第55話
<そうだ……最初から、もっと確実に殺しておくべきだった。
せめて空で死なせてやると、つまらない慈悲をかけたせいで……。
――だが!>
所々に呑気に浮いている雲を切り裂いて、ラファールとPAKFAが背中合わせで擦れ違う。
両機が擦れ違い去る寸前、シュワルツは機首を引き、アルフレッドの後方を奪い去ろうとした。
だが、しかし、PAKFAは機首を跳ね上げるようにして急制動を行い、逆にシュワルツの背後を奪い取って見せた。
シュワルツは思わず舌打ちをした。
登場時に世界に衝撃を与え、今なお最強の戦闘機と言われるラプターと互角に渡り合える戦闘機を目指し開発された機体。
連邦が誇る傑作機フランカーの遺伝子を受け継ぎ、更には高機動可変ノズル、PAKFAの機動能力は本物だ。
だが、機体性能だけで堕とせるほど、シュワルツのラファールは弱くはない。
互いにロールを繰り返し、空に螺旋を描きながら、激しく前後が入れ替わる。
しかし、PAKFAにはもう一つラファールに対してアドバンテージがあった。
圧倒的なステルス性能だ。シュワルツは何度もロックオンを受けているというのに、彼のコックピットのディスプレイは目と鼻の先のPAKFAをロックオンどころか、認識すらしてくれない。
<シュワルツ、俺はお前が目障りだったんだよ!
士官学校の頃から、いつも俺の上に居やがる……。その癖、上にはいきたくないと言いやがる!
そして、俺の上を陣取りやがって、やることが曲芸飛行隊だと!?
空には希望がある?
馬鹿にするな……お前が今まで積み上げて来た全てを、お前の全てを否定する!
教えてやろうか、この機体には核爆弾が搭載されている。数万人単位で殺せる代物をな!
ハハハ……何とか言ってみろよ、前見たく冷静ぶってみろよ!>
「……アルフレッド、下にいるのは民間人だ。
お前が憎んでいるのは」
<知った事か、そんなこと! パルクフェルメ人だろうが、連邦人だろうが、俺の邪魔をするものは何億でも死ねばいい!
お前だ、お前からだ! お前は死ななければならない、俺がそう思っているから、そうであって欲しいから! 死ね、死ね、死ねッ! 死んでしまえ!>
最早、会話は通じない。
いや、言葉が通じたことなど無かったのだ。最初から。
ならば、言葉は不要。
シュワルツは何時かの空で教えられた戦術、エアポケットを巧みに使いシュワルツは再度、アルフレッドの背後を奪い取った。その瞬間を逃すことなく20mm機関砲のトリガーを引く。
幾らロックオンが困難なステルス性能を持つ高性能機とはいえ、操縦手はパイロット。人間の反射神経ならば避けようもない攻撃だった。
<グギ……ィィィィィ、ツィィィィィィ!>
しかし、アルフレッドはやってのけた。
悪魔のような叫びを上げ、アルフレッドはロケットのような垂直上昇を見せ、攻撃を避けて見せた。
<ククク……クッハハハハハハッ!
堕とせるものかよ! そんな型落ちの機体で!
こんなカス以下の小国で、カス共にもてはやされて、そんな機体にしか乗れない!
そうだ、こんな惨めな空はお前にお似合いだよ!
