第63話 エースだけに与えられた舞台。



<おい、空を見ろ! 連邦軍機だ!>


<銀翼の戦闘機……あれは銀翼の英雄ではないのか!?>


<本当に彼が復帰したのか!?

 連邦の英雄なら勝てる、俺達に再び希望を見せてくれ!>


 下で小競り合いをしていた誰もが夕焼けに染まる空を見上げた。

 の存在に気が付いたのだ。


「グランニッヒ・ハルトマン……旧時代の英雄がノコノコと……」


「ああ、お帰り願おう」


 たった一機でやってきた銀翼の英雄、そして、それに相対するスワロー隊の三機。

 先に仕掛けたのは、ジャックとエリシア、部外者の二人だった。

 いや、彼らこそが当事者だ。

 文字通り、連邦に自分達の空を好き勝手にされてきた民なのだから、彼らにとってグランニッヒは文字通りの仇敵だ。


 それに彼らの隊長、シュワルツの事もある。

 シュワルツと銀翼の間には確執があるということは何となく察していた。戦いが避けられないというのなら、既に傷ついた彼が更に傷を負うことは無い、本来の当事者である自分達が片を付けてしまおうと考えた。


 加えて、ジャックに関してはパルクフェルメ第二位のエースとして、これ以上人任せにはせず、自分で連邦の英雄を倒したいというの意地もあった。


 一度、あの銀翼の戦闘機動は見ている。

 エリシアだってもう立派なエースだ。二人のディオでやれば、前回の様にはいかない筈。

 二機で銀翼の戦闘機フルクラムを追うという前回のような展開、しかし、あの風魔法エアポケットを常に警戒しながらも、ジャックとエリシアには速攻で決められるという自信があった。


<LOCK ON SHOOT>


 ふんと鼻を鳴らし、ジャックは口角を上げた。

 愛機イーグルが、銀翼のエンジン熱を捉えたからだ。

 後は引き金を引くだけ――といったところで、銀翼の機首が跳ねあがった。


 機種を急に跳ね上げることで、機体全体を抵抗とし急減速することで敵機の背後をとる機動、コブラ・マニューバだ。

 機体を意図的に失速させるため、並みのパイロットなら速度を取り戻すことが出来ず、そのまま墜落してしまうこともある、熟練の技術が必要な戦闘機動。


 しかし、ジャック程のパイロットであれば予想できる。

 ジャックはブレーキを展開しつつ、機体の空気抵抗を増大させるために愛機を少し傾けた。こうすれば、銀翼はジャックの背後をとるどころか、目の前に躍り出てしまう筈。


 次の一手で仕留められる、ジャックは勝利を確信した――だが。


「……!?」


 確かに、狙い通りに銀翼は目の前に躍り出た。

 だが、イーグルのコンピュータが敵機をロックオンするより先に、銀翼は動いた。いや、動き続けた。

 連続で行うバク転のように、間髪入れずに再び機首を跳ね上げて見せたのだ。

 そして、ジャック、その更に後ろにいたエリシアの背後までもを鮮やかに奪い取って見せた。

 二連続コブラマニューバからの、急激な立て直し……世界でも出来る人間が限られているといわれる曲芸飛行技。ダブルクルピットを実戦で銀翼はやってのけたのだ。


「し、しまった!」


「エリシア、下だ! 下にブレイクしろ!」


 銀翼は、まだ追撃できるほどの速度が回復出来ていない筈。

 だから下方向に急降下で逃げればいい。そう指示しようとした時には遅かった。後方から放射状に複数の何かが迫ってきた。

 それが大戦時おおむかしに使われていたような無誘導ロケット弾だと気づいたのは、二人が衝撃を感じてからだった。


 エリシアはともかく、ジャックは人生初の被弾を喰らってしまった。

 この間は僅か一分程度。

 しかし、そんな手負いの二人にとどめを刺すことなく、銀翼は飛び去って行く。

 飛び去って行くときに、銀翼のフルクラムが以前とは少しだけ違うことに気が付いたが……それは些細なことだった。

 銀翼のパイロットがどんな機体に乗っていたとしても、自分は敗北していたとジャックは冷静に感じ取ってしまったからだ。


 ジャックは銀翼のことが嫌いだった。

 まるで無用な殺傷を控える騎士のような戦いが癪に障ったからだ。

 だが、それは違った。

 銀翼は空を知り尽くしている。敵にどれだけのダメージを与えれば無力化できるか、最低限の武装でどのように敵を排除すればいいのか、そして最速で空を制圧する……体感してよくわかった、彼は別格だ。

 畏怖の念よりも、最早尊敬の意すら感じてしまう。


 そして、この空にはもう一人別格エースが居た。


「スワロー1よりスワロー隊へ、直ちにこの空域から離脱しろ」


「待て、確かに被弾したが、援護ぐらいなら……!」


「あの人は……奴は俺が相手をする。

 俺が終わらせる」


 被弾して出力が低下している自分達の上を通り越していく赤翼、それを上空で覇者のように待ち構える銀翼。

 彼らは雲の上へと昇っていき、下で騒いでた連邦の人々からも、ジャック達にすらその姿は見えなくなってしまった。


 今、この瞬間、この空は英雄エースだけにに与えられた舞台と化した。

 此処で、歴史の終止符が打たれようとしていた。


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