第62話 英雄殺し

 


 雪が降っていた。


「……まぁ、予想は出来たことだな」


「ああ」


 要塞攻略戦から1週間後、スワロー隊は空を飛んでいた。

 残念ながら、彼らが望んでいた平和な空はまだ飛べていない。

 今、現在飛んでいるのは、連邦上空の空だ。

 マールス要塞が崩壊し、国際社会の凄まじい圧を受け、連邦政府も重い腰を上げ、核兵器の回収を行った。

 だが、それだけだった。

 政府から見放されたのだ、連邦軍は。

 クーデター軍も正規軍も一緒くたにされ、世界中から悪者扱い……居場所を失った彼らは、ちりじりになりながらも、未だに戦闘を続けている。誰が味方で誰が敵かもわからない、そんな中を戦わなければならない彼らは敵ながら哀れに思えた。

 だが、パルクフェルメに危害を及ぼそうとする集団もいるとなると、見過ごすことは出来ないのだ。


「……?」


 シュワルツは雪の降る空の向こうで、何かが光ったのを目にした。

 何か銀色のものが……。





 ◇



<祖国の裏切り者め、何故戦おうとしない!>


<お前達が身勝手なことをするのが悪いんだ!>



「……進路は正しい筈だ。このまま行こう」




 連邦軍の元英雄、グランニッヒ・ハルトマンが率いるシルバーアロー隊も同じ空を飛んでいた。

 戦うために此処に来たのではない。帰る為だ。

 下では、連邦軍同士が撃ち合っている。自分達も撃墜されてもおかしくない。そんなリスクを冒してまでこの空へと戻ってきたのには理由がある。グランニッヒの部下たちは、皆若い士官たちだ。彼らにはこの地に家族がいるのだ。



 確かにパルクフェルメに降伏すれば、彼らの身の安全は保障されるかもしれない。

 しかし、この世の終わりのようなこの地に取り残された彼らの家族はどうなる?


 そう考えると、こうするしかなかったのだ。


「畜生……友軍を救ってここまで来たのに、どうしてこんな仕打ちを!」


「エイトケン、止めろ! お前は父だろう? 弱音は吐かないって言ったじゃないか!」


「落ち着け、二人とも!

 ……クソ、レーダーに感あり! 3機編隊、まさか!?」


 弱音を吐いていた彼らに更なる試練が襲う、3機の戦闘機編隊を発見したのだ。

 3機編隊、連邦軍にとってそれは悪夢だった。

 一刻も早く家族の元へ行かねばならないのに……誰もが絶望する中、彼らの隊長機が信じられないことをした。

 燃料タンクを投下したのだ。


「隊長、何を!? 燃料タンクが無ければ、目的地までたどり着けません!」


「シルバアロー1より全機へ。

 私は諸君らの指揮を放棄する。後は自分達で飛べ」


「どういうことです!?

 まさか、お一人で戦うつもりですか!?

 相手はあのスワロー隊です!」


「なんだ? 私では歯が立たないとでもいうつもりか?

 私はかつて連邦の英雄と呼ばれた男だというのに」


「……。

 グランニッヒ少将、英雄としての責任を感じておられるのですか?

 連邦の栄光としての象徴であるご自身の死を以って、この戦争に終止符を打とうとしている。そうですね? 」


 二番機からの鋭い質問……このパイロットはいつしかの連邦の指揮官による民間人虐殺に異議を唱えた士官だった。

 だが、グランニッヒは動じることは無かった。


「上官の事を詮索する兵は昇進できないぞ」


「ご冗談はやめてください!

 何故、貴方のような善良な軍人が犠牲になれなければいけないのです!? それに我々は……我々のことをヒヨッコだと言っていたのは貴方ではないですか!?

 我々は一人では飛べません、どうかお考え直しを――!」


「聞け、これは私からの最後の授業だ」


 部下の必死の説得を遮ったグランニッヒの声は鋭くありながら、どこか暖かさがあった。


「英雄となれ。

 私は所詮まがい物だ。結局名誉に浸って、本当になさねばならないものを見逃していた。だが、馬鹿みたいに人助けに奔走してきた諸君らなら、やるべきことが分かる筈だ。

 待つべきものの所へ行け、そしてその人々を導ける英雄となるのだ。

 飛べ、此処まで飛んできたのだ、お前達なら出来る」


「隊長……」



「私の人生は恥だらけだ。

 だが、良い人生だった。

 この齢で大空へと戻り、再び飛行隊長となり、好敵手とも出会えた。

 空に生きた男が、最後にもう一度だけ飛べるというのだ。

 飛ばせてはくれないか、私を」


 数秒間の沈黙の後、銀翼の戦闘機の周りを飛んでいた飛行機たちはゆっくりと離れていった。


「……ご武運を、隊長」


「全く、部下には恵まれたものだ。

 ……さらば、戦友諸君! 

 願わくば、いつかまた大空で、いつかまた大空で相見えんことを!」 


 そして、グランニッヒも勢いよく機体を翻した。


 ◇


「……ん? たった一機で向かってくるのか?

 投降する気か?


 よし、俺が聞く。

 こちら、パルクフェルメ空軍、スワロー隊2番機、貴機の目的を――」


<――戦闘機に乗っているんだ、空戦に決まっているだろう>


「は?……ふん、何を言うかと思えば……。

 死にたくないのならやめておけ、教えてやろう。うちの一番機は、赤翼の英雄だぞ」


 ジャックの嘲笑に対し、まるで怖気ることなくゆっくりと近づいて来る機体。

 その機体も英雄銀色の翼を持っていた。


「……教官……?」


<英雄か。

 様々な時代の空でもそう呼ばれる者達が居た。

 だが、彼らの英雄譚が今日まで語り継がれることは無かった。

 私が彼らの物語を破き去ってきたのだ。

 お前達が例外だというのなら、証明して見せろ。


 グランニッヒ・ハルトマン、交戦を開始する>




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