第六話 白い顔の男の子

 今はもう亡くなった祖母は不思議な人であった。人形やぬいぐるみを集めるのが好きで、部屋にはサンリオのキャラクターだのおさるのモンチッチだのといったファンシーなものから、高そうな日本人形や西洋人形などまでもが雑然と飾られていたのを覚えている。

 それは、小学校に上がったばかりの夏の夜のことだ。

 トイレに行きたくなったわけでもないのに、目が覚めた。

 ジジジジジジジ……とクツワムシの声が庭から聞こえてくる。田舎の家にはクーラーが無く、夜は縁側の戸を開け放ち、蚊取り線香を焚き、蚊帳を吊って虫をよけていた。小さなテントみたいでワクワクするから、私は蚊帳に入るのが好きだった。

 今まで眠っていたはずなのに、妙に目が冴えていたので、私はなんとなしに首だけを縁側の方へ向けた。

 蚊帳の細かい目の向こうの庭には灯り一つなく、植え込みも木も何も見えなかった。

 だが、ふいに青白い何かが視界に映った。

 前髪を切りそろえた、いわゆるおかっぱ頭の男の子だった。

 真っ暗な闇に、白粉を塗ったように色白の丸みを帯びた輪郭が浮かび上がっていた。

 身長が当時の私よりは少し高く、年上に思えた。

 紺色の着物に帯を締めていたから今どきの子ではないとわかった。

 唇が赤いその子は、黒目の大きな瞳で私の方をじっと見つめていた。

 顔は見えるのに、どれだけ目を凝らしても表情は読み取れなかった。

 その子はゆっくりとこちらに近づいて来ているようだった。

 足を動かすこともなく、まるで地面の上をすべるように。

 音もしなかった。

 耳を凝らすと、さっきまで聞こえていた虫の声が止んでいるのに気が付いた。

 怖くなった私は、タオルケットを頭から被った。

 その子が近づいて来て、縁側から上がって、蚊帳の中に入ってきたような気がした。

 何が起こっているのか、どうなるのか、わからなくて恐ろしかった。

 私はタオルケットの中で息を殺して、助けてと願いながら震えた。

 だが、何も起こらなかった。

 そのうち暑苦しくなってきたこともあり、もしかしたらもう大丈夫かもしれないと、そっとタオルケットを引き下げた。

 目の前に白い顔があった。

 黒目の大きな瞳が瞬きもせずに私の眼を覗きこんでいた。

 覚えているのはそこまでだ。

 目を覚ますと朝だった。

 恐怖のあまり気を失ったのか、そもそも夢だったのかはわからない。

 けれど、朝ご飯を食べながら、祖母にそのことを話すと、その子がどんな様子だったのか詳しく訊ねてきた。

 私が覚えている限りの特徴を答えると、祖母は自分の部屋に引っ込み、やがて一体の人形を抱えて戻ってきた。

 いつも箪笥の上に飾ってある、三十センチくらいの男の子の人形だった。

 私は思わず、あっ、と叫んでいた。

 紺色の着物に帯をしめていて、色白で黒目の大きく、唇が赤いその顔は昨晩の男の子とそっくりだった。

「やきもち焼きやけん、よぉ言い聞かせんと」

 とあきれたように笑って人形を撫でながら、祖母は「私があんたにばかりかまうのが気に入らないのだろう」という意味のことを言っていた。

 私はその人形が少し怖くなって、以来、祖母の部屋に行くことは少なくなった。

 夜中に男の子を見たのはその一度きりだけだ。

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