……もっと早く飛べよ、駄作戦闘機! >
勝ち誇ったような声色からの唐突な怒鳴り声。
シュワルツは悟った。
もう、彼は人間を辞めている。それに恐ろしくもあった。自分が殺されてしまうとかでは無く、憎しみに支配され、何もかもを失った者の末路はあれなのかと。
が、現実問題、アルフレッドの機動は常識を逸脱している。一方のシュワルツはスタミナ切れが近い。
だが、シュワルツは勝利を確信していた。
アルフレッドには無くて、自分だけにあるアドバンテージを確信したからだ。
そして、スロットルを勢いよく引いた。
堕とさなければならない。あんな化け物を空で野放しにしておくわけにはいかない。
ようやく、手にしたこの空は二度と誰にも渡さない。
◇
<OVER G OVER G WARNING OVER G……>
シュワルツとアルフレッドの空戦はまだ続いていた。
この機体でもシュワルツに追いつけないのか、と一瞬頭の中が曇るが、連邦製の良いお薬のお陰でそんな不安は直ぐに消え去った。
強制的に漲る自信と力、絶対に負けない。
「……もっと動くんだよ! 早くしろよ!」
だが、事実として目の前のラファールを捉えきれていない。
自分には一切の問題なんてない筈、となると怒りの矛先は乗機へと向けた。
そもそも、アルフレッドはシュワルツと違い、戦闘機も、空すらにも何の愛着も持っていない。全部彼にとっては自分が成り上がる為の道具に過ぎないのだ。
(そうだ、そうだ、邪魔するものは全部焼き尽くす――その空も取り上げてやる!
全ては俺のものだ!)
アルフレッドが狂った笑みを浮かべた瞬間、目前のラファールが空中に静止した……相対的にそのように見えた。
(急減速機動、背後をとる気か――だが、そこに隙がある!)
速度を失っている瞬間は、まともな回避機動が出来ない筈。そこを狙い勝利を確信し、機銃を発射した。
だが、微妙に機首を合わせそこね、前に押し出されてしまう。
瞬間、後方からの銃撃……人間離れした身体能力をフルに使い、機体を上空へと打ち上げた。しかし、警告がなった。
<LEFTWING DAMAGED>
数発、たったの数発だけだが被弾したのだ。
そのことが、彼の理性を崩壊させた。
「黙れ……嘘をつくな、当たった筈がない! 嘘をつくなぁ!」
自分が誰かより劣っているだなんて……ましてや、彼より劣っているだなんてあってはならないのだ。
全力の殺意で、風に揺られる機体をがむしゃらに動かす。全ては仇敵を撃ち落とす為。
「終わりだ、シュワルツ――!」
シュワルツを射程に入れる寸前、アルフレッドはバキという飛行機に乗っている時にはおおよそ聞いた事の無い音を聞いた。
その後、上昇するエレベーターのような気味の悪い浮遊感を覚えた。
<OVER G OVER G……LEFTWINGLOST>
◇
シュワルツはバックミラー越しに迫ってくるアルフレッドをただただ静観していた。
もう、空戦するだけの燃料も残っていなかった。もしも、彼の考え通りに進まなければ、ラファールは攻撃を受け火を噴いて堕ちていただろう。
だが、先程も言った通り、シュワルツには確信があった。
アルフレッドは自分の戦闘機に一切の愛着を持っていない。
だから、知らない。
飛行機で空を飛ぶということがどれほど難しいのかを。
どれだけの人の助けを借りなければ、どれだけの想いが無ければ空を飛べるのか、そんなことすら知らないのだ。
機体性能の限界すらも。
だから、シュワルツは背後でアルフレッドのPAKFAが風の影響、被弾の影響、そしてかけ続けた過負荷によって空中分解を起こしたのは全て予想通り。
マニューバキルと言う奴だ。
きりもみ状態になりながら落ちていく、翼を堕とした深紅の鳥。
その主の悲鳴染みた声が無線越しに突き刺さる。
<あり得ない、あり得ない、負けるなんて、あり得ない!
あ、あああ、ああ……た、助けてくれ!
俺は正気に戻った! 俺はおかしくされたんだ!
上層部に弱みを握られていて、仕方なく――!
そうだ、俺は悪くない! 悪くないんだ!
シュワルツ、赦してくれ! 俺達は友達だろう!? そうだろう、シュワルツ――>
「アルフレッド、お前には空を見上げる権利すらない。
……堕ちろ。そして、沈め」
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