第九話 Kトンネル
私は高校生のころスーパーでバイトをしていた。
バイト終わりに、年の近いバイト仲間で夏休みに肝試しでもしないか、という話で盛り上がったのだが、事務作業をしながら私たちの話を聞いていた店長の
「Kトンネルだけは行ったらあかんで」
と釘を刺してきた。
「なんでですか?」
聞くと、網干さんはあそこだけはホンマにあかん、と言ってこんな話を聞かせてくれた。
Kトンネルは地元で有名な心霊スポットで、夜中に男の叫び声が聞こえる、顔の溶けた女が追いかけてくるなどといった話がまことしやかに囁かれていた。
大学生というのは無暗に冒険心があって無思慮なものだ。
夏場に男女何人かが集まって、中に車を出せるやつがいると、肝試しをしてみないかという話になるのにそう時間はかからなかったという。
そこで、選ばれたのがKトンネルだった。
網干さんを含めたゼミの仲間の男3人、女2人で白いワゴンに乗り込んだ。
トンネル付近は周りにほとんど灯りがなく、危ないため昼間に行くことにした。
ヤバいと噂されるスポットであるだけに、網干さんも友人も内心恐れていたが、昼間だったため、見た目はただの古いトンネルとしか思えなかった。
入り口から出口まで通り抜けても何も起こらず、
「なんか拍子ぬけだわ」
なんて強がったり、
「幽霊出てこいや」
などと挑発めいたことを言ったりしながら、調子に乗って何度もトンネルを行き来したのだという。
すると、突然、トンネルの真ん中あたりで運転手のMさんが車を停めた。
Mさんはよく性質の悪い悪ふざけをするやつだったので、今度もまた何か思いついたんだろうと、
「おいなんだよ急に~」
「おばけ寄ってきちゃうじゃん」
なんて網干さんも友人たちも笑っていた。
だが、Mさんの様子がおかしかった。
顔を真っ青にして、がたがたと震えながら自分の足元を見ていた。
「ちゃうねん」
Mさんは今にも泣きだしそうな声だった。
「掴んどんねん」
「え?」
「俺の足、誰かが掴んどんねん!」
助手席に座っていた網干さんと後部座席の3人はMさんの足元を覗きこんだ。
青白い手がMさんの足をがっちりと掴んでいた。
それも一本や二本ではない。
座席の下から湧き出るように伸びた何本もの手が、両足首や脛どころか膝のあたりにまで纏わりついているのである。
「うわあああっ!」
あまりの光景に、誰かが叫び声をあげた。
それがきっかけとなって、みんな一散に車を降りてトンネルの外に向かって走り出していた。
「待って。助けてくれや。網干! 待ってくれや! なあ……」
Mさんの叫びが聞こえたが、誰も立ち止まることはなかった。トンネルを抜けて、息が切れるまで走りまくった。
5分ほどしてようやくパニックが収まった網干さんたちは、Mさんを置き去りにしてきてしまったことに気が付いて、怖がりながらもトンネルまで戻った。
トンネルの中ほどに白いワゴンが見えた。
網干さんたちが飛び出してきた時のまま、扉は開いていて、エンジンもかかりっぱなしだった。
Mさんの姿だけがなかった。
運転席の扉は開いていなかった。
それでも、遅れてどこかへ逃げ出したんだろうと思って、トンネルやその付近を捜索した。
だが、Mはとうとう見つからなかった。
網干さんは、今でもMさんが自分に助けを求めた声をはっきりと思い出せるという。
「世の中には遊び半分で行ったらあかんところがあるから、気ぃつけや」
そう釘を刺された私たちは、肝試しの計画を中止することにした。
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