第54話 因縁

 アルタイル連邦で起きた大規模なクーデター、通称連邦事変。

 連邦軍、陸海空の3割程度がクーデター側に参加したとみられる。


 彼らの主張はパルクフェルメ等との間で起きていた戦争、大陸解放戦争の継続。

 並びに連邦領内で起きていた独立運動の強硬手段による制圧だった。


 が、この事変には今も謎が多い。

 余りにも組織的かつ迅速的に行われたクーデター。

 結果的に、連邦は戦争の加害者になり、そしてクーデターの被害者にもなった。

 実は責任を有耶無耶にしたかった連邦政府が仕組んだマッチポンプではないのか? 

 そんな声もささやかれ続けている。


 クーデター軍は、まさか自国軍に攻撃されるとはまるで思っていない連邦の要所を次々と占領した。

 その中で、民間人の死傷者も出たが……クーデター軍は自分達の命令を聞かないものは非国民であるとし、全くの慈悲を見せなかった。


 そして、全盛期だった頃の強い連邦の復活を求め、彼らは再度戦争を始めた。


 ◇


「何……?どういう事だ、詳しく話せ」


 男は声を荒げた。

 おかしいと思っていたのだ。


 彼はグランニッヒ。侵攻軍の上層部が嫌がらせのように彼らを殿にしたお陰で、パルクフェルメ首都防衛に参加できず、彼らは全員無事だった。


 今はとうの昔にゴーストタウンとなってしまったパルクフェルメの廃飛行場に身を隠していた。

 彼らも衛星通信を通じて祖国が負けたことを知った。

 だが、それはテレビのアナウンサーの声で知っただけだ。

 上からの撤退命令もなければ、降伏せよという命令すらない。

 完全に放置されてしまったのだ、彼らは。


 何も命令がないのなら、明日にでも残った燃料でここを飛び立ちパルクフェルメ軍に降伏する予定だったが、状況が変わった。

 いくら命令を仰いでも、うんともすんとも言わなかった衛星通信に受信があったのだ。

 相手はかつての戦友。今は出世して、連邦軍戦略兵器保管庫の責任者を任されている男だった。


「ようやく繋がったか……政府による厳しい情報統制が敷かれている。

 この通信も傍受されれば、直ぐに遮断されるだろう。


 もう一度言う、よく聞け。


 我が軍の新型兵器が、我が軍に奪取された。突然の戦闘機の攻撃に加えて、防衛部隊の反乱……明らかに綿密に計画された攻撃だ」


「……何がクーデターだ。

 あくまで、連邦軍ではなくクーデター軍の仕業として戦争を続ける気なんだ。しかも、ルールを無視した戦争をな。


 全てリセットする気なんだ、戦争の勝敗も、連邦が負わねばいけない責任も。

 ……止めねばならん」


「ああ、同志よ。

 保管庫を襲撃したのは真紅の戦闘機だ。見たことのない機体だった。

 とにかく、それはそちらの国に向かっているようだ。


 ちっ……情報局に嗅ぎ付けられたようだ。すまん、私はここまでだ。頼んだぞ」


「わかった」


 短く返事を返すと、衛星電話を切った。

 頼んだ、それが何を頼んだなのか。哀れなパルクフェルメの事か、それとも祖国の事なのか。

 どちらにせよ……。


 彼は立ち上がり、飛行服に着替えると、部下たちにこう命じた。


「私には成さねばならない事がある。

 諸君らはこの混乱の隙を見て、本国に帰還しろ」


「お待ちください、飛行隊長殿。

 我々もお供します」


「……連邦軍の一部の馬鹿共の蛮行を阻止するとはいえ、パルクフェルメの益になる行為をするんだ。

 こんな命令は下されていない。罰せられても何も文句は言えないんだぞ。


 貴様は確か子が出来たと言っていた筈、一時の正義感に駆られて父親の責務を永遠と放棄する気か? 」


 グランニッヒの言い放つような強い言葉に、部下たちは思わずたじろぐ。

 しかし、彼らは食い下がった。


「我々は連邦の軍人です。連邦の優れたところだけ見て満足するつもりはありません。

 穢れを掃除するのも、また我らの使命……そうでなければ、子に顔向けなどできません。

 隊長、ご指示を」


「……わかった。

 大したことは出来ない。

 我々にできることは、託すことだけだ」


 ◇


「ウィンドメイカーより航空部隊へ! 連邦から第二陣の巡航ミサイルが発射された! 高射砲部隊と共に迎撃行動を開始せよ!


 地上部隊は市民達の避難を優先しろ! 」


「クソ! 飼い主の連邦は何をしているんだ!?

 飼い犬がこんなにもあばれまわっているのに! 」


 シュワルツ、それに警備飛行に回っていた飛行隊では既に手が足りず、続々と別の飛行隊が迎撃に上がり、対空砲火の用意がされていく。

 だが、それでも、かなり危険な状況だ。


 そんな時、新たな報告が入った。


「……こんな時に!

 東方向から8機のフルクラムの接近を確認! 後方からの奇襲……一体どこに隠れていた!?


 なんだ……? あんな遠くから広範囲にレーダー波を出している……? 」


 シュワルツはその報告に疑問を抱いた。

 後方からの奇襲というのにも一瞬肝が冷えたが、それだけでこの空を制圧できるような大規模な編隊ではない。

 疑問を抱いたのはレーダー波の事だ。高々戦闘機のレーダーでは、こんな遠距離を捉えることは出来ず、むしろ逆探知されてしまう。そのレーダー波の動きもどこか奇妙だ。


 まるで、このあたりを探せと言わんばかりに一定区間を照射を続けている。




「……スワロー隊はミサイル迎撃を続けろ。

 確認したいことがある。スワロー1、離脱する!」



 返事を聞く前に、ラファールは一人別の空へと向かっていった。

 彼の部下ならうまくやってくれる筈、そう信じた。


 かくして、例の空域へ。

 しかし、レーダーには何も映っていない。

 市街地から外れた低い山の連なる大地の上空。

 声を拾わなくなった無線機のせいで、不気味なほど静かだ。

 だが、何一つを見逃さぬようにシュワルツは目を凝らす。


 その時、シュワルツの優れた視界は何かを捉えた。

 それを視認した瞬間、そしてその声を聞いた瞬間、彼の身に動悸が走った。

 同時に、察しても居た。


 「……来たか」



<見つけた、見つけたぞ――ククク……アハッ、ハハハッ、ヒャハァハッ!!

 お前だ、お前が目障りだったんだ……。

 ……だが、今日こそお前はお終いだ。シュワルツ……。


 そうだ、この機体……。この機体は――!


 このPAK-FA、貴様を抹殺する為に託されたのだからなッ!>




 シュワルツは時が来たことを思い知った。


 因縁を断ち切る時が。






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