君が帰るまでここにいるよ。

一粒の角砂糖

君が帰るまでここにいるよ。

「君が帰るまでここにいるよ。」


こんなことを最初に言われたのは、高校3年生の春。受験生真っ只中のある日の教室での事だった。

受験勉強用に教室は貸出中だった。


「なんだよいきなり。そんなに邪魔かよ。」


お前がいると勉強に集中できない。そんなことを言われた気がした彼は声の持ち主を睨みながら言った。当の本人は何も気にせずに、ペンを持つ手を止めなかった。

しばらくした後イライラしてきた彼は、バックに参考書と筆箱を投げ込むようにしまい、不機嫌そうに立ち上がる。


「待って。帰るなら私も行く。」


すると彼女も立ち上がる。


「はぁ?何言ってんだよ。」と立ち上がった時に後ろにずれたイスを蹴り飛ばすようにして元に戻し、わざとスリッパの音を立てながら圧をかけて、か弱い声をかき消して帰ろうとする。


「私も一緒に帰るの。」


「はぁ?何言ってんだよ……。」


少し照れくさそうにしながら自分の後ろにいつの間にか用具を片付けた彼女がついてくる。


「……戸締りして職員室行って……帰るぞ。」


断りきれない彼は顔を赤らめてそう言った。


「ありがとう。」


これがはじめて二人一緒に帰った時の事だった。

夕日が差す校門で「また明日。」と言われその日は解散した。

そこで二人の仲は終わると思っていたが。

それから来る日も来る日も。

「君が帰るまでここにいるよ。」と。

彼は彼女に言われ続けた。

教室でも。体育館でも。塾でも。もちろん受験会場でも。

大学でも。サークルでも。職場でも。飲み会でも。

気づけばずっと一緒だった。

___________________________

初めて言われたあの日。

あれから8年が過ぎようとする頃。


「そろそろ行ってくるよ。」


時刻は朝の七時半。

朝食と歯磨き。寝癖直しに髭剃りを完了させた後にスーツを着こなし、綺麗に三角巾に包まれた弁当をカバンに入れて、彼女にそう告げてからマンション特有の玄関までの長めの廊下を時間を気にしながら足早に走る。


「気をつけて。」


すたすたと、エプロン姿で迎えてくれる素敵な女性。


「君が帰るまでここにいるよ。」


「ああ。ありがとう。」


何千回目の気遣いを胸に彼はご機嫌そうに駅に向かう。

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君が帰るまでここにいるよ。 一粒の角砂糖 @kasyuluta

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