、演じるキャラクターの設定を踏まえたうえで決めています。各自、キャラクターを演じる役者としても踊っていただき、キャラクターとしてと、君たち自身としての2つのMVを撮影します。忙しい日が続くかもしれませんがその覚悟をしておいてください」

 そう言って去っていった。レッスンの先生は

「よし、じゃあフォーメーションが決まったことだし、フォーメーション通りに動いて踊る練習をしようか」

といい、今までにないくらいハードな練習が始まった。

 そこからはプロデューサーの言った通りとても忙しい日が続いた。

 私は学校に通いながらダンスレッスン、ボイスレッスン、歌のレッスンに通う毎日になっていた。できないところを何度も何度も注意されて、私は毎日ベッドで泣きそうになっていた。けれど、母は何も言わず、メンバーには何も言わなかった。

 だんだん、レッスンに通うことが苦痛になっていたある日、三森さんが声をかけてきた。

「Hi, 和ちゃん。今日もかわいいね。」

 彼女の突然の発言に私は驚いた。

「え、え、えーっと、そんなこと…ないよ」

「和ちゃんはかわいいって。でもダンスの時はとても窮屈そう。しっかり踊れているし、キレがあってかっこいいのに、楽しく踊らないともったいないよ~」

とゆるい声で私に言った。

 私は、衝撃を受けた。彼女にとっては何も考えていない、ただ感性に従って口にしたことなのかもしれないが、私にとってはとても大きな衝撃を与えた。

 私は、人の前に立つことは苦手だ。クラスでも隅っこの方にいたし、委員などもしたことがない。でも、彼女は私が先頭に立つことを認めてくれていた。

「私、そんなにいい?」

「もちろんだよ!だって私はセンターに立つのは和ちゃんだなって思っていたもん!

そういって彼女は笑顔で私の頭を撫でた。

「辛いこといっぱいあるかもしれない。でも和ちゃんの後ろには仲間がいるよ。味方がいるよ。私は、みほりんや、かほちゃん、それにスタッフの人がいる。だから安心してみんなの前に立とうよ。大丈夫、和ちゃんのパフォーマンスは受け入れてもらえるよ」

と私のことを励ましてくれた。私はその言葉にうれしくて涙があふれそうになった。

 私は、自分を変えたいと願って飛び込んだこの世界がとても好きになっていることを始めて自覚した。


本番当日。私たちは都内ショッピングモールの中にあるメインステージ立っていた。ステージは大きな吹き抜けの1階に作られており、上の階からでも見られるようになっていて、注目度はとても高いステージになっていた。私たちはとても緊張した。マイクを握る手は汗ばんでいて時々手を滑らせてマイクを落としそうになっていた。

 私は初めて見た客席は、立っている人ばかりだけど、私たちのことを知りたいと思っている人たちばかりだった。

 ステージから見える広場には、たくさんの人が肩をならべて立っていて、私たちの登場をずっと待っていた。

 私は足が震えていた。たくさんの人の前に出るのが怖くて、震えていた。


「わー、すごい人の数だね。このデパートにこんなにたくさんの人がいるのは初めて見たよ~」

カレンさんが、呑気な声をあげてはしゃいでいた。

「和ちゃん?だいじょうぶ、緊張しているの?」

「う、うん。だって人がこんなにもたくさんいるとは思ってなくて」

「そうだね。でもね、それはたくさんの人たちが私たちに期待しているってことじゃないかな」

「私たちに期待している?」

「そう、新しくスタートするグループがどんなグループで、どんな人がいるのか。自分が応援したいと思える人がいるのか」

「私たちがどういう人間かをしりたいって思っているから集まっているのじゃないかな」

「私たちのことをしりたい」

「アイドルは誰かに夢を与え、勇気を与える存在。自分が輝くことを目的にしていたら、前には進めない」

 私は、その言葉を知っていた。私がこの世界に飛び込むことを決意した時に聞いた言葉だったからだ。

「昔のある人のセリフなのだけどね。私は思うんだ。誰かに夢や勇気を与えられる人は、自分のことを知ってもらえている人だと思う。自分のことを曝け出して、思いを剥き出しにして、夢へまっすぐに突き進んでいく人のことだと思う」


「だから和もがんばろう。怖くてもいい、自分のことを少しずつ出していこう。最初は夢を、目標を声に出したらいいと思うよ。そうすれば、共感した人、応援したいと思ってくれる人。そういう人たちが着いて来てくれる。君の支えになるのだから」


 私の震えはもう止まっていた。彼女がくれた新しい言葉。それが私の勇気となって思いが溢れ出してきた。誰もが抱える願い、夢は、誰でもない自分が自分を剥き出しにして叶えるものだ。私はもう逃げない。自分を、環境を変えたいと願うなら自分から変わっていかないと何も変わらない。この苦しみは一生続くものだ。だから私はもう、迷わない。逃げない、戦い続ける。

 私はもう前を向いていた。

「復活したね、和。もう大丈夫だよ。何があっても私も一緒にいる。だから初めてのステージ。楽しもうね」

カレンは満面の笑みで私の手を引いてステージへ飛び出した。


 初めてのステージは、大成功だった。

 それからは様々な番組などで特集され、私たちは一気にトップアイドルへ昇って行った。誰もが私たちのことを知っていたし、誰もが私たちの歌を知っていた。

 私は、自分の世界が広がっていた。テレビに出るようになり、たくさんのアイドルや芸人さんと話すようになった。そこには私の知らない、楽しい話や苦労した話があった。みんな、努力して努力してやっとつかんだチャンスをモノにして誇らしげに生きていた。

 教室の片隅で過ごしていた私とアイドルとしてみんなの注目を集める私。

 どっちも私で大切なもの。昔の私が今できないことが少し寂しいけれど、私は一歩踏み出せたから今がある。私が変わることができたから、狂おしい程愛おしい世界を私は見つけることができたんだ。


「みなさんは、夢はありますか?私は、ありました。

 アイドルになって、世界を見て知って、たくさんのことを学びました。

 そして、みんなが生きているこの世界が大好きになりました。

 だからこの世界をもっとたくさんの人に愛してほしい。そう願っていました。

 みなさんはこの世界が好きですか?

 もし、そうでないなら見てください。たくさんのことを、世界の事を。

 みなさんがまだ知らないことが、もしかしたらみなさんが世界を好きになるきっかけになるかもしれません。

 そうなったら私はとてもうれしいです」


誰よりも人見知りで誰よりも臆病だった彼女は、アイドルという世界に飛び込み、自分を知り、人を知り、大きな世界へと羽ばたいていった。誰よりも世界の事を愛して。

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