短命のエース 小林芽実の場合

 最年少でもっとも期待されたエース。

 小林 芽実

 

 彼女は、誕生したばかりのアイドルグループの最年少にしてセンターを任されたエースだった。笑顔が抜群に似合い、ダンスや演技がとても上手だとされていた。しかし、彼女のアイドル人生は2年半という短い時間で幕を閉じた。


「私は、このグループで武道館だけでなくドームのステージに立ちたいと何度も思っていました」

 彼女がグループを卒業する時、それは彼女の芸能界の引退をも表していた。

 「私は、このグループが好きです。何でもないようなことで笑いあえて、大事なことは喧嘩をして、誰かが泣いていたら支え合って、お互いがお互いを尊敬しあえていたこと。その時間が私にとってはとても大切な時間です」

 

 デビューシングルで初めてのセンター。

 曲の振り付けは簡単だった。でもいざ、ステージに上がると頭が真っ白になった。まだトークの間の事だったからキャプテンの澪が助けてくれて私のフォローをしてくれた。私はその間ずっと深呼吸をしていた。

 目の前にはたくさんの人がいて、私たちのパフォーマンスが始まることを期待して待っていた。その目に浮かぶ期待感に私は圧倒された。

 トークが終わったことに私は気づかなかった。隣にいた澪に

「準備するよ、芽実」

と声をかけられて気が付いた。

 イヤモニをつけて私は配置についた。曲がなり始めた。

 そこから私は記憶がなかった。気が付いたら終わっていて、私たちは拍手に包まれていた。私は呆然としていた。自分が何をしていたのかがわからないのに拍手をもらったからだ。

 私は楽屋に戻った。メンバーそれぞれ、今日のステージに思うことがあるのだろうけど、今日のステージの拍手を聞いてみんな舞い上がっていた。うれしそうな声がいろいろな所から上がってくる。片付けを終えて戻ってきたマネージャーもうれしそうな声で

「みんな、今日は大成功だったね!おつかれさま。明日からまたレッスンとかあるけどがんばろう!」

と言いその日は解散となった。

 思い思いうれしそうな顔でバスに乗車していく中、私は気が重いままバスに乗った。1人でバスに乗って席に着くとすぐにイヤホンをした。今の状態で誰とも話をしたくなかったから目をつぶることにした。

 私は、みんなからの期待というプレッシャーに押しつぶされてしまった。そのことに今日気づかされたからだ。


 私はみんなよりも歳が下だ。それはつまり誰よりも人生経験がないということである。加えて誰かの前に立つということもしたことがない。誰かの前に立つということは責任を負うということで私にはできないと思っていた。けれどアイドルになってグループの中で最年少という立ち位置で様々なグループのセンターをみた。アイドルという先輩の活動を見てきた。

 私には、とても重荷に感じた。私にはできないと思っていた。私には立てないと思っていた。私はグループの顔にはなれないと思っていた。

 けれども、みんなは私に期待をする。私をエースと呼ぶ。私が1番だという。私は期待をされている。

 何もない。ただ未来が多いだけの1人の少女に、グループの未来を背負わせている。正直言って正気の沙汰ではないと思っている。

 バスは進み、最後に私とキャプテンの澪だけになった。私も澪も東京出身で家が近く電車で一駅という区間だった。私たちのほかに乗っている人たちは地方から出て来ていたり、実家が関東圏内だが1人暮らしや寮で暮らしていたりするため先にバスを降りて行った。私たちの家は事務所にも近いということもありいつも最後に最寄り駅に到着となる。

 最寄り駅につくと私たちはマネージャーと別れた。彼女はまだ事務所で仕事をするらしく戻っていった。いつも夜遅くまで私たちのサポートの為動いてくれいているから頭の上がらない人の1人だ。

 私は家に帰ろうと家に向かって歩き出そうとしたら。

「ねえ、芽実。いまから少しだけ時間もらってもいい?」

と、一緒に乗っていた澪に質問された。私は

「いいけど。ちょっと待ってね。お母さんに連絡する」

「うん、できそうなら迎えに来てもらえるよう頼んで。きっと遅くなるから」

と言った。

 私は、母に連絡を取った。

「あ、お母さん。ごめん今駅に着いたところ。でね、澪がなにか話したいって。だから、少し遅くなる。うん、うん。じゃあ終わったら電話するから迎えに来てくれる? うん、お願い。ありがとう」

