第61話 空へ
配線むき出しの地下トンネルに入ったシュワルツ。
当然ながら、ここからは空は見えない。
それに加えて、無線も届かない。
普通に考えて飛行機というものは空を飛ぶものだ。左右と下に壁ならまだしも、上に無機質な壁というものは凄まじく非現実的なものだ。そのお陰で、当たり前ではあるがこの地下に一切の対空兵器は無いようだ。
だが、あまりの恐怖で正気を失ったという訳ではないが、シュワルツは昔のことを想い返していた。
確かにこんな狂った風景なんて、シュワルツの人生で一度も見たことが無い。
しかし、似たような風景は幼少期に見て来た。
孤児だったシュワルツがいた孤児院。自治体の経営するものだったので、別に虐待とかは無かった。しかし、職員たちのシュワルツに対する対応はあまりにも事務的だった。
今ならば、彼らの働きに不平不満を言う気はないが、子供の時の感覚ではそれが酷く寂しかった。
加えて、同じ孤児も少なく静かで、憂鬱になってしまうような日当たりの悪い立地……今の光景によく似ていた。
そう考えると、今のこの状況は……。
いや、たった今訂正しなければならなくなった。
無線が入り込んできたのだ。
<……感服したよ、パルクフェルメの英雄。
いや、シュワルツ・アンダーセン大尉、かな?>
シュワルツの聞いた事の無い声だった。だが、此処にいる自分の正体を知っている。ということは自分を陥れた軍の上層部の人間だろうか。シュワルツは自分でも驚くほど冷静にそう考えた。
<沈黙は肯定ととらえさせてもらう。
君はひょっとすると誤解をしているかもしれない。
私と君は敵ではない。式典の空で、パルクフェルメの空で……二人であの男アルフレッドを無様に陥れたではないか>
「……」
<……成程、君の怒りは尤もだ。
わかった、事実を言おう。
君のとった破天荒な作戦に対処する術を我々は持ち合わせていない。まさか、設計当時からこの要塞に侵入してくる戦闘機があるとは想定していなかった。
だが……君も終わりだ。
そのまま行けば、確かに発電機中枢に達する。しかし、天井に排気口があるだけでその他に逃げ道はない。
君が入ってきたゲートは閉めさせてもらったよ。我々と心中したいのかね?
そこで……取引だ>
正直なところ、懸念はあった。
常時開けられている冷却口ならまだしも、ゲートならば閉められる。取引については完全に予想外だったが。
<この革命が成功すれば、世界は変わる。連邦が再び覇権を取り戻すのだ。
だから、君を再び連邦の英雄に……なんてことは言わない。私も人の心が分からないという訳では無い。
幾つかのゲートを解放する、今この時は、我々を見逃して欲しい。そしてここを立ち去って欲しい。
パルクフェルメとも縁を切るんだ。
報酬は……まぁ、端的に言えば資産だ。
最終警告だ。ここで祖国でもない国パルクフェルメにいいように使われ、ぼろ雑巾のように死んでいくよりかは、凄く賢いやり方だと思うがね>
シュワルツはその言葉を聞いてある操作を行った。
そして、口を開いた。
「……何をくれる?」
<賢いじゃないか。わかった、交渉成立だ。
そんな
安っぽい言葉だが……金に勝るものはない。女も名誉も、なんだって手に入れられる。
君もいい家柄に産まれて居れば、こんな人生歩まなかっただろう>
前上方のいくつかのハッチが開いた。此処から出ていけ、ということだろう。
シュワルツはそれを確認しつつ、短い言葉でこう返した。
「足りない」
<ん? ああ、正確な額を言ってなかったな。
億単位だ。 望むなら10億でも構わない。島に関しては広大な海に……>
「まるで足りない」
シュワルツは燃料タンクを切り離した。
そして、スロットルも……上げない。 取引云々の時点でスロットルは押し込んでいた。
島だろうが、金だろうが……そんなもので、この男は止められない。
彼の欲しいものは空、いつでも、ずっと空だった。
<……対象、急速に速度を上げました!
このままでは、核攻撃を阻止されます!>
<ちっ、血迷ったか……馬鹿め、貴様を見ているとあの男を思い出す……!
何が英雄だ、パイロット如きに名誉など……!
なんでもいい、奴を妨害しろ!>
暗い地下、再び閉じられる上方ハッチ。それに加え地下内の車両止めなどを展開して、必死にシュワルツを妨害しようとしているのだ。
シュワルツにはそれがスローモーションのように……は映らなかった。
時速千キロでトンネルを突っ走っているのだ。風景は流れに、流れている。
彼に超能力なんてない、出来ることは今までの全てを出し切ることしかない。
この速度で無理なことをすればアルフレッドと同じ末路だ。
迫り来る恐怖に耐え、操縦桿を繊細に動かす。この機体であれば、行ける。
数十秒間。だが、人生で最も長かった時間を終え、終点が見えた。
円柱状の部屋、巨大な制御棒と、それを取り囲むように付けられた配線……マニアならば、時代を感じさせるアナログな光景に心奪われただろうが、シュワルツにそんな感傷は一切ない。
倒すべき相手に目もくれずに、速攻で最大火力を撃ち込むと機首を上げた。
<早く撃て、何のための核だ!>
<駄目です、電力供給完全停止! ――撃てません! >
取引だとか、連邦の最終兵器だとか、そんなことはどうだっていい。
……とにかく、真っ青な空へ。
要塞の心臓は脆かった。
ケーブルからケーブルへ、空間内であっという間に燃え広がり、火の手は焼き尽くす相手を探すように上へと昇っていく。当然上がっているシュワルツのラファールにも火の手は迫る。
ラファールのバックミラーには爆発的な勢いで、迫ってくる炎が映っている。
空が垣間見える冷却口に逃げるシュワルツ、このために通路で1000kmを超えるほどまでに加速してきたのだ。
しかし、速度計は失速ギリギリを指している。速度を失えば、当然上昇は止まり、火の手に呑まれ要塞の底へと堕ちる。
火の手がシュワルツを捉えかける。
だが、先にシュワルツが空を捉えた。
ラファールが塔を飛び出した直後、大きな火柱が上がり、要塞は自壊を始めた。
要塞から脱出しようとしていたヘリが落ちてきた瓦礫によって潰れていた気もしたが……些細なことだ。
「レーダーでスワロー1を確認した!」
「ははは、ついでに言うと、要塞もお陀仏様だ!」
数多くの声を聞きながら、シュワルツのラファールはそのまま速度限界まで上昇を続けると、ゆっくりと機体を下へと、そして平行に戻した。
ラファールが通った後には、飛行機雲でリボンが描かれていた。
「良かった、本当に良かった……だが、今日で戦争は終わるのか?」
「わからないが……血で血を洗う日常は終わるさ。
歴史は変わったんだ」
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