第57話 マッチポンプ

「国連において連邦の大使は平和的解決を目指し、クーデター軍との交渉を続けているとのことです。

 しかしながら、連邦の首都は既にクーデター軍の支配下にあるというのに、そのような対応では遅すぎるという批判も上がっています」


「アルタイル連邦東部の村において、数百人単位での虐殺があった模様です……」


「最早、連邦は国の体を成していません! 崩壊しているのです!」


「数発の核が彼らの手に堕ちたという情報もあります!

 国連は即応部隊を展開し、事態の収拾に動くべきだ!」


「いいえ、あくまで平和的解決を目指すべきです。油を注いではならないのです。

 武器を捨て、お互いに話し合うために今は寛容な心を持って静観を貫きましょう……」




「とりあえず、最後に出て来たばばぁの案は却下だな」



 テレビ映像を消し、ジャックは集まった面々にそう言い放つ。


 式典は持ち越しとなった。


 様々な情報が錯乱し、正確にどこで何が起きているのか、それは分からないが、今確かなことは連邦で大規模なクーデターが起きているということだ。

 つぎは録画された映像を画面に映した、円卓を囲んだ連邦の高級将官たちが演説をしているものだ。


「かつて無知なる小国たちだったものは、連邦が救いの手を差し伸べたからこうして生きてこられた。

 だが、その諸国たちは今では不平不満ばかりを言い、我ら連邦を悪の帝国のように罵った末に、恩を忘れ独立運動まで起こした。

 彼らは綺麗ごとを謳いながら、我らを蝕もうとしているのだ。

 このことに意義を持ち銃を持った同志諸君、恐れるな。諸君らの行いは虐殺では無く、愛国行動だ。


 連邦の軍人諸君、立ち上がれ。

 我らはアルタイルを取り戻す」


 連邦政府は非常事態宣言を出し、クーデター軍に軍事行動を停止するよう求めている。

 しかし、シュワルツはこれが茶番だということに気が付いていた。

 あれだけ計画的に行われた初動の攻撃……にも関わらず、政府の要人たちは全員無事だ。腐敗した連邦から名誉を取り戻す為なら、見せしめにまず最初に殺害するはずだ。

 要するにこれはマッチポンプだ。


「誰かを悪役に立てなきゃ、物語の筋書きも描けない……連邦らしい姑息なやり口だ」


「ああ、姑息なマッチポンプだ。

 皆、わかってる。

 ……でもな、やつらがそれ以上に大暴れしたらどうなると思う?」


 大暴れ……要するにクーデター軍が連邦だけでは無く、世界を巻き込んで暴れ回った場合。世界の人々は連邦の責任云々よりも、早く事態を収拾してほしいと願うだろう。その時を狙い、連邦政府が上手く解決したように見せれば……解放戦争を謳った偽善者の汚名を返上することが出来る。


 ただ、連邦が落ちぶれようが、そうでなかろうが問題では無いのだ。

 問題があるのだ。

 変わります、とフィオナが言い、画面を操作する。映し出されたのは何かの図面だった。


「……これは連邦の少将を名乗る人物からの匿名の情報提供です。恐らく、信頼性は高いかと。


 数十年前、全盛期だった頃の連邦が、第三次世界大戦に備えて作った戦術要塞マールス。


 端的に言えば、ハリネズミのような防空網が施された長距離攻撃用プラットフォームです。

 攻撃範囲は、全世界の85%。もちろん、隣国の我が国パルクフェルメも射程圏内です。

 あまりの消費電力に、稼働していた時期は本当に短かったのですが……今、現在クーデター軍がそこに集結中、48時間以内には完全に機能を復旧させることでしょう」


「防空網……それは一体どんなものなんだ?」

「対空砲、対空ミサイル、それからAPS……わかりやすく言えば、バリアーシステムです」


「バリアー……?

 はは、研究員さん。こんな時にジョークとは、中々肝が据わっている。昔テレビで見たんだ、バリアーなんて高層ビル一個分の発電機が無ければ、出来やしないって」


 突拍子もないその言葉に、兵士達はざわつく。実際、シュワルツだって最初に聞いたときは冗談かと思った。なので、彼が言葉を繋ぐ。


「あるんだ、80階建て高層ビル一個分の発電機が。

 それだけじゃなくて、周囲の火力発電所。それにダム、原発の電気を使って、ようやく要塞は真の力を発揮する」


「……」


 正しく鉄壁の要塞。連邦の全てをつぎこんだのだから当然だ。兵達は本当の連邦の恐ろしさを思い知ったように言葉を失った。

 だが、シュワルツは負ける気などしていなかった。


「だが、これはチャンスでもある。

 奴には血管が多い。しかも大動脈だ。

 ……それに、俺達はもう一国で戦ってない。

 周りを見ろ、ハイルランドにウィルランド……総勢七カ国、それに他の国から来てくれた人々もいる。


 もしかすると、ミサイルはこの国には発射されずに、別の国へと撃たれるかもしれない。

 だが、それは重要じゃない。

 何処に堕ちようが、負う傷は一緒だ」




「……そうだ、その通りだ」


「やってやろう!」


「だが、これだけ大勢集まったとして……どうやって敵と味方に見分けを付ける?

 要塞攻撃なんて任務、レーダーの意味がなくなるぐらい混乱してもおかしくない。今から皆の国旗を覚えるのか?」


 戦意が戻ってきた人々の中、一人が冷静かつ、尤もなことを尋ねる。

 シュワルツには誰にも話してないアイディアがあった。だが、彼はそれを言うのを少しためらった。

 やや間が空き、彼は口を開いた。



「いい考えならある。

 皆も俺の案に納得してくれると思う……俺の自意識過剰でなければな」




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