そういって電話を切った。

「ごめん、お待たせ。どうする?どこか入る?」

 澪は真剣な表情をしながら

「そうだね。お腹もすいたし、どこかでご飯を食べてからはなそうか」

 そう言って駅前のよくあるファミリーレストランを目指して歩き始めた。

 いつもは明るくなんでも話しかけてくれる澪が移動中なにも話すことはなかった。

 ファミレスに入るとまずは食事をとった。私はイタリア風のドリアを、澪はペペロンチーノを注文した。二人共食事中は何もしゃべらず時間は過ぎ去っていった。

 注文したデザートを食べ終わった頃に澪が口を開いた。

「芽実、今日は大丈夫だった?」

 私は彼女の質問の意図が分からず動きを止めた。

「芽実、今日ステージの上にいる間ずっと上の空だったでしょ」

 まさか、という感情とさすがキャプテンという2つの感情があった。

「それは…」

 私は二の句が継げなかった。

「別にそれがダメだったとは言わないよ。でもね、もう2度そんなことはしないで。今日が初めてのステージだってことは司会の方も分かっていたから芽実に話をふって答えられなくても私が代わりに答えることで持たせること場をができた。でも今後はそんなことできない。いつまでも芽実が話をしないと何もできないセンターになってしまう。そんなのはダメだよ」

 何も言えなかった。

「芽実、センターに立つということはグループの顔になるということは理解していると思う。でもそれだけじゃないんだ。芽実という存在が大きくないと私たちと言う存在は何も伝わらないんだよ。センターは顔であり、1番の表現者なんだよ。私たちの中では芽実が1番の表現者なんだよ。だからあきらめないで。自分がセンターであるということに、1番の表現者ということにプライドを持って。できないときは私が支える。私はキャプテンだから。みんなが頑張る手伝いをしたいと思っているから。だから、あんな風に自分の世界に閉じこもらないで」

 澪は真剣な顔でそう言葉にした。私は何も言えずただその顔を見つめていた。どれくらい時間がたったのだろう。私のスマートフォンがなった。母からのメッセージだった。

「いつまでかかるの?そろそろ帰っておいで」

 画面にはそう表示されていた。澪はそれをみて、

「もうそんな時間か。今日はもう帰ろうか。さっきの話の答え。芽実の決意は固まったら教えて」

 そういって澪は伝票をもって席を立った。

 彼女は付き合わせたからと代金を払って帰っていった。

「私は、どうしたらいいんだろう」

そう、漏らしながら私は、迎えに来てくれた母の車を目指して歩いた。


 私は考えた。センターのあるべき姿。自分に何が足りなくて、何が必要なのか。一晩中考えた。しかし、何も答えは出なかった。


 次の日。私たちはレッスンをしていた。昨日の映像を見て何ができていて何が出来ていなかったか。それを振り付けの先生に見てもらい修正をしていった。

  私は、その時間に何度も何度も指摘を受けた。集中していないと怒られ、やる気がないとも見られた。

 確かに集中は出来ていなかったが全く出来ていないというほどではなかった。けれど昨日のステージの映像を見て、私は頭が真っ白になったことは覚えている。

 まるで出来ていない。歌も歌えていないし振りも遅くなっている。よく見なければ気づけないごくわずかなことだけど、全員でそろえて踊ることを目標にしている私たちのグループにとっては致命的であった。

 翌日、私は見学となった。前日のレッスンの様子を見ていた先生が、

「小林さん、今日は見ていて、そして自分が中に入った時のことをイメージして」

と言っていた。

 私は、邪魔だから入ってくるなと言われたような気がした。目の前が真っ暗になった。休憩時間になると私は

「ちょっとお手洗いいってくる」

とスタジオを出た。個室に入って私はそのまま座り込んだ。

 顔から雫が垂れてきた。涙だった。私は泣いていた。ずっとずっと泣いていた。休憩時間が終わるまでずっと泣いていた。

 休憩時間が終わるころの時間に戻るとマネージャーが澪と一緒に話しかけてきた。

「小林さん、大丈夫?目が真っ赤だけど」

私は強気にふるまって

「大丈夫です。ちょっと目にゴミが入っちゃって」

とごまかしていた。しかし、澪は

「頼むよ、エース。いいかげんに復活してよ」

とだけ言い去っていった。

 向こうの方ではレッスンの先生が手を叩いて

「さあ、再開しようか。小林さんも入ってくれる?」

と声をかけてきた。

「はい、わかりました」

 私も中に入って練習に参加した。外から見ていたからか昨日よりは確かにみんなについていけている。でもみんなと合わせるには程遠いという感じだった。

 みんなと私との間に大きな溝を感じた。

 私は逃げ出したくなった。むしろ逃げ出そうとしていた。

「はい、じゃあ10分間休憩ね。終わったら一発本番のつもりで通して今日は終わりましょう」

 その言葉が聞こえた瞬間、私は急ぎ足でドアを開けようとした。すると澪が私の腕をつかんで

「逃げたらだめだよ、今逃げたら何も変わらない。芽実はセンターで、私たちの代表なんだよ。それに私が支えたいと思っている背中なんだよ。だから、逃げちゃだめだよ」

 そういって、腕を離した。私は、何も言えなかった。

「ねえ、聞かせて芽実。あなたの決断を今ここで」

 突然私は決断を迫られた。どういう決断なのか私にはわからなかったがけど今決めないといけないことは確かにあると思った。

 みんなの前にこれからも立ち続けるか、アイドルを諦めて辞めるのか。そのどちらかの2択だった。

 誰も何も覚悟のないままここにいるわけじゃない。みんなが私のポジションを欲しがっている。私のように立てる人は少ないけれどいつだって代わりをできる人はいっぱいいるということに気づいた。

 私は考えた。アイドルを続けてこのまま地獄にいるのか、やめて楽な方に進むのか

 そして、私は1人のアイドルの言葉を思い出した。


「アイドル戦国時代と言われて、確かにたくさんのアイドルはいる。まるでここは地獄のようにみんな練習して、前に前に、たくさんの人に注目してもらえるように様々な活動をしている。けれど、たぶん、みんなが心で思っていることは後悔をしたくないということだと思う。今、諦めたらきっと自分は後悔する。まだ何も出来ていない。そういった思いが皆をこの世界で戦わせる原動力になっているんだと思う。だから、今目指しているものがある人に私は言いたいです。あきらめず前を向いて戦いを続けていればきっと夢はかなう。今とてもしんどくても辛くてもきっといつか報われる日が来るから。それまで頑張ればいいと私は思っています。」

 オーディションを受けるか悩んでいた私がたまたま雑誌で見かけた尊敬するアイドル 影山桜

 彼女の言葉で私はこの世界に飛び込んだし、センターというポジションに立てた。これからは、私たちはもっともっと広い世界に旅立たなければいけない。


「今諦めたらきっと後悔する」

「芽実。はっきり口にして今。あなたはどうしたいの?」

 私は決意した。もっともっと広い世界と戦うことを

「今、諦めたら、きっと私は後悔する。だから立つよ。どんなに怖くても、逃げ出したくても、戦う。それが、私が憧れた人の戦い方だから」


 それからは私の毎日は地獄だった。学校が終わってからはレッスンや仕事をする毎日。学校の友達とどこか遊びに行った。なんてこともなくただ目の前に与えられたチャンスに縋りつく毎日。しんどくて泣いた夜もある。失敗して逃げ出したくなった日もある。それでもやりきった。私は、後悔はしなかった。


「私は、本当はまだ、アイドルを続けていたいです。でもそれを許してくれない神様がいて、私の大切なものを奪おうとする人がたくさんいます。みんなに、メンバーに、スタッフの方に、自分だけのために勝手に動く人でたくさんの人に迷惑を掛けました。私は、みんなから守られてきたから、支えられてきたから。今度は、私はみんなを守り、支える番だと思っています。」


 小林芽実。彼女は18歳という若さでグループを卒業し、芸能界を去っていった。原因は心臓に病気が発覚し、アイドル活動続けるには難しいと判断されたからだった。しかし、一部のSNSではストーカーの被害にあっていたやメンバーとの仲が悪かったなど様々な憶測が飛び交っている。

 しかし1つ言えることは、ダイヤモンドのような輝きを持った宝石が、神様の残酷な審判で芸能界を去っていたということだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る