第58話 歴史が大きく変わる日

 


「どうですかな、上手く行きますかな?」


「上手く行かねば困る」


 マールス要塞の中、重厚な要塞だというのに、その部屋だけは異質な程高級感あふれる部屋だった。軍事施設というよりは、高級ホテルのスイートだ。

 一応は特別指揮官室という名目になっているが、レーダーや指揮司令装置などは置かれていない。

 連邦が経済軍事力共に全盛期だった頃に造られた為、こういったお偉いさんを喜ばせる為の部屋もよく作られた。


 その部屋の円卓には本来の役割通り連邦軍の上層部の面々……クーデターの首謀者たちが鎮座していた。

 アルフレッドを薬漬けにしていた面々でもある。

 大義の為とは言え、国民を傷つけるクーデターに心を痛めている……ようには見えなかった。


「……全く、あの男は何の役にも立ちませんでしたな」


「はは、まぁ適当な代役を立てればいいだろう。

 あのグランニッヒとかいう男でもいい。強い連邦の復興と題してな」


「駄目だ。私はあいつが嫌いだ」


 連邦政府はリセットを決断した。

 一時的に連邦がどう貶されようが、最終的に大義が戻ってくればいい。その考えの元、軍の上層部と結託して計画されたクーデターを実行した。尚、知っているのは連邦でも一握り、まだ若くプライドの高い兵達は自分達の行いこそが正義と信じて暴れ回っている。

 願わくば、そんな哀れな彼らがパルクフェルメまで行って暴れ回って欲しい。そして、パルクフェルメがどうしようもなくなって誰でもいいと助けを求めた時、やってくるのが連邦軍という訳だ。

 だから、今のクーデター軍も後のとなるのだ。


 ただ、此処にいる高官達も既に暴走していた。

 何故、汚れ仕事を請け負う自分達が、いつまでも政府の犬にならなければならないのだ?

 世界に連邦の正義を認めさせる? こんな回りくどいやり方で?


 違う。

 断じて違う。


「この要塞を以って……世界全てを連邦の名の下に跪かせてやる……。

 歴史が変わるぞ。出来るのだ、このマールス要塞ならば。

 次の時代の歴史の覇者になることすらも。


 赤翼?

 何の問題にもならない、少しばかりうるさい蠅だ


 さぁ、諸君、歴史が大きく変わる今日の良き日に。

 ――乾杯」


 そう宣言すると、中央の最高官はワインを掲げた。


 ◇


 こんな形で祖国に戻ってくるとは思ってこなかった。


 パルクフェルメ及びにハイルランドを始めとする7カ国の連合部隊は、連邦クーデター軍の動きを阻止する為に、連邦の領空を侵犯していた。

 連邦からの迎撃機は来ない。最早、正規軍が機能していない。

 だが、今まで連邦に散々苦しめられていたのにも関わらず、誰一人として嘲笑の声を上げない。

 それ程下の光景は酷いものだった。人々が大勢道に倒れていて、家々が燃え、道路は捲り上がり、中の水道管から噴水のように水が上がっている。時折、大きな爆発も見える。


 かつての基地の滑走路に大穴が開いていた。

 故郷の街にも一切の灯りは無かった。きっと例の要塞稼働の為にクーデター軍が根こそぎ電力源を奪っているのだろう。


 人々が残された希望を探して上空の彼らを見上げる。だが、シュワルツは彼らを救うことは無い。

 祖国がどうでもいいとは言った。どうでもいい、無関心な相手、そんな相手に差し伸べる手などない。

 彼らが飢えてしまおうが、それを彼らは受け入れるしかないのだ。彼らはシュワルツという存在を拒絶したのだから。


 とにかく、彼らを飛び越えて行く。護るべきものは自身の背後にある、こんなところで立ち止まってられない。


 ◇


 連邦は先進国ではあるが、広大過ぎる国土故に全てが都市で埋まっているという訳ではない。

 ただただなだらかな丘陵地帯が続くところも多い。

 そんな中、明らかに歪なものが見えてきた。


 灰色の聳え立つ一本の巨大な棒。


「……あれが、戦術要塞マールス……か」


「あれだけ大きければ遠距離から適当に撃っても当たるんじゃないか!?

 試してみる、発射! 」


「待て――!」


 攻撃機部隊のパイロット達が、一斉に高火力の無誘導大型ロケット弾を放つ。

 主力戦車を吹き飛ばす一撃、それが大量に向かってくるのだ。大型要塞とはいえ、ただでは済まない筈だ。――当たればの話だが。


<来たぞ、連邦の底力を見せてやれ> 


<了解、防衛システムメリクリウス守護神出力50%、展開! >


 赤い膜の様な何か、いや、正しくバリアが空中に出現した。

 ロケット弾はその幕にあたると、全て爆散してしまった。


「冗談だろ……? 」


<全敵弾の迎撃を確認! 電気系統、冷却異常無し! 行けます!>


「ちっ、無駄弾を使ったな……だが、これで分かった筈だ。


 目の前で起きていることが全て現実だ。

 こちら、ウィンドメーカー。敵要塞中心部への攻撃は指示があるまで中止する。

 もう一つ悪い知らせだ。敵迎撃部隊の離陸を確認……数は……相当だ。詳しいことは聞かない方が良い」


 シュワルツはレーダーを見て、その言葉の意味を理解した。

 今までのどんな戦いよりも数が多い、これだけ束になってやってきたというのに、圧倒的だ。

 だが、それは逆に言えば。


「なりふり構わず……連邦の最期の足掻きか」


「ああ、そうだ。奴らにももう逃げる場所なんてない。

 さぁ、やったろうぜ」


 それに加え、敵味方の識別信号問題を解決する為、もう一つ、彼らはあることをしてきていた。

 それは凄く単純なことだが……その副産物は恐らく、連邦に対してはよく効く筈だ。


<赤翼は見えるか!? 紛い物の英雄だ、僕達で堕として見せよう!>



<居たぞ、赤翼だ!

 ……大変だ、敵は全部赤翼だ!>